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108 巫女王候補と神官長

 

 ゆるやかな陽射しが肌に心地よい。

 窓際で書物を読んでいたのだが、眠気を覚えてしまう。

 場所を変えようと立ち上がった。

 それを頃合と見てか、キーラがショールを片手に近づいてきた。


「エイメ様。いかがです、少し庭を散策されませんか? 神殿の中にばかり引き篭られていては、息がつまってしまいますでしょう?」


「いいえ。大丈夫です」


「そうですか。出たくなったらいつでもお声を掛けてくださいましね?」


「はい。ありがとうございます」


 フィオナとキーラに、努めて明るい調子で促された。

 でも私ときたら、我ながら頑なだった。

 そっと、でも断固として首を横に振る。振り続けている。

 二人は顔を見合わせはするものも、無理強いはしてこない。


 出たら、いけない。あの方たちの面倒を増やすことになってしまう。

 いくら大丈夫だ、と言ってもらっても頷くのはためらわれた。

 私が歩くには護衛がいるという。

 それだけ、余計な人手がいるという事だ。

 彼の邪魔だけは絶対にしてはならない。


 いや……。私は思い知るのが怖いだけだ。


 自分の下した決断の結果を、目の当たりにする。


 地主様は私を忘れている。

 今度は騎士団長として私の前に立っている。

 それでも私に対する苛立ちは、初めてあった頃のものと一緒だった。

 やはり繰り返すのかと泣きたくなった。


 ただ、彼がもどかしいくらい怒りを抑えてくれているのが辛かった。


 それは私の立場もまた変わったからだ。

 好きに感情をぶつけてもいい相手では無くなったから、彼に忍耐を強いているのだろう。


 私は今「巫女王候補」として、彼の前に立っている。

 だったら、勤めを果たすまでだ。

 せいぜい大人しくして、彼の手を今度こそ煩わせたりなんてしない。


 会いたい。会いたくない。

 あの人に掴まれた手首が、ずっと熱帯びたままの気がする。


 ・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。:・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。・


 無意識の内に、手首をさすっていたらしい。

 デュリナーダがそっと鼻先を寄せてきた。


『痛むのか?』

『いいえ、大丈夫よ。ありがとう』


 あれからこの白い獣は、ずっと傍らに寄り添ってくれている。

 それこそデュリナーダは、好きにどこに行っても構わない身になったのにもかかわらず、だ。

 わざわざ私に囚われている事もない。

 そう告げたら自分の意思で好きにしている、との答えだった。

 嬉しいし、心強い。

 その分いくらか、キーラとフィオナは遠慮がちになってしまったが。

 二人とも獣が少々怖いらしい。


 ――こうやって獣に慣れ親しむ私のことも。


『本当に少し、外に出てみぬか?』

『……。』

『我が一緒だ。だから護衛なんぞ必要ないわ!』

『デュリナーダ』

『何。ほんのその目と鼻の先だけだ。この部屋から数歩出るだけで良い。我は、エイメと陽の光を浴びて風に吹かれたい。ダメか?』


 ためらう私を気遣うデュリナーダが愛しく、また、申し訳無かった。


『ええ。そうね。本当にすぐそこ、ですものね?』


 キーラが心得たように、ショールを羽織らせてくれた。


 ・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。:・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。・


 辺りを見渡して、人影が無いことを確かめる。

 大丈夫。誰も見ていない。

 地面に直に座り込む。

 それだけで癒される気がした。

 風は冷たくも新鮮で、気持ちがスッキリした。

 やはり閉じこもったままでいては、考えもそうなってしまうのだ。

 改めて思い知った。


『ありがとう、デュリナーダ』

『何。礼を言われるまでもない』


 そう謙遜しながらも、白い獣は得意げに胸をそらせて見せた。


 デュリナーダに寄り掛かりながら、草を摘んで冠を作った。

 長さのある物を軸に、小さく花を咲かせた物を編み込んでいく。

 こういう物を作るのが、実は得意だったりする。


 ミルア。

 ふいに彼女を思い出した。

 一緒に腕輪を作ったことも。

 もう、どうにもならないのだ。

 そう自分に言いきかせて、無心で草を摘んだ。

 ――編み込んでゆく。


 上手に出来た。デュリナーダの頭にそっとのせる。


『これは?』

『草冠だよ。似合うわ、デュリナーダ』

『それは光栄の至り』


 だが少し大きかったようだ。

 デュリナーダがくすぐったそうに耳を動かすと、それはずり下がってしまった。

 顔の斜めにかかってしまい、視界を遮ってしまう。

 そこで首にはめ直して上げた。


『首飾りになっちゃったね』

『美味い』


 デュリナーダは飛び出している草を食んでいる。


『もう!』


 もぐもぐと口を動かすデュリナーダが目を細める。

 せっかくの輪っかは崩れてしまったが、思わず笑ってしまった。


「あの、エイメ様」


 遠慮がちに声を掛けられて振り返った。

 フィオナの声だったから安心して。


「はい?」


 フィオナの横には、白いローブをまとった神官長様がいらっしゃった。

 そして――その背後に黒い人影が二つ。

 レオナル様とシオン様。団長と副団長の二人だ。

 間違いようのない人たちの姿が、そこにあった。


「神官長様のご訪問でございます」


『神官長か。それだけならまだしも、余計な連れもいるようだな』


 デュリナーダが遠慮なく言い放った。


 ・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。:・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。・


「急に訪ねてすみませんなぁ。ご機嫌いかかでございますかな、エイメ様?」


 庭に出たままの私に、神官長様はにこやかに尋ねてきた。

 手を振りながら、ゆったりとした足取りで近づいてこられる。

 神官長様だけだったので、安心する。

 二人とも姿勢良く立ったままで動かない。

 本当に影みたいだった。


「あ、すみません。こんな格好で。すぐ、戻ります」

「なぁに。そのままでいらしゃって下さい。そのまま、そのまま」


 立ち上がろうとしたのも、手で制された。

 神官長様はにこやかに笑み浮かべながら、私の隣に腰を下ろした。


「ふぅ。よいしょ。獣は大人しくあなた様に仕えておるようですな。いや、結構・結構」

「仕える、だなんてそんな……。」


 その言い方は相応しく無い気がした。

 でも面と向かって違うと言うのもためらわれて、言葉を濁すだけだった。

 デュリナーダを見上げると、澄ました様子で草を食み続けている。


「獣()あなたに首ったけのようですな」

「獣、も?」


 尋ね返したが、神官長様は深く笑みを刻まれただけだった。


『そのようだな』


 デュリナーダが鼻を鳴らした。


「獣様は話が解るようですな」


「はい?」


 確かにデュリナーダはおしゃべりが出来る。


「なあ、エイメ様。今日訪ねたのは他でもない。どうしてもお願いしたい事がございましてなあ。このじいの頼みを聞いてはもらえませんかな? 何。大した事では無いのですが、エイメ様でなければならない事なのですよ」


「なんでしょうか?」


 私に出来ることなんてあるのだろうか?

 何であれ、仕事をもらえるようだ。

 緊張したが、嬉しさも込み上げてきた。

 身を乗り出すようにして、神官長様と向き合った。


「大型犬の躾でございますよ」


 にっこりと笑って、神官長様は言い切った。



『誰がワンワンオ。』


どうやら、神官長に泣きついたっていうか。


どうしたんだ、若造ども?


と、根ほり葉ほり訊かれたようです。


(あんまりにも荒れていたので。)

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