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101 魔女の娘と神殿の若者たち

 

 怖い。


 またいつかの恐怖が蘇ってくる。

 たまらなくなって身を縮ませてショールをかぶった。


「どうした? 新しく巫女としてあがったばかりなのか?」


 こくん、と頷く。


「だったら仕方がないのかもしれないが、だからといって、オマエのような者がこんな所に入り込んでいいわけがない場所なのだぞ、ここは。分かったら即刻、立ち……。」


 細い顎がそびやかされたが、彼はそのままこちらを凝視して固まった。


 立ち去れ。


 その言葉は飲み込まれたという察しはついた。


 私の投げ出した足と杖を見とがめたのだろう。

 眉をひそめられてしまった。

 慌てて裾で隠すようにする。

 すると今度は青い瞳にじっと見据えられてしまった。

 色素の薄い青い瞳は大きくて、吸い込まれてしまいそうな透明感だった。


 身体の奥底まで見透かされてしまうのではないかと、震え上がってしまうのは、私に後ろめたさがあるからだ。


 思わず見返すと、彼は前髪を邪魔そうにかきあげた。

 それでもパラパラと短い前髪がほつれて、額にかかった。

 髪の色も薄い薄い金色で、やや灰色がかって見える。

 それもまた邪魔そうに、男の人はごしゃごしゃと頭を掻き毟るようにして上げた。

 骨ばった指先からも苛立ちが伝わってくるようだった。


「オマエは……。」


 言葉を失って固まっていただけだったけど、彼の言葉に我に返った。


 足に障害があるのか?

 髪も瞳も黒いのか?


 彼のためらった言葉の先に紡がれる言葉を遮りたくて、勢いよく頭を下げる。


『申し訳ありません』

「何?」


 ああ、この人には古語は通じないのだ。

 慌てて言い直す。


「申し訳、ありません。すぐ、立ち去ります」


 うなだれてその人の靴先を見るのがやっとだった。

 衣服の膝元をきつく握り締めた。

 浅く忙しく、呼吸を繰り返す。


 言ってみたはいいけれど、どこに行けばいいのか解らない。

 それでもとにかくこの部屋から出よう。

 私みたいなのは立ち入ってはならないそうだから。


 きっとこの彼は年若いが、それなりの役職に就いているのだろう。


 そういった人がまとう独特の空気を、私はいつの間にか嗅ぎ取れるようになっていた。

 彼の人の面影を思い浮かべて、胸が疼いた。

 振り切るように頭を振るしかない。


 のろのろと杖を立てて、立ち上がろうと力を込めた。

 その間も鋭い視線を感じて怖かった。

 なるべく、その眼差しから身を隠すようにしていたのだが、ふらついた拍子にショールがずり落ちてしまった。

 掴みとろうとしたが遅く、ショールは床に落ちていた。

 しかも、上手く自分を支えきれなくなって、尻もちをついてしまった。


 カランカランと杖の転がる乾いた音が、嫌に響いた。


 一瞬、絶望に襲われかけたが、唇を噛み締めて堪えた。

 自分の言うことをきかない足を叱咤するように、思い切り叩いた。

 パシン、と子気味良い音に鼓舞されて、這いつくばって杖をたぐり寄せた。

 今一度、立ち上がろうと力を込める。


 その時だった。


「ふーくーだーんーちょう!? ああ、居た! 見つけましたよ!」


 軽快な歩調と口調が飛び込んできた。


「!?」

「ギルムード」


 聞き覚えのある名前に、身体がしなった。


 見覚えのある艶のある茶色く巻いた髪に、同じく明るい茶色の瞳は人懐こい。

 一度しかお会いしたことはないが、言葉は交わしている。

 ギルムード様。この少年は、リディアンナ様の弟だ。そして地主様の甥っ子。

 怖々、様子をうかがうしかない。


 おずおずと目線を上げると、ギルムード少年は、それはそれは晴れ晴れと笑った。

 それが初めて会った時と同じものだったので、こころなしか安堵できた。

 ホッとしてほほえみ返すと、ますます彼の笑みは深まった。


「うっわぁ、何、この子! 可愛い! どうしたの? 泣いてた? あ、もしかして、シオンにいじめられた?」

「うるさいぞ、ギル」

「えっと」


「初めまして、俺はギルームド・ロウニア。短くしてギルでいいからね? ね?」

「ギ、ギル様」


 勢いに押されて、こくこくと頷きながら、どうにか呼んだ。


「ねえ、君。どこかで会った事ない? 無かったかな? おかしいな。俺、可愛い子は絶対忘れないんだけど」


 ぶんぶんと頭を左右に振って否定して見せた。


「そう?」

「は、はい」


 どうやらスレン様の術は、滞りなくまんべんなく行き渡っているらしい。

 その事に安心を覚えると同時に、なんとも言えない虚しさが湧き上がってくる。

 それすらも私の都合のいい哀愁に過ぎないのだ。

 胸の痛みを押し殺して、微笑んでみせた。


「う~~ん? 絶対、どこかで会っていると俺の本能が訴えているんだけどな」


 笑えないことを真顔で言ってのける少年に、寿命が縮む心地だった。


「おいおい、ギルムード。いっちょ前に女の子を口説いているのかい? やるなあ」


 間延びした声に驚いて飛び上がった。

 振り返ると、これまた背の高い紅い髪の男の人が立っていた。

 まるで気配がしなかった。

 いくらギルムード様に気を取られていたからといって、まったく感じなかったのだ。

 驚くなと言う方が無理だ。


 そんな逃げ腰の私を見て、次いで最初に現れた男の人を見やって、その人はいたずらっぽく肩をすくめた。


「あーれあれ? 何だい副団長殿。血相変えて朝稽古から飛び出して行ったと思ったら! こんな可愛い子と二人きりで逢い引きかい?」


「お前もうるさいぞ、レメアーノ」


「あっそ。じゃあ、何でこの子は泣いてるわけ?」


 そのレメアーノと呼ばれた人は、私と男の人の間に割って入るようにした。


 その時初めて、自分が絶え間なく涙を流したままだったと気づかされた。

 全く気が回らなかった。いつの間に。


 頬に指先を滑らせてみると実際、涙で濡れていた。

 大急ぎで拭おうとすると、衣服の袖口を引っ張られてしまう。

 視線を向けると、気遣うような優しい笑みを向けられていた。


「こすっちゃ、ダメだよ。これ、使って」

「ギル様」


 ギル様は綺麗な手拭いを差し出すと、私が受け取るよりも早く、そっと頬に当ててくれた。


「……泣かせたんだ?」

「別に。ソイツが勝手に怯えただけだ」

「へぇ?」


 紅い髪の男の人が放った言葉は明るい調子だったけど、冷たく聞こえた。

 決まり悪そうに答える男の人に、紅毛の人は詰め寄った。


「あの!」


 険悪な空気に耐えられなくなって、思い切って声を掛けた。

 三人の視線をいっせいに向けられて、正直怯んだが堪えた。


「あの、あの、私、ちょっと寂しくなって泣いてしまっただけです! だから、誰も悪くありません。むしろ、お騒がせして申し訳ありませんでした。ここには勝手に、おいそれと入ってはいけなかったのですね? 知らなかったとはいえ、とんだご無礼をいたしました事を、おゆ、おゆるしくださいませ……!」


 少し語尾が震えて、どもってしまったが、勢い付けて言い切ってしまえばこっちのものだった。


 今度こそ、と立ち上がる。

 小さく震える膝を内心罵りながら、扉へと視線を向けた。


「!?」


 いつの間にか、人だかりが出来ていたのだ。

 人々の好奇心いっぱいの眼差しは、確かにこちらに向けられている。

 気のせいで済まされるものではない。


 しかも、この三人と同じような装束に身を包んだ、男の人ばかりだ。

 あの中をかき分けて行く勇気は流石に持ち合わせていない。

 それでも、ここで勢いを失う訳にはいかない。

 指先が震えて、また杖を転がしてしまいそうになった。

 そうはさせてなるものかと気を取り直し、しっかりと杖を握った。


 どうしよう。

 何やら大ごとになってきた……。


「そ、それでは、失礼いたします!」


 不必要なくらい、声を張り上げてみた。

 これくらいしか強がることが出来ないのが情けないが、泣いて怯えるよりはずっといい。


 意を決して、いざ人ごみへ向かおうと、一歩を踏み込んだ。


 ひるんでいる場合ではない。


 次はあの好奇心いっぱいの人たちに、そこを通して下さいと言わねばならないのだ。


 ・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。:・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。・


