そっくりとは
「うそ。学校通うんですか!」
「せっかくですし」
「せっかくって言うか、別人なのバレちゃう」
先日の話し合い通り、俺はしばらく史郎して生きることが完全に決定した。その二日後にこの爆弾発言。
ただ名前を名乗っていればいいと思っていたら、とんでもないことになってしまった。とりあえずしばらく外出を避けて、ほとぼりが冷めた頃髪型を変えたり眼鏡でもして別人生活しようと思っていたのに。学校て。
笑えない冗談だと思いたいけど、こんなことをこんな状況で言ってくるわけがない。冗談なら頭の病院を紹介したいし、本気でも紹介したい。病院まっしぐら。
「大丈夫。史郎と聡士さんそっくりですよ。初めて見た時驚いたくらい」
「えぇ……そんなことあるの……」
史郎母はそう言ってスマホの待ち受けを見せてくれた。両親に挟まれ、真ん中に佇む少年がいた。重量級の。
「ウッッ……ソじゃん。全然似てないじゃないですか」
マジで似てない。俺より三十キロは重そうだし顔立ちも何もそっくりな部分が見当たらない。どこをどう見て似ていると思ったんだ。目が二つあるところか?
「黒髪なところとか、優しそうな目元とかそっくりよ。息子が帰ってきてくれたみたいでおばさん嬉しいわ」
「はは、そうですか」
涙ぐまれちゃった。似てないとか言ってごめんね。ニテルニテル。
「それじゃあ、いろいろ準備あるだろうからいってらっしゃ~い」
本当は今日予定が入っていたはずの俺は死んだため暇人間に成り下がった。いや、死んでないけど。いちおうマスコミには集中治療室にいるって伝えたけど。
やることもないので、仕方なく社長に促される形で史郎宅へ行くことになってしