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110 巫女王候補と後見人

 

 神官長からは、よくよく言って聞かされた。


「よいか。余計な事は言うな! よ い な ?」


 心得ている。もう、嫌というほどに。

 最初、気配を殺して臨んだ面会だった。自分はさも、神官長の護衛だという顔をした。

 心の中ではひっそりと、物陰で獲物に狙いを定める獣のようだとも思ったが、なるべく奥底に沈める。

 無心だ。

 もどかしさも、やり過ごす事の出来ない切なさも、今は全部沈める。


 数少ない少女とのやり取りの中で、無意識に「俺は名目上は彼女の後見人なのだから」という気があったのは確かだ。

 だから右も左も分からぬ彼女に意見し、それが受け入れられて当然だと思っていた。

 言葉の端々にそう言ったものが表れていたのだろう。意見は受け入れられた。

 だがそれは俺の望まぬ方向になったのは、認めるしかない。


 部屋に控えてじいさんが、少女に挨拶する様子を見守った。

 陽の光にか細い肢体が浮かび上がって見える。その肩が揺れた。

 遠目からでも戸惑う様子が伝わってくる。

 あえて前触れもない来訪だったから、なおさら驚かせただろう。

 そっとうかがうと、白い獣に目を細められた気がした。

 白い獣はさり気なくも堂々と、我らの視線と少女の間に割って入った。

 こちらを真っ直ぐに向いて、何やら草を食んで見せるたび、歯が見えた。


「獣め……。」


 忌々しそうにシオンが呟いたのには全くもって、同感だ。


 ・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。:・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。・


 実際、七日ぶりの少女を前にしてみたら、何の言葉も出てこなかった。

 じいさんと獣とに付き添われて、黒い瞳がより一層深みを増して映る。

 肩にかかる黒髪はゆったりとリボンで押さえられ、空気をはらんだようにふわりと少女の頬を縁どっていた。白い衣装をまとい、全面に清純さと無垢さを押し出してくる。

 それでいて、えも言われぬ微かな女らしさが漂う。ふと花が香るような。

 よほど気を付けていないと、やり過ごしてしまいそうな微かさ。

 足元を熱心に見つめながら進んできた少女が、ついと面を上げた。


 我々の姿をみとめ、不安そうに惑う瞳にすがった。


 どうかそらさないで欲しい。

 少女がぱちくりと、つぶらな瞳を瞬かせた。

 それからゆっくりと視線を外されたが、不快感は無かった。

 ゆるゆると頭を下げられ、それは礼を取るためなのだと知ったからだ。


「ようこそ、お越し下さいました。どうぞお掛けになって下さい」


「ありがとうございます」


 短く返し、すぐさま頭を下げた。


 ・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。:・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。・


 皆、無言のままで茶をすすった。

 沈黙のお茶会なんぞ、これ以上気まずいものはない。

 しかも少女とは真向かいの席ときている。シオンも同じく。

 じいさんは上座で、少女の傍らには獣が陣取っている。


 焦れている自分を持て余していた。だが、いざとなると気の利いた言葉が出てこない。

 じいさんも目配せを送ってくる。わかっている。

 このままでは、もうじきお開きだという事くらい。

 嫌に喉が渇く。苛立ちが緊張からだと思い当たるよりも早く、少女の瞳が不安そうに揺れた。


 やはり、この娘はこちらの感情に敏く反応するのだ。

 こちらを気遣って口火を切った彼女が、申し訳なかったと謝りだした時には、驚きとやましさから立ち上がった。


「エイメ様が気にされる事など何もありません。このレオナルの物言いが悪かったのです。まさか貴方がそこまで深刻に受け止めるとは思いもよりませんでした。貴方が一人で出歩くと危険だから等とは言いすぎでした。ただ単に、その際には俺達を頼って下さるようにと強調したかっただけです。どうか……お許しいただけますか?」


 真剣に謝罪する。

 彼女は言葉に含まれたその響きを、余韻の余韻まで感じ取ってしまうに違いないから誤魔化しはきかない。だから無意識にそうであってくれと願った俺の意思を尊重して、閉じこもることを選んだのだろう。

 俺はあの時、心の奥底では願っていた。

 あまり出歩かないで欲しい。誰かの目に触れるたび、人々の注目や心をさらわないで欲しいと。


「私は言葉を、言葉のままに受取ります。そこに暗に何かを込められているのだと、そう諭されても理解に苦しみます。それとも言葉の裏の裏を読み取るのが、皆さまのしきたりなの? だとしたら、私には一生皆さまに理解されませんし、出来ません。付いていくことが出来にくいのです」


