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105 娘と雪原の風

 

 ふと、頬を撫でる風に誘われて、そちらに顔を向ける。

 気持ちの良さそうな庭だ。

 少し風に吹かれたら、気持ちも落ち着くかもしれない。


「スレン様」

「ん?」


「お庭、見てきてもいいですか。少し一人になりたい」


 そう告げて、返事をもらう前にすでに立ち上がっていた。

 ふらふらと風に誘われるままに進むから、足元はよく見ていなかった。

 つまづきながらも、こりもせず庭だけを見ていた。


「いいよ。でも、この庭から出ないようにね」


 スレン様はそう言って送り出してくれた。


 ・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。:・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。・


 何となく、惹かれるままに散策した。


 今日はこの時期にしては、暖かい方だと思う。

 ショールを羽織らずに来てしまったけど、風が心地よく感じられる。

 背を日差しで温められて気持ちよかった。


 小さな花壇には薬草が花を付けていた。

 それを見て、地主様の屋敷に作ったままの自分の畑を思い出した。

 誰かちゃんと面倒を見てくれるといいのだけれど。

 そしてたまには、地主様の食卓にのぼるといいのだけれど。

 あれは健胃に役立つ。噛むと口中がさっぱりするし。


 そんな風に心を残してきた自分がどうにもならなくて、ため息が漏れる。


 小さくも頼もしい存在に指先を這わせてから、その場を離れた。


 微かに水音がする。

 それは空気を震わせる。

 微かな波紋が空気を介して伝わってくる。


 先程から、どうにもそちら側が気になって仕方がない。

 視線で探るが、木立が見えるばかりだ。

 惹かれる先に、何があるのか見当も付かない。

 でも気になる。向こうに行ってみたいという気持ちは、抑えられなかった。

 庭からは出ないようにとは言われたが、どこまでが庭なのか何て解らない。

 振り返って見ると、自分が後にした部屋がずい分と小さく見えた。

 まあ、あまり遅くならなければいいだろう。


 ・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。:・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。・


 水音の源にたどり着く。


 そこは綺麗に形作られた空間と呼ぶに相応しい。

 杯を逆さまに置いたように象られた彫刻が飾られ、その四方から水が流れ落ちていた。

 彫刻の周りを石が囲い、水が溜まる仕掛けになっているようだ。


 光る水しぶきと、先客に目を奪われる。


 真っ白い生き物が頭を垂れていた。

 いや、顎を引いて上目使いでこちらの様子を窺っている、といった方が正しいのかもしれない。

 清浄な気配に納得する。ここに心惹かれたのだ。

 獣もまた同じなのだろう。

 喉を潤し、水音を楽しんでいたに違いない。


 何て、綺麗。


 胸が痛んだ。


 私がまとうのは闇色。


 美しいものを見ると胸が痛むのはどうしてなのだろう――?


 私の姿を認めても、獣は逃げなかった。


 ただ耳を後ろに倒しただけだ。耳の先についた飾り毛が風になびく。


 静かな水音だけがこの場を支配している。


 ・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。:・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。・


 どれくらいの時間を掛けて歩み寄っただろう。

 とにかくゆっくりとだった。

 一歩進んでは獣の様子を見ながら、はやる気持ちを落ち着かせた。


 獣は私が側に寄っても逃げなかった。


『触れてもいい?』


 おずおずと手を伸ばすと、獣は自ら頭を擦り付けてくれた。

 巻毛に覆われた尾が左右に振れる。

 その事に安堵する。


『お利口さん。お名前はなんですか?』


 名を尋ねると獣は答えてくれた。


『デュリナーダ』


 驚きと嬉しさで何とか頷くのがやっとだった。


『デュリナーダ、いいこね』


 綺麗な獣の毛並みは白銀に輝いている。

 陽の光を浴びると、真っ白に見えるのだ。

 デュリナーダは月の光の方が、その毛並みが映えるかもしれない。

 そっと指先を絡め続けると、獣は寄り添ってきた。

 少し、重たい。


 寄りかかられて、自分を支えるので精一杯の私はよろめいてしまった。

 思わず、獣の首筋に両手ですがる。

 その拍子に手にしていた杖が転がって行った。


『あっ……。』


 デュリナーダはゆっくりと膝を折った。

 向かって右前、左前。

 そして後ろ足も同じく。

 おかげで無事に腰下ろすことが出来た。


 そうやって私を気遣ってくれたのだと知る。

 嬉しくなって微笑みかけた。


『ありがとう』


 長くすんなりとした首を屈めて、耳の後ろを押し付けてくる。

 掻けということだろうか。

 何て可愛い。

 デュリナーダと名乗った獣を言い表すのならば、角を持たない山羊と例えたらいいだろうか?

 しかし山羊にしては大きすぎるし、毛並みも豊かすぎる。

 それに蹄も無い。足は強く駆け抜ける獣のそれで、肉球があった。

 こんな生き物、生まれて初めて見た。

 何て不思議な存在なのだろう。

 しげしげと、その賢そうな瞳をのぞき込んだ。

 それは真っ黒で長いまつ毛の下、くりくりとよく動いた。

 そこだけは私と同じ色合いだ。

 私はすっかり気を良くして、この獣が好きにならずにはいられなかった。

 耳の後ろから、胸元をくすぐってやると、獣は目を細めてくれる。


 ますます嬉しくなって、知らず笑い声を上げていた。


『そなた、名は?』

『エイメです』

(エイメ)? 真の名にあらずな?』

『ええ、もちろんよ。雪原の風(デュリ・ナーダ)こそ』


 デュリナーダの体中の毛が、一気に空気をはらんで逆立つ。


 一瞬、真名に触れようとしたせいで、怒らせてしまったのかと思った。

 思わず身体を離したのだが、デュリナーダの眼差しは私を通り越していた。


「デュリナーダ!!」


 息を切らした声が獣の名を呼んだ。


 ・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。:・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。・


 振り返ると、驚きに目をみはるシオン様がいた。


「また、あなたか」


 そう小さく呟いた声を私は聞き逃さなかった。



『もふもふ・だーい好き!』


デュリナーダ登場です。


どこかで聞いた名前かもしれません。


もふもふ獣様。詳しくはまた後ほど……。

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