それが彼を呪うなら
恋愛が主軸だけど、その割にはSFチックな仕上がりとなっております。けど恋愛が主軸です。
「はい。大丈夫です……いや、大丈夫ですって。それを止めないと地球……いや、銀河規模で危ないんでしょう? それならば俺が止めないと……それが、英雄の役割ですから」
電話を終えた彼が、私の方に近づいてくる。
「これから太陽に向けて、大量破壊兵器が打ち込まれる。それを止めないと、どうやらかなりやばいらしい。もう数十分したら太陽系外縁天体に着くらしいから……そしたら行くよ」
人類が他の惑星へと移住を始めて二百年を超え、技術が進歩しても戦乱は未だに終わってない。
「……行くの?」
「大丈夫さ。必ず、生きて帰ってくる」
「生きて帰ってくる人は、そんな死にに行く顔はしないし、もっと笑うよ? いつもの貴方だったら」
「……そうだな」
さっきの電話のあと、明らかに何か隠しているのが彼の顔から読み取れる。読み取れてしまう。
彼は、かつてこの世界を救った英雄で、私の事を助けてくれた最高のヒーローだ。
だけど、私は知ってしまった。ヒーローという存在が、どれだけ歪で愚かとも言ってしまえそうな存在だということを。
「今回の大量破壊兵器……俺ともう一人で止める手立てだが、恐らく最低でも片方の死亡。最悪、両方死ぬな」
「……生き残る事は、出来ないの?」
「流石に無理だな。それに俺は、両方死亡の最悪な結末を阻止する為に自分から死ぬしかない……本当、こんなことになってごめんな……」
「……やっぱり」
やっぱりヒーローというのは、そういう存在だ。
いつも自分の命やら尊厳やらを捨ててまで大切なものを守ろうとする。
いつもそういうところが大好きで、そういうところが大嫌いだった。
「いつもいつも、私の事を大切に思ってくれてるのは分かるよ? けど、ちゃんと自分の命を大切にしてよ‼︎ ちゃんと私の心だって守ってよ‼︎ ヒーローならさぁ……‼︎」
私はかつて一度、いつもボロボロになる彼に耐えきれなくなって地下室に監禁した事がある。
大切にしてもらえて本人は幸せだって言ってたし、私から見ても笑顔を見ることが増えていた。けど、それでも世界の危機には勝手に抜け出してしまう。
彼はもう、ヒーローというのが魂に刻まれているようだった。
もう一人、彼を好きになった女の子に、気持ちは分かるけど流石に重すぎるって言われた事がある。
「彼の休息になるから協力してあげる……けど、流石に監禁は早すぎる気がするけどね」
こうも言われた。
「早すぎじゃないよ。だって、私はいつも彼に言ってるんだよ? いつもいつも無理はしないでって、それでも彼はボロボロで帰ってくる。無茶して帰ってくる」
「だからってさ……そもそも、ヒーローってのは無理するなって言ったら逆に無理しちゃうの。分かる?」
「だからって何? あんまり口答えしてると、私も貴方を必要としなくなるよ? 私、少なくとも貴方以上に愛してもらってる自信あるからね?」
「うっ……」
「これ最初からそっちで攻めてた方が良かったか」
こうやって考えると、確かに彼女に言われた通り、私はか〜な〜り重い部類なんだろうなぁ。
そうやって考えると、少し彼に申し訳なくなってきたな。ヒーローという呪いと、実質私という名の呪い。やっぱり、彼一人に背負わせるには重すぎたかも。
でも、もう遅い。
彼は一度決めたら、もう曲げる事はない。私が……私が、どれだけ言っても、曲げてはくれない。
「私、まだまだ頑張れるよ? いつだって貴方の愛を受け止めるし、お料理もっと上手になるし、それ以外の家事ももっともっと出来るようになる」
「それでも、俺は……」
「置いてかないでよ。何度も何度も置いてかれそうになって、どれだけ辛い思いしてるか分かる? いつもいつもいつもいつも……貴方は、私の事をめちゃくちゃ愛してるけど、それでも理解はしてくれないよね? 何回言っても、何回何回何回何回何回……‼︎ 行かないでよ、何でもするからさ……‼︎ 嘘じゃないよ? 私さ、貴方がいなかったら何も出来ないんだよ。知ってた? 貴方がいなくなったら私、どんな事しちゃうか分からないよ? それに帰ったらさ、今日は貴方の好きなもの作ってあげるよ……って、それはいつもの事だったっけ。いつも通りさ、幸せな日々を……」
「無理だよ。あと、全部分かってるよ。いや、分かってた上で理解してないようにしてるのは、更に悪質か。それでも、俺には守りたい世界が、貴方がいるんです」
「分かってる。そんな事分かってるんだよ……私も」
「なら……」
「それとこれとは別でしょ⁉︎ こうなるんだったら、もっと監禁した上に薬物漬けにでもしとくべきだったかなぁ」
「おいおい、とんでもないこと言い始めたよ」
催眠とかはヒーローに聞かないらしいから、薬物漬けにして私がいないと生きていけないくらいにするべきだったのかも……いや、それで多くの命が失われたら彼の心は壊れてしまう。
そういう時、私の責任にしないのが彼だ。
「……おっと、もうちょいで時間だ」
そう言って、彼は私の頬にキスをした。
「生きて帰って来れたら、唇にするよ。頬なんかじゃ、俺も満足出来ないからな」
「死にに行こうとしてるくせに……」
彼はその時、薄く微笑んだ。
それは微かであったが、とても優しい笑顔で、とても悲しい笑顔だった。
そうだ。辛いのは彼も同じはずなのに、私の方がよっぽど彼を理解してなかったんじゃ……‼︎
「大丈夫だよ。そんな事ない」
彼は私を、優しく抱きしめた。
「やっぱり永遠なんてなかったけど、君となら永遠に生きても悪くはないと思ってた。けれども世界は、どこか不完全だった」
「……何の話?」
「ヒーローというのは、命をかけて少しずつ少しずつ世界を変えていくものだ。その積み重ねで、いつか世界が平和になる事を祈って」
そうだ。だから、彼も祈る。彼が大事に思ってる私を含めた全ての人が、幸せになる世界を作る為に。
でもそこに貴方がいなければ意味がないのに、それを理解してもなお行って、逝ってしまう。愚かで、でもだから美しいんだと思う。
「いつか。いつか、時も運命を超えた先があるとするなら、そこでまた会おう?」
「分かった。また、いつかね?」
彼は、宇宙へと飛び出して行った。
数十分後、彼が大量破壊兵器によって光に包まれたのが遠くから見えた。その少しあと、その光は消えた。
彼の生きた跡は、どこにも残ってなかった。
「バカ……」
その言葉はもう、彼には届かない。
私は自分の無力さに打ちのめされる事しか出来ず、私はただ宇宙船の隅で泣いていた。
彼はヒーローに憧れ、ヒーローになり、そして英雄となって世界を救った。多分、この死で彼の英雄譚は完成されたんだと理解する。
ヒーローというのは呪いだ。
だけど、その全てを否定できなかった。
男の方も、彼女の事を愛していた。けど、それと同じくらいヒーローとして完成してしまっていた。それだけです。