 伝えたいことは言わねばならない。緊張しながらも言葉を選んだ。

 それは、少女も一緒のようだった。

 お互い見えない張り詰めた糸を、どうにかたぐり寄せようと必死になっている。


「それに。私が読み取れるのは、読み取ろうと思えるのは――言葉を持たないコ達だけですわ?」


 そう言いながら獣を抱き寄せた。


「そいつは古語を操っているでしょう?」


 シオンがむっとした調子で言い返した。


 ……重ね重ね非礼を詫びる。


 ・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。:・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。・


 どうにか会話をつないだ。その流れから、本題を切り出すことに成功する。

 その本題はこうだ。


 ――失われつつある古の言葉を、どうか我らにご教授下さい。


 じいさ……。神官長の提案だ。確かに名案である。


「どうして古語を覚えたいと思うのですか?」


 申し出に興味を覚えてくれたらしい。娘は俺とシオンとを代わる代わる見た。


 どうして? と小首を傾げられた。後れ毛が首筋の動きに沿う。

 その仕草は訝しがってというよりも、単純に興味を覚えたのだろう。

 瞳に輝きが増して見えた。

 どうして? まさかそんな風に切り返されるとは思ってもみなかった。

 密かに動揺する。

 返答いかんによっては機会を失うかもしれない、と深読みしてしまう。


「それは……。」


 言い淀む俺を遮って、シオンが声高に割り込んできた。


「俺は聖句を極めたいと日々、努力を重ねています。けれども古の言葉を理解できずにいては限界がある」

「聖句?」

「ああ。獣たちを魅了し屈服させる呪術からなる句だ。術者の力量で従える獣の力に影響する」


 得意げに説明する部下の横っ面を張り倒してやりたくなった。

 得意げな顔を見上げている少女の眉根が、ひそめられたのに気がつかなかったのだろうか。

 ぐぅと唸った獣をなだめるように、少女はその首筋を撫でてやる。

 一瞬、とろりと目を細めた獣だったが、油断なくシオンを睨みつけていた。


「デュリナーダとお話ししたいからではないの?」

「何故、そのような必要があると言うのです? より強い獣を聖句の徒にすれば、加護の力も得られる」

「あなたは力で無理やり言うことをきかせようと言うのですね。そんな方のお手伝いはしたくありません」


「な!」


 何を言うという言葉は飲み込まれた。そのまま浅く呼吸を繰り返している。

 シオンはムキになる自分を諌めているようだった。


「何を仰るのか。あなたは何も解っておられない。獣を従えて我らの力添えとするために、聖句があるというのに。巫女の王となろうとも御方が何を言い出すのか。俺には理解できません」


「シオン様が何と思われようと、私はそう思います」


 獣を庇うように抱き込みながら、少女はきっぱりと言い放った。


『おお、エイメ。我が居る。こやつらのような無礼な護衛なんぞ、不要ぞ!』


 胸元に身をすり寄せ、甘えた様子で獣は少女に提案している。

 威嚇するように牙を剥き出しにしては、我々をあざ笑う獣の額に、少女の唇が押し当てられた。


『まあ。デュリナーダったら、そう……。』


「俺は」


 少女がそれもそうだと納得してしまう前にと、声を上げていた。

 そこで一息付いてから、言葉を選び直した。


『貴方の言葉で知りたいからだ』


 その一言が、獣に夢中だった眼差しをさらうことに成功した。


『何故、貴方の黒髪に深く惹かれるのか。その瞳にも。何故、初めて会った気がしないのか。貴方の抱えた物の、それよりももっと深くを』


 突然の俺の告白に少女は目を見開いている。

 あまりの内容に、受け止めきれないようだった。


「ほ!」


 黙って成り行きを見守っていた、じいさんが膝を打った。


「どうしたんじゃ、若造! ずい分といい調子ではないか。そのような態度をお主ごとき朴念仁が取れるとは夢にも思わなんだ」


 俺だって夢にも思わなかった。


 古語をあまり理解出来ていないシオンも、流石に何かを察したのだろう。

 目の前の少女の頬が見る見るうちに、朱に染まっていったのだから当然だった。


『貴様』


 白い獣が荒々しく立ちはだかってくる。

 俺の告白に顔を赤らめて恥じらう乙女を隠そうとしてなのだろう。


 受けて立つとばかりに、俺も腰を上げた。


『嫉妬のレオナル』


でもちょっと、素直。

ストレート。


そうじゃないと通じないって、学んだ様子。


そして周りなんぞ構っている場合じゃないと。


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