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111 巫女王候補と騎士たち

 

 何を言い出すのだろう、この人は?


 何を言われているのか、全く浸透してこなかった。うわ滑るだけ。

 この人は記憶を無くしてしまったのでは無いの?


 そうなのかもしれない。

 人の気持ちは操れない。それはスレン様も一緒だ、と言っていた。

 だが「記憶」は別なのだという。人は忘れるものだから。

 しかし、それは奥底に沈めてしまうという事なのかもしれない。

 ふと、思い出してしまう夢の断片のようなもの。

 覚えていない。覚えていないが蘇ってくるもの……。

 あたたかな手触りの記憶。

 瞳を伏せた。


 赤ん坊だった頃までさかのぼって、覚えている人なんていない。

 覚えていないからといって、無かったことには出来ない。それが記憶だ。


 それほど深くに押しやったもののはずなのに、この人は微かに私を覚えているのだ。


 だから、固執してくるのだろう。

 落ち着かなければ、と自分自身に言い聞かせた。

 まずは深呼吸をと思うのだが、ビックリしすぎてなかなか上手く行かない。

 じくりと胸が疼く。顔が熱い。

 真っ直ぐに見つめてくる視線のせいもあるし、シオン様の訝しそうな視線に加え、何やら熱心に見守ってくる神官長様とフィオナとキーラの注目を浴びているせいもある。


 デュリナーダが立ち上がった。


 私を背に庇うように身を乗り出す。レオナル様の視線を遮ろうと言うのだろう。


『ふん。我が居る。このデュリナーダが!』

『獣殿。そこをどいて頂こう。俺はエイメ様と話しているのだ』


 口調こそ穏やかだったが、そこには確かに怒りが込められていた。


『いいや。譲らん!』


 身体の大きなデュリナーダが身を乗り出すものだから、テーブルにぶつかった。

 がちゃん! と音を立てて茶器が倒れてしまう。

 それを素早く支えてくれたのが、神官長様だった。慌てる様子もなく、目配せひとつ送る。

 シオン様も心得たものでテーブルを支えると、引き抜く形で移動させてしまった。

 それをまた手際よく引き受けたのが、キーラとフィオナだった。

 連携作業の流れ良さに感心する。

 それと同時に、この神殿で起こってきた数々の出来事に比べたら、これくらい何ともない事なのだろうかとも察した。

 ただ、慌てふためくしか出来ない自分を恥ずかしく思った。

 せめてデュリナーダを落ち着かせようと、声を掛ける。


『デュリナーダ、ね? いい子だから落ち着いてちょうだい。ね?』


『嫌だ嫌だ嫌だ! こやつは嫌だ! 我こそがエイメの側に居るのが相応しいのだ!』


 そっとためらいがちに置いた指先も、あまりにかぶりを振るから解かれてしまった。

 地団駄を踏む獣の仕草は幼いが、いかんせん彼は立派すぎる。

 ついには後ろの長椅子も倒してしまった。


『デュリ、デュリナーダ!』


 止めさせようと両手をさし伸ばした所で、やんわりと肩を掴まれた。

 驚いて振り返れば神官長様だった。その瞳に焦りは無いが、何とも言い難い表情があった。

 さしずめ「やれやれ」と言ったところだろうか。大きな駄々っ子を前にどうしたものかと思案しているようにも取れる。


 ふと、目の前に手を差し伸べられていた。驚いて見上げるとレオナル様だった。

 テーブルがなくなったため、いつの間にか横に回り込んでいたらしい。


『獣殿は興奮しているようだ。エイメ様、危ないですからどうぞこちらへ』


 その手に手を重ねる事はためらわれた。だが、そっと背を押されて少し前のめりになった所を、うまい具合にすくい上げられてしまう。

 私をレオナル様に引き渡した神官長様が、今度は私の前に出た。


『落ち着かれよ、獣殿。そのように荒ぶるようでは乙女の側に身を置くことなど、到底許されますまいよ』


 静かな、威厳のある響きだった。それでいて優しい何かに溢れている。

 デュリナーダはいくらか落ち着いたようで、地団駄は止めた。

 足元に寄った敷物を、前足で伸ばすように戻している。少し、恥ずかしそうに見えた。


『エイメ、エイメ』


 すがるような眼差しで、デュリナーダが私を呼んだ。


『いい子ね、デュリナーダ。あなたはずっとお利口さんにしていたじゃない? どうしたの?』


 私を求める獣が愛しく、また哀れだったのですぐに側に寄ろうと一歩踏み出す。


