これからの話
深い蒼の壁面に、白銀の曲線がうねるように這っている。
天を泳ぐ龍を象った意匠が静かに見守るその一室は、ひんやりとした静寂に包まれていた。
巫女の目元には、細密な文字を編み上げたような淡い光の環が浮き、絶え間なく明滅している。
その光が、色彩を失った彼女の世界に、かろうじて物の「かたち」を繋ぎ止めていた。
「これでどう? 何か変わった?」
問いかける声が間近に響く。
巫女は瞬きを繰り返し、まぶたの裏に光の環が刻むわずかな熱を感じながら、ゆっくりと顔を動かした。
「はい。物の輪郭が、おぼろげながら……」
「なるほどね……情報の線が……あ、そうか、受け手側の器が拒んでるんだ……? 認識の揺らぎ……外からの理……、……反発の結果だとしたら……」
答えを聞くや否や、魔女見習いは指先を顎に当て、独り言をこぼしながら思考の深淵へと潜っていく。
その、自分を置いてけぼりにするほどの没頭ぶりに、巫女は困ったように微笑んだ。
「あの、大丈夫です。そこまでしていただかなくとも」
「いいのよ、趣味と実益を兼ねているから。それにこれはあくまで繋ぎ。……そうね、光の巫女にでも診てもらいましょうか」
その名を聞き、巫女は小さく息を呑む。
「光の巫女……。ですが、いまこの街を離れるのは、少し……」
「大丈夫、私たちが連れてくるから」
「そこまでご迷惑をおかけするわけには……。それに、あの方は……現人神とも仰がれるお方です。私のような者がお会いするなど……」
言葉を詰まらせる巫女に対し、魔女見習いは顔を上げ、あっけらかんとした調子で言った。
「貴女だって似たようなものじゃない。あの人、ああ見えてじっとしていられない人だから、呼べばすぐに来るわよ」
あまりに身近な存在として語られる名前に、巫女はふっと、考え込んでしまった。
自分と同じようにその役割に縛られているはずの存在を、これほど軽やかに捉える彼女の感覚が、少しだけ羨ましく、そして不思議だった。
「……まあ、それで解決しなかったら、次は義眼ね。腕の良い技師が知人にいるから紹介するわ」
魔女見習いは一度言葉を切ると、少しだけ声を潜めて付け加えた。
「そっちは、とんでもない見返りを要求されるでしょうけど」
冗談とも本気ともつかないその響きに、巫女の口元が自然と緩む。
先ほどまでの緊張が、どこか現実味のない、おかしな心地よさに塗り替えられていった。
おぼろげな視界の端で、魔女見習いの動く気配が揺れる。
巫女は、いま自分を照らしている新しい光の熱を確かめるように、静かに目を細めた。
巫女
龍や神といった人智を超えた存在に仕える者たちの総称。
その多くは、初代が天上の尊き一柱と契りを結んだことに始まる。
巫女の家系
巫女の家系は、仕える存在やその性質にかかわらず、第一子に必ず女性が生まれる宿命を持つ。
そして血を絶やさぬため、形式上、常に「父」と契りを結ぶ定めにある。
歴代の巫女の夫はすべて「父」として迎えられるため、直系の血筋は理論上、全員が姉妹であるという特異な関係となる。
特に神と契りを結んでいる家系においては、この血の特異性が代を重ねるごとに神性を純化させ、神の血を濃く抽出していくとされている。
ゆえにその継承者は現人神として崇められる事がある。




