霊のいない事故物件
「駅近でこの広さで、この値段。もしかして……」
「はい、事故物件です」
不動産屋はすぐに認めた。
ここまであっけらかんとしていると、むしろ清々しい。
「内覧に行きますか?」
僕には霊感がある。
除霊まではできないが、そこにいるなら見える。
「はい」
不動産屋の車でそのアパートに向かう。
「十年ほど前に事件があったんです。調べればすぐ出てきます」
事故物件の告知期間は概ね三年。それを過ぎても告知が必要なほど、社会的影響の大きな事件だったということだ。
不動産屋は、部屋を案内しながら説明する。
「この部屋に自殺志願者を呼び出して、殺してたんです」
そんなニュースを聞いた覚えがある。
「自殺したい人の中には、一人で死ねないから集まって死のうとしたり、自分で死ねないから誰かに殺して貰おうって人がいるんです」
不動産屋の視線は、僕を見定めるように動く。
「たまに、死刑になりたいから殺したって言う犯人がいるでしょ。あれ、その両方です」
心理学者みたいなことを言う不動産屋だ。
「六人がここで殺されたそうです。あ、犯人が死刑になったんで、全部で七人ですね」
僕はキョロキョロと部屋の隅々を見回す。
不動産屋は作り笑いをして聞いてくる。
「何か、感じます?」
「いえ……」
僕は不思議だった。
違和感はある。でも、この部屋では何も見えない。
断言できる。霊はいない。
「特に何も」
「そうですよね。お祓いもしましたし、リノベーションもしています。さあ、どうしますか?」
みんな成仏したのだろうか。霊がいないとなれば、ここはただの格安物件。
僕は契約することにした。
引っ越しに一段落がついた夕暮れ時。
隣へ挨拶に行く。
「今度引っ越してきました」
「よろしく」
玄関から顔を出した隣人は、とても声の小さな人だった。目は虚ろで、まさに「生気のない」顔をしている。
僕は、その様子が異常だと直感した。
部屋の中は見えないが、気持ち悪さだけが残る。
隣人ですらこんな状況なら、僕の部屋は……
翌日、買い物に出ると、おばさんたちの井戸端会議が耳に入ってくる。
「あそこに引っ越してきた人よ」
「正気?」
「いつまでもつかしら」
「前の人もすぐ出て行ったし」
明らかに、僕のことを噂している。
でも、霊なんていない。昨夜は心霊現象もなく、僕はぐっすりと眠れた。
むしろ、おばさんの背中に見える霊がヤバい。きっと不眠で悩んでいるはずだ。
小学生が僕から逃げるように走っていく。
「呪われるー」
僕が呪うわけないじゃないか。
「呪いがうつるー」
さすがの僕でも少しイライラしてきた。
部屋に戻っても、霊なんていない。大量殺人があった部屋とは思えないほど普通の部屋。
リノベーションのおかげで防音も完璧。隣や上の階の音は聞こえない、静かな部屋。
それでも、落ち着かない。
一週間しても、この部屋では霊を見ない。
僕の霊感が鈍って、霊に気付けなくなったのか?
物好きな友達を誘い、心霊スポットとして有名なトンネルへ着いた。
「お前がこういう所へ来たいって言い出すなんて、珍しいな」
友達が運転する車に同乗して、トンネルをくぐり抜ける。
いる。
ちゃんと見える。
トンネルの壁を埋め尽くすように。
僕の力は落ちてはいない。
「何もなかったな。まあ、心霊スポットなんてこんなものか」
友達は楽しそうにしている。
今まで、こんなにも見えないことが羨ましいと思ったことはない。
一か月が経った。
今日は友達が遊びに来た。僕の部屋で一泊するのだ。
偶然、玄関先で隣人と鉢合わせた。
「こんにちは」
「…………は」
ほぼ聞き取れない。
焦点の合わない視線。荒れた肌、こけた頬。
「あの人が霊じゃないの?」
友達が失礼なことを言う。
大丈夫。君に霊は見えない。
彼が部屋に入って開口一番。
「ここが例の事件の部屋か」
と感慨深そうに、部屋のあちこちを触る。
「何というか、静かすぎて怖いな」
それは同意する。
何も起きないこの部屋に、僕も恐怖を覚え始めていた。
彼は嫌な感じがすると言って、泊まらずに帰った。
……僕は特に感じない。
でも、恐怖は膨らんでいく。
二か月もすると、僕も疲れてきた。
何もないのに眠れない。
友人に勧められて、心療内科に通うことになった。
霊が原因ではないから、お祓いの勧めは断った。
そして三か月目。
僕はあの不動産屋に連絡した。
「すみません。引っ越します」
退去の立会で、不動産屋はやってきた。
「心霊現象がありましたか?」
「いいえ、全く……」
「では、どうして退去されるんですか?」
僕はうまく説明できなかった。
確かに何も起きなかった。
それなのに、僕は耐えられなかった。
「連続して短期間で退去されると、また噂が広がってしまうんですよね」
その言葉とは裏腹に、不動産屋は困った表情をしていない。
僕は聞いた。
「連続で?」
「はい、あなたで六人目です。結局、人の心が霊を見せるんでしょうね。霊なんていなくても」
「……なぜ、そう思うんですか?」
不動産屋は僕から鍵を受け取ると、笑った。
「本当の殺人現場は、隣の部屋なんです」




