11 地主と友人
地主と 自称、友人。
「ははは。ひどいなぁ~」
「来たよ」
「呼んでない」
「嫌だなぁ。だからこそ~気を使って来てあげたんじゃないか」
いつも通り予告もなく、ふらりと勝手にやってきた男を睨む。
のらくらとした口調に騙されてはいけない。
コイツの持つ隙の無い身のこなしと、優しげな顔立ちで惑わされやすいが、目つきの鋭さは油断がならない。
相変らず、笑みを浮べているくせに目は笑っていない。
奥底で何かを見逃さないよう、見極めようと光らせている。
胡散臭い奴だ。
こちらに歩み寄ってくる男に、椅子に腰掛けたまま視線を投げた。
「本当に何をしにきた、スレン?」
「ん? 見に来た」
ニンマリと笑いかけられて、ゲンナリした。
この男に笑いかけられると、経験上ろくな事が無い前触れだ。
「何を」
「決まっている。あのコだよ! フルル」
「フルル?」
「ああ。名乗れない、エイメとか呼べとかいうからボクが直々に名前を付けてあげたんだ。ぴったりでしょ?」
「話したのか?」
「うん。ね、ぴったりでしょ。フルルで」
おどけて言い放つスレンの神経を疑った。
勝手に目の前の椅子に腰掛け、足を組んで伸びをしながらこちらを窺ってくる。
いつまでも娘に対して口を割らない俺に対して、シビレを切らし始めているのだろう。
かすかな苛立ちを感じた。
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「……。」
確かに彼女を表すには適切な気がしたが、娘の扱いとしては不適切だ。
彼女の身体が頼りなげに揺れるのは、彼女のせいでも望みでもないはずだ。
足を引き摺りながら歩くたび揺れる、空気を孕んだ黒髪が浮かぶ。
その娘の瞳はいつだって潤んでいた。
「珍しい事もあるものだと思って」
「何?」
「地主様が大魔女の娘を引き取ったって聞いて、興味を覚えない人間なんているのかな?」
「くだらん」
「ふふ。彼女の事、大魔女に託されたの?」
「まさか!」
「そう。ならやっぱり気に入ったんだ」
「何でそうなる!」
「ムキにならなくてもいいと思うけどー。じゃあ何で側においておくのさ? フルルは森で生活してたんでしょ? そのままにしておけばいいじゃないか。魔女の娘には森が必用でしょ」
「オマエに関係ないだろう」
「あるだろ。おおありだね。だってさ、お嫁さんにするために攫ってきたって噂が立ってるよ」
「……は!?」
何でそうなるのか理解できない。
しかも、どこで立っている噂なのか。
大方、スレンの知る範囲内のごくごく狭いものだろうが、釈然としなかった。
「フルル、可愛いよね。控えめで、でも度胸があるみたいでこっちをまっすぐ見てくる様が……気に入った」
言い切った男を見上げる。
「まっすぐ見てくる? 人違いじゃないのか」
「フルル、大きなおめめでじっとこっちを見上げてきてくれたけど。何? 君には懐いてくれていないんだ」
「……。」
「手触りも良かったな。何? 毎日ちゃんとブラッシングしてあげてるの?」
「そんなわけあるか」
「同じことでしょ」
「何がだ」
本当にこの男の言う事はいつだって不可解だ。そして不快だ。
「綺麗に髪を梳ってもらっていたね、あの子。そして仕立てられた服を着せられていた。それは地主様、君の配慮があったからだ。例え召使の世話だとしても、君がやってやったのと変わらないって事さ!」
「何が言いたい?」
「やぁ~! めでたいなと思ってさ! やっと地主様も身を固める気になったんだな~と、友人代表としてお祝いに来た」
「勝手に決め付けるな! あんな発育不全の小娘に、誰がなびくか。しかも足を引き摺って歩く障害者の、みすぼらしい小娘だ。しかもカラスだぞ? くだらん」
腹立ちに任せて言い放ち、立ち上がった。
コイツとはこれ以上、話していても時間の無駄だ。
そう思い扉を勢い良く引く。
がちゃん、と大きな音がした。
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扉の前で茶器をのせたワゴンを押した娘が、震えながら立っていた。
「だってさ。聞いた? ヒドイよねぇ、フルル?」
やあ、まちくたびれたよ。
咽喉が渇いたからお茶を早くね?
スレンが手招きしながら、娘に命じるのを忌々しい思いで聞く。
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「は、い」
答える娘は声までが震えていた。
『スレンはくせ者・食わせ者』
あああ~。
やっちゃったね、地主様。
どうオトシマエつけるんだよう!
スレンは面白がってますね。