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史郎ちゃん

 翌日、担任教師からバイト申請書をもらう。先生が俺を心配気に見つめてきた。


「バイトしないといけない状況かしら。もし、大変なことがあったらいつでも力になるから」


 先生は俺が家庭の事情やらで痩せたとでも思ってるんだろうか。でも、生徒を雑に扱う先生よりはマシか。


「俺がやりたいだけなんで平気です」

「そう」


 それでも眉を下げられてしまった。教師って職業は大変だ。俺は俺のことばかり気にしていれば問題無かったから気楽だった。あのまま突き進んでいたら、三十歳になっても子どものままだったかもしれない。


 とりあえず、これを書いてもらえば一歩前進。あとはバイトするだけ。


「あ、バイト先決めてない」


 どの辺でどういうのをやりたいか一切考えていなかった。どうするか、高野みたいにコンビニにしようかな。


 宮本家に行く道のりにあるコンビニを確認しながら歩いてみる。


「あ!」


 あるコンビニで雑誌を読んでいる山田さんと目が合った。店内にいるはずの山田さんの声がここまで聞こえた。面倒なことになる前に去ろうとしたら、山田さんが誰かを連れて外へ出てきてしまった。


 向こう側としても後輩に負けたわけなんだから気まずいとかないわけ。そんな嬉しそうにこっち来なくても。しかも友だちと一緒だから、友だちも困るだろう。


「何してるんですか。誰かぶん殴りに行きます?」

「ちょっと食べに行こうみたいに物騒なこと言わないでください」

「これ、二年?」

「うわッ宮本さんになんてことを……!」


 山田さんが慌てた様子で謝ってくる。いや、謝られるともっと複雑になっちゃう。


「全然なんてことでもないので。ただの二年です」

「ただの二年が山田に頭下げさせてるとか、面白いね」

「とにかく、俺は失礼します」

「はい! また学校で!」


 山田さんが大きく手を振ってくるので、気まずげに頭をぺこっと下げて別れた。山田さんの横で友だちもにこにこ手を振っている。長めの髪の毛で表情が読めない。俺のことどう思ったかなぁ。というより、山田さんの奇行をどう思ったかなぁ。友情にヒビが入らなければいいけど。


 だって、最上級生の不良が突然後輩に敬語使って頭下げてへらへらしてたら怖いだろう。


「まあ、俺の知ったこっちゃない」


 それより、今はバイト先を探す方が先だ。でも、今ので分かった。高校の最寄りでやるのは駄目だ。さっきみたいなことが起きる。絶対。特に俺の本性を知っている奴らには会わないところにしないと。


 俺は予定を変更し、バイト先候補を宮本家近くにすることにした。俺のマンションより一駅遠くなるだけだし、その程度なら歩いていかれる。


 宮本家に近ければ、保護者が確認しないといけないプリントをもらった時渡しに行きやすいし。これだ。


 さっそく宮本家の最寄り駅に向かう。駅近くにコンビニが二つあった。


「この辺かな」


 二軒とも確認してみると、片方は夜勤のみでもう片方は夜勤以外も募集していた。夜勤は十八歳以上だったから、二歳若返った俺には無理だ。とりあえず、募集している方を候補先にした。


 コンビニには入らず宮本家に向かう。インターフォンを押すとすぐにママさんが出てきた。


「まあまあ、忙しいところをいらっしゃい。いえ、おかえりなさい」

「ただいま、です」


 そうだ。史郎として帰ってきたから親子をしないといけないのか。なんだか複雑な気分だ。


「学校帰りで大変ね。疲れてはいないですか?」

「大丈夫です」


 いつ見ても大豪邸過ぎる。こういうところってお手伝いさんとかいないのかな。いたら、俺もいつか会うかもしれない。どういう関係だと説明すればいいんだろう。


 少し固めのお高そうなソファに座っていたら、これまた落としたら数万円弁償になりそうな皿に載ったケーキが出てきた。上に載っているイチゴがおしゃれな切られ方をしている。俺が人生で一度も買ったことがない種類のやつ。


 史郎、こんな大豪邸で優しい親に育てられて登校拒否だったのか。しかも、中学と違って高校はすぐ留年になるのに。学校で嫌なことでもあったとか。


「お金で困ったらすぐ言ってくださいね。いくらでも用意しますので」


 ママさんが申請書を記入しながら言う。


「いえ、バイトしてみたいなと思っただけなので。お気遣い恐縮です」

「そうですか。何かあったらいつでも私たちを頼ってください」

「はい」


 今のところ金に困るということはないけれど、仕事で稼げなくなるわけだから、あと一年半バイトだけじゃ厳しくなることもあるかもしれない。その時はお世話になろう。


 ママさんに礼を言い、家を出る。すると、隣の家から中年女性が出てきた。


「あら、こんにちは」


 まずい。隣ということは史郎の顔を知っている可能性大だ。もし聞かれたら、俺は親戚の誰かということでごまかすしかない。


「史郎ちゃん。ほっそりしたのねぇ。昔に戻ったみたい」

「あはは。こんにちは、どうも」


 ペコペコしながら挨拶だけして通り過ぎる。


 俺は顔中に汗を掻いた。


 嘘だろ。


 痩せた俺を見て「史郎ちゃん」って言ったぞ。


 マジで史郎が痩せていた時は俺にそっくりだったのか?


 偶然にも程があるだろ……じゃあ、俺も百キロになったらああいう風になるのか……。


 大型になった自分の姿を想像して首を振った。体重制限に関してはプロだ。俺はじじいになるまでムキムキでいく。


「おい、てめえ」

「ああん?」

「あ、すいやせん」


 脳内筋トレしていたら誰かにいちゃもんつけられて、反射で睨み返してしまった。


 いけない、ここはまだ宮本家から近いんだった。


 俺は宮本史郎。大人しい史郎。はい、オッケー。


 電車に乗る前に俺は例のコンビニにさっそく寄ってバイトの面接予約をすることにした。

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