『おお、エイメ! 我はずっとイイコだぞ! エイメをこうやって嫌な奴らから守ろうとしている』


『ええ、ええ。そうね、お利口さん。いい子は抱っこしてあげるからね? そこで大人しくしていてね』


 デュリナーダの言い分に苦笑してしまいながらも、愛しく感じた。早く側にいってあげなければ。

 だが、やんわりとそれは阻止された。しっかりと掴まれた手によって。

 驚きと非難を同時に込めて見上げる。レオナル様の眼差しとぶつかった。

 そこに宿る光は優しく、非難は見当たらない。でも、きっぱりとした意思があった。


「いけません」


 言い方も声音も丁寧だった。


 でも私には、かつてよく言われた言葉「駄目だ」と同じに聞こえる。実際そうだろう。


「なぜ?」

「獣殿は興奮している。あなたの御身に何かあったら大変です」

「ご心配にはおよびません」

「エイメ様」

「手を……。放してください」

「エイメ様」

「いやです。放して」


 何も心配する事などないのに。もう、地主様の言う事なんかきいてやらない。

 ささやかな反抗だった。

 彼を仕える地主様と仰いだ娘は、もう居ないのだ。そう自分に言い聞かせた。

 きっぱりと彼の手を拒絶する。だが解放される事はなかった。

 逆に強く握られてしまった。ムッとして見上げると、彼も同じような顔をしていた。

 負けるものかと踏ん張る。手を引く。たやすく封じられてしまう。負けずに今度は体ごと引っ張る。

 もちろん、無理だった。おまけによろめいてしまった。しまったと思ったが遅かった。既に彼に肩を支えられていた。

 それ見たことか、と言いたげに見下ろされて悔しくなる。思わず唇を噛み締めた。

 距離を置くために一歩下がる。

 ふいにじくりと右足に痛みが走った。

 一瞬、視線をそちらに落としてしまう。でもすぐに痛みはおさまった。

 ホッとして視線を上げると、妙に静かな眼差しがあった。

 変に思われたのだろう。再び、負けるものかと表情を引き締めた。その時。


「失礼いたします」

「え?」


 ふわりと身体が浮いた。


「え? え? あれ?」


 あまりに急だった。何が起こったのか。

 ゴワゴワして嫌な手触りの布が腕に当たっている。膝裏にも。

 ひょいと抱き上げられてしまったのだ。


「下ろして……。」


 かろうじてそう口に出来た頃には、すでに椅子に下ろされていた。

 皆で囲んでいたテーブルからほんの少し離れた椅子に。

 レオナル様の足でおおよそ、五、六歩ほどの距離だ。


「失礼をお許しください。痛みますか?」

「いいえ。どこも」


 目線を合わせてのぞき込まれる。ゆるく頭を振って答えたが、その眼差しは本当に? と言いたげに問い掛けてくる。

 ためらいがちに伸びてきた手は、そっと足元を指す。触れるか触れないか、というわずかな間に緊張した。幾度も首を横に振ってみせる。


『エイメに気安く触れるでないわ!』


 デュリナーダが再び足踏みを始めてしまった。頭を低く構えては、高く持ち上げてを繰り返す。

 視線は迷いなくレオナル様だ。


「獣め。いい加減にしろ、オマエのせいで……っぷ!」


「余計な事は言わないで、シオンっ・様!!」


 苛立った声を上げたシオン様の口元にクッションが押し当てられた。フィオナだった。そのクッションを放ったのはキーラだ。


 ここでまた何か見事な連携があった気がする。


「まま、獣殿。落ち着かれよ。この者達は巫女の騎士ですから、乙女の御身を守ろうと働くのですよ。それに、このじいも含まれますがな。ご理解なされよ」


 デュリナーダは耳を後ろに倒してぐぅと唸った。

 さすがのデュリナーダも、神官長様には大きく出られないようだった。

 何か逆らってはいけないと本能で勘づいているのだろう。


「なあ獣殿? 獣殿も巫女の乙女に相応しくあらねばなりませんなぁ。そうは思いませんかな?」

『……思う』

「おお、おお。やはり賢くておられる。それでは貴方も立派な騎士らしく振舞わねばなりませんよ。さすれば乙女は安心して貴方の御そばで憩う事ができましょう」

『立派な騎士。乙女に相応しい……。』


 幼子に辛抱強く言含めるかのような神官長様の言葉に、デュリナーダは噛み締めるように繰り返していた。何か心に響くものがあったのだろう。どことなくしおれて見えた毛並みが持ち直したように見えた。


