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超短編集(怖)

霊のいない事故物件

作者: M
掲載日:2026/03/02

「駅近でこの広さで、この値段。もしかして……」

「はい、事故物件です」


 不動産屋はすぐに認めた。

 ここまであっけらかんとしていると、むしろ清々しい。


「内覧に行きますか?」


 僕には霊感がある。

 除霊まではできないが、そこにいる(・・)なら見える。


「はい」


 不動産屋の車でそのアパートに向かう。


「十年ほど前に事件があったんです。調べればすぐ出てきます」


 事故物件の告知期間は概ね三年。それを過ぎても告知が必要なほど、社会的影響の大きな事件だったということだ。

 不動産屋は、部屋を案内しながら説明する。


「この部屋に自殺志願者を呼び出して、殺してたんです」


 そんなニュースを聞いた覚えがある。


「自殺したい人の中には、一人で死ねないから集まって死のうとしたり、自分で死ねないから誰かに殺して貰おうって人がいるんです」


 不動産屋の視線は、僕を見定めるように動く。


「たまに、死刑になりたいから殺したって言う犯人がいるでしょ。あれ、その両方です」


 心理学者みたいなことを言う不動産屋だ。


「六人がここで殺されたそうです。あ、犯人が死刑になったんで、全部で七人ですね」


 僕はキョロキョロと部屋の隅々を見回す。

 不動産屋は作り笑いをして聞いてくる。


「何か、感じます?」

「いえ……」


 僕は不思議だった。

 違和感はある。でも、この部屋では何も見えない。

 断言できる。霊はいない。


「特に何も」

「そうですよね。お祓いもしましたし、リノベーションもしています。さあ、どうしますか?」


 みんな成仏したのだろうか。霊がいないとなれば、ここはただの格安物件。

 僕は契約することにした。



 引っ越しに一段落がついた夕暮れ時。

 隣へ挨拶に行く。


「今度引っ越してきました」

「よろしく」


 玄関から顔を出した隣人は、とても声の小さな人だった。目は虚ろで、まさに「生気のない」顔をしている。

 僕は、その様子が異常だと直感した。

 部屋の中は見えないが、気持ち悪さだけが残る。

 隣人ですらこんな状況なら、僕の部屋は……



 翌日、買い物に出ると、おばさんたちの井戸端会議が耳に入ってくる。


「あそこに引っ越してきた人よ」

「正気?」

「いつまでもつかしら」

「前の人もすぐ出て行ったし」


 明らかに、僕のことを噂している。

 でも、霊なんていない。昨夜は心霊現象もなく、僕はぐっすりと眠れた。

 むしろ、おばさんの背中に見える霊がヤバい。きっと不眠で悩んでいるはずだ。


 小学生が僕から逃げるように走っていく。


「呪われるー」


 僕が呪うわけないじゃないか。


「呪いがうつるー」


 さすがの僕でも少しイライラしてきた。

 部屋に戻っても、霊なんていない。大量殺人があった部屋とは思えないほど普通の部屋。

 リノベーションのおかげで防音も完璧。隣や上の階の音は聞こえない、静かな部屋。

 それでも、落ち着かない。



 一週間しても、この部屋では霊を見ない。

 僕の霊感が鈍って、霊に気付けなくなったのか?

 物好きな友達を誘い、心霊スポットとして有名なトンネルへ着いた。


「お前がこういう所へ来たいって言い出すなんて、珍しいな」


 友達が運転する車に同乗して、トンネルをくぐり抜ける。


 いる。

 ちゃんと見える。

 トンネルの壁を埋め尽くすように。

 僕の力は落ちてはいない。


「何もなかったな。まあ、心霊スポットなんてこんなものか」


 友達は楽しそうにしている。

 今まで、こんなにも見えないことが羨ましいと思ったことはない。



 一か月が経った。

 今日は友達が遊びに来た。僕の部屋で一泊するのだ。


 偶然、玄関先で隣人と鉢合わせた。


「こんにちは」

「…………は」


 ほぼ聞き取れない。

 焦点の合わない視線。荒れた肌、こけた頬。


「あの人が霊じゃないの?」


 友達が失礼なことを言う。

 大丈夫。君に霊は見えない。

 彼が部屋に入って開口一番。


「ここが例の事件の部屋か」


 と感慨深そうに、部屋のあちこちを触る。


「何というか、静かすぎて怖いな」


 それは同意する。

 何も起きないこの部屋に、僕も恐怖を覚え始めていた。


 彼は嫌な感じがすると言って、泊まらずに帰った。

 ……僕は特に感じない。

 でも、恐怖は膨らんでいく。



 二か月もすると、僕も疲れてきた。

 何もないのに眠れない。


 友人に勧められて、心療内科に通うことになった。

 霊が原因ではないから、お祓いの勧めは断った。


 そして三か月目。

 僕はあの不動産屋に連絡した。


「すみません。引っ越します」


 退去の立会で、不動産屋はやってきた。


「心霊現象がありましたか?」

「いいえ、全く……」

「では、どうして退去されるんですか?」


 僕はうまく説明できなかった。

 確かに何も起きなかった。

 それなのに、僕は耐えられなかった。


「連続して短期間で退去されると、また噂が広がってしまうんですよね」


 その言葉とは裏腹に、不動産屋は困った表情をしていない。

 僕は聞いた。


「連続で?」

「はい、あなたで六人目です。結局、人の心が霊を見せるんでしょうね。霊なんていなくても」

「……なぜ、そう思うんですか?」


 不動産屋は僕から鍵を受け取ると、笑った。


「本当の殺人現場は、隣の部屋なんです」


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― 新着の感想 ―
おっと、そういえば隣の部屋にも人が住んでいましたね。 そうなりますと、この隣人が色々と心配になってきます。
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