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帰宅

 高校生活初日、上手くいった俺は上機嫌で帰宅していた。コンビニでアイス買おうかな。もう減量とか増量とか体重のこと何も気にしなくていいし。


「チョコかバニラか。ジュースも買っちゃお」

「史郎君」

「は?」


 こんな道端で俺を呼び止める奴なんているのか。しかも女子。そう思って振り向いたらギャル美が立っていた。


「なんだギャ、浅木か」

「うわ、私の名前呼んでくれた」

「別に呼んだわけじゃないけど」


 浅木が両手を絡ませてくねくねしている。無視しちゃ駄目かな。


「じゃあ」

「あ、待って」

「なに」


 浅木が俺の右腕を掴もうとしたので、直前で避ける。


「あぁん」

「なに」

「特に用事ってわけじゃないんだけど」


 用事が無いなら帰ってくれ。と言いたいところだが、史郎は言わないだろう。えらい、俺。


「さっきの見ちゃったの。山田先輩倒しちゃうとこ」

「げ」

「痩せて格好良くなったし強いし。どうしちゃったの」

「どうもしてないさようなら」


 どうごまかせばいいのか分からない。口を開いたら何か失言をしてしまいそうなので、早歩きで浅木から離れる。


「待ってよぉ」


 今度は浅木の手を避けなかった。右腕に長い爪が当たるのを必死で我慢しながら浅木に話しかける。


「山田さんとのことは秘密にしておいて」

「私との? うん、分かった」

「よし。じゃあね」


 うん。これで完璧だろう。歩き出したが、今度は追ってこなかった。俺の平穏は保たれた。

 家の近くのコンビニに入る。あー涼しい。アイスの良い季節です。夏休みっていつからだっけ。


 いちおう社会人していたから金はある。アイス十個買ったって平気だ。まあ、俺には節度というものが存在するので二個しか買わないけど。また明日来ればいい。


「有難う御座いました~」


 店員の軽快な声を聞きつつ外に出る。さっそくアイスを開けて口に入れる。うん、美味しい。これだこれ。あと一つも溶けちゃうからさっさと帰ろう。


 俺のマンションに着くと、なんだか人だかりがあった。なんだろう、事件かな。そう思って通り過ぎる。眼鏡越しにちらりと見るとメディアの連中だった。


 やっべぇ、俺だ! 人だかりの原因俺だ!


 多分、故人を偲んで~みたいなテーマでニュースやら記事を書くために集まってるんだ。ちゃんと生きてるって伝わってる!?


 眼鏡にマスクに制服姿でよかった。もし俺だってバレたら大パニックだ。

 

 さっさとオートロックを解除して中に入る。記者の一人が俺に向かってマイクを向けてきたけど無視した。当然。


 さっさとエレベーターに入る。あの感じ、いつオートロックを突破してもおかしくない。住民の振りしてオートロック開けた人と一緒に入ってきそう。


 俺なんて一度優勝しただけのスポーツ選手なのに、そんなに報道したいかね。亡くなったと思われる人の自宅に突撃するとか失礼だと思わないのか? 思ってたらやらないか。


「あー、アイス溶けなくてよかった」


 冷凍庫に入れて一息吐く。


 それにしても、嫌だなぁ。これじゃ気軽にカーテンも開けられない。いっそ引っ越すか。でも、あいつらが原因で引っ越すとかもっと嫌だ。


「まあ、事件でもないし、時間が経てば飽きていなくなるだろ」


 今日のところはおとなしくしておこう。そう思ってベッドに転がってみたが、すぐに飽きてしまった。


「トレーニングでもするか」


 ここは三部屋あって、そのうち一部屋はトレーニングルームになっている。家で鍛えたくなったらすぐ本格的なトレーニングが出来るので、家の中でここが一番気に入っている。


 選手ではなくなったが、またいつ襲われるか分からないから鍛えておくに限る。トレーニング中は何も考えなくていいし。勉強のこととか。


 あれな。高校生って義務教育じゃないのにあんなに詰め込むのなんなの。それより、社会に出て役立つ雑学とか学んだ方がいいと思う。確定申告のやり方とか。俺はさっぱりだったから社長に任せて終わりだったけど。


 高校までは勉強勉強なのに、いざ働き始めると社会の常識分かってるよね? みたいな態度されるの何か間違っている。税金とか知らねぇんだわ。社保だか国保だかなんだあれは。切り替えは十四日中にって、何をどうすればいいんだよ。全部社長に丸投げしたけど。


 そう考えると、社長ってすごい。いや、すごいのは社長と契約している税理士か。まあ、とりあえずそういう専門の人に依頼できる社長すごい。


 俺は稼いではいたけど、何も知らなかった。十九歳だったけど、まだまだ未成年の子どもと一緒だった。しかも、今は物理で戸籍的に未成年(仮)になっちゃったし。


「うっし、そろそろ休憩」


 一時間みっちりやって汗だくだ。シャワーを浴びたらもう陽が暮れていた。そっとカーテンの隙間から覗く。さすがに誰もいなかった。よかった。冷蔵庫の中ほとんど空っぽだったから。


 十九時になり、私服に着替えて眼鏡とマスクをしっかり付けてマンションを出る。辺りを気にしていると挙動不審で目立つので、堂々と歩く。よし、誰もいない。数日はこんな感じかもしれないから、数日分の食料を買い込んでおくか。プロテインと水ならめちゃくちゃあるんだけどな。


 徒歩十分のスーパーで二袋分の買い物をした。冷凍ブロッコリーと鶏の胸肉、あとはレンジ調理出来るやついろいろ。あとスナック菓子。スナック食べても怒られない日々が来ようとは。


 本当は毎日しっかり自炊した方がいいんだけど、肉を切る以外やったことないから仕方がない。選手時代はブロッコリーと胸肉食べてればよかったから、料理の腕上がらなかったんだよな。


「ん?」


 もう少しでマンションというところで視線を感じた。振り向くが誰もいない。どこからの視線だろう。俺は念のため遠回りして帰宅した。


 部屋に戻り、買い物したものを仕舞いつつ首を傾げる。視線は感じたのに、人の気配は無かった。カメラを向けられた感覚とも違う。本当にあそこに人はいたのか?


「ついでに荷物の整理するか」


 レンジで胸肉とブロッコリーを調理している間、俺はママさんから預かった荷物の整理をすることにした。授業に必要な最低限以外放置したまんまだったから。


「ええと、本と、冬服と、あとこれか」


 クマのぬいぐるみを手に取る。置き場所が無いので、ベッドの枕の隣に置いておいた。なんか、殺風景なベッドが可愛らしくなった。まあ、いいか。誰に見られるわけでもないし。


 夕食を食べ、ソファでゴロゴロしながらテレビを観る。あ、俺だ。まだ忘れられてないんだ。へえ。お、速報で死亡が間違いで大怪我に訂正されてる。よかったよかった。よくねぇけど、よかった。


 ちょっと早くベッドに入る。


「…………」


 視界の端にチラチラぬいぐるみが映る。しばらくすれば慣れるだろう。

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