 一歩、二歩、三歩と進んだ所で、人だかりがまたざわめく。

 それが皆こちらにではなく、扉の向こう側に対してのようだった。

 次のもう一歩をためらっていると、大きな声がその場に響き渡った。

 それに続いてカタン! と何かを打ち据えたかのような音も、場を諌めてしまった。


「何事だ! 落ち着かんか、若造ども!!」


 太く、落ち着いた声が響いた途端、静寂が戻る。

 戸口に群がっていた男の人たちが、礼儀正しく両脇に整列した。

 皆、姿勢を正して、右手を胸に当てている。

 その間を、一言で皆を従わせた声の主が通り、現れた。


 姿を現したその人は、少しだけ私よりも目線が低かった。

 背が低いのではなく、ほんの少し腰を曲げて、杖を付いているせいだ。

 彼もまた、片方の足を引きずるようにしながら、こちらへと向かってくる。


 白いものが大半の髪とたくさん寄ったシワが、彼を高齢だと物語っていた。


 コツ、コツ、コツン、と杖の打つ音を聞きながらじっと見守っていると、おじいさんは私の前に立った。


「驚かせたようですまなかったね、お嬢さん。今日、神殿にあがったばかりかな?」

「はい」


 目尻のシワを寄せて、おじいさんは優しい声で尋ねてくれた。

 頷くと、そぉっと手をかざして頭を撫でてもくれた。


「さて、シオン」


 うって変わって、おっかない様子でおじいさんは振り返った。


「言うてみろ、シオン。貴様は何故そのような物言いをした?」


 おじいさんはとんでもない迫力だった。

 杖の先を首筋に突きつけると「言うてみろ」と、繰り返した。

 私に向けるような気遣いは微塵もなく、そこにはただただ、糾弾だけがある。

 それにちょっと目をそらしてから、シオンと呼ばれた若い人は向き合った。


「ここが部外者以外立ち入り禁止の、聖なる間だからだ。結界を揺るがす気配がしたから来てみれば、この娘が勝手に入り込んでいた」


「勝手に、のう? シオン、この間はおいそれと勝手に入れる作りであったか?」


「……だからおかしいと思って駆けつけたら、コイツが」


 ジロリと見下ろされて、思わず頭を下げた。

 その途端、おじいさんが持っていた杖を振り上げて、男の人の腰を打った。


「いっ……! 何をするんだ、長!」


「バカ造!!」

「何だよ、そのバカ造って!」

「ぃやかましい! 若くて考えの足りん奴にはこれで充分だ、アホウ!!」


 おじいさんはバシバシと容赦なく、なおも打ち込んだ。


「申し訳、ありません、あの、ここに居てはいけなかったのですね。すみません」


 止めたくて慌てて言い募ると、おじいさんは腕を振り上げるのをやめてくれた。


「お嬢、庇うことはないぞ。だが、その優しさに免じてこの辺にしておいてやろう」

「ありがとうございます」

「その言葉はシオンから聞きたいもんじゃな。ところで、お嬢さんはどうしてここに居たのだね?」

「えっと、連れてこられたのです。ここで待つようにって言われて」

「誰だ? 神殿の者かな?」

「はい」

「誰かはわかるかね?」


「スレン様、です」


 言っていいものかどうか悩んだが、おじいさんの迫力ある様子におずおずと答えていた。

 優しそうな瞳に鋭い光が見えた気がした。


「スレン、じゃと?」


 おじいさんは目を見開いてから、再び杖を振り上げた。


「いっ!」

「長!」

「痛ぇ!」


 バシ! バシ! バシ! とそれは素早く、目の前の若者三人の腰を杖で打ち付けると叫んだ。


「バカ共!! ここへ直れ。即刻、こちらの嬢様に非礼をお詫びしろ!!」



『神殿仕えの野郎ども。』


シオン。副団長。

ギルムード。地主の甥っ子。

レメアーノ。紅い髪。


おじいさん。長。


その他おおぜいの、神殿勤めの野郎どもが……。


あちこちでフラグが立っているかもしれません。

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