『デュリナーダ。貴方は本当に賢くて、いい子ね』


『デュリナーダ、賢い。乙女に、エイメに相応しい騎士!』


 少し離れてはいたが声を掛けると、彼は嬉しそうに胸を張った。

 次の瞬間、デュリナーダはたっと軽やかな一歩を踏み出した。こちらに向かって。

 抱きとめてやろうと、椅子に座ったまま両腕を広げて待った。


「え……っ!?」

『エイメ!』


 言葉を飲み込んだまま、失う。

 レオナル様を押しのけるようにして飛び込んできたはずの、白い獣はどこにも見当たらなかった。


 代わりに、私と同じ年頃のような少年が目の前で微笑んでいる。


『エイメ。デュリナーダは乙女の、エイメの騎士に相応しく成った(・・・)!』


 黒い瞳を輝かせて、彼は誇らしげに言った。その表情は人懐っこく、無邪気そのものだ。

 眉はきりりと凛々しく、目元は涼やかだ。

 青年へと差し掛かった中にも、幼さが残る。そんな顔立ちだった。

 彼の白い髪の色だけが、かろうじてデュリナーダという名残を感じさせる。

 成った、と言った。何にと問いかけそうになったが、目の前に答えがそのままある。

 驚くしかない。ただ、ただ、目を見開くばかりだ。皆もそのようだった。


「獣、殿なのか?」

『そうだ。我こそがエイメ相応しい騎士。だからお前たちは必要ない。出て行け』


 レオナル様の問いかけを鼻で笑う。

 デュリナーダが言い張るように、見た目はまるっきり護衛団の一員だった。真っ黒い制服までちゃんと着込んでいる。腰には剣を帯びている。


『エイメ? どうして我を抱きしめてくれないのだ?』


 ただ広げられたままで、一向に絡められる事のない腕を見ながら、デュリナーダがぼやいた。


『えっと、えっとね? デュ、デュリナーダ?』

『ああ、そうか。今、我にも腕がある。我が抱きしめればいい話だな』

『ええっ』


 デュリナーダの腕が大きく広げられた。思わず身を引いてしまう。


『エイメ?』


 私の態度がまるで理解できない、と言うような彼の眼差しがあった。


『あの、あのね。ダメだよ、デュリナーダ』

『何故だ? 我はいい子だぞ? 相応しい騎士だ』

「そこまでだ、獣殿。……デュリナーダ」


 レオナル様が、私と彼との間に身を滑り込ませる。


『何故だ! お前たちなんぞ、早く出て行け! なあ、エイメ?』


 そんなデュリナーダの肩にぽん、と手が置かれた。神官長様だ。

 反対側にも、もう一つ。そちらはシオン様だった。


「獣殿は確かに相応しい騎士に成られたようですな」

「だったら我々と同じ立場だな、デュリナーダ?」

『何?』

「そうですよ、獣殿。乙女に相応しい騎士と成られたと仰る。それならば態度も我々と同じようにならわねばなりませんよ」


 神官長様は厳かに言い渡した。


『……。』


『そ、そうよ、デュリナーダ。貴方も相応しい振る舞いをしてちょうだいね。 皆様の仰ること、良くきいてね。お利口さんだもの。わかるわよね?』


 目配せを送られ、慌てて私も口を合わせた。

 デュリナーダは納得いかないようだが、ひとまず大人しくしていてくれる。


『こやつらの言うことなんぞ、ききたくない』

『あのね、命令する事をきいてね、って事じゃないの。教えてもらってね、ってことよ』

『教えてもらう?』

『ええ、そうよ。立派な騎士になってくれるのでしょう』

『エイメがそう言うのならば仕方がない。少しだけ、教わってやっても良い』


 ほっと胸をなで下ろして、神官長様に頭を下げた。


「デュリナーダをお願いします」

「仰せのままに、エイメ様。ささ、デュリナーダ。まずは巫女王様にご挨拶じゃ」

『それがしきたりか? 仕方がないな。エイメ、すぐにもどるからな』


 デュリナーダは面倒くさそうに、神官長様の後に続いた。


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「エイメ様。我々はひとまず退出致します。お騒がせして申し訳ありませんでした」


 そう一息に告げられる。その言葉で我に返った。どうにか頷こうとした途端、右手を目線と同じにまで持ち上げられた。何事かとそのまま見守る。

 レオナル様の視線とかち合った。深く濃い青の瞳と。

 その瞳が一瞬伏せられたと思ったら、指先にぬくもりと柔らかさ、そして微かに肌を掠める何かを同時に感じていた。


 口付けられているのだ、となかなか思い当たらなかった。

 あまりの眼差しの強さに気圧されて、そちらに意識を取られていたせいだ。


『貴様! 我のエイメに何をする!!』


 デュリナーダが何事かを叫んでいるのを、どこか遠くに聞いていた。


『レオナル、必死。デュリナーダも同じく』


お互いの有能さをアピール中ですよ!


一番、離れワザを持っていたのはデュリナーダでした。


レオナルが下書き無視して暴走しました。


なので、ちょいと長めです。


お疲れ様でした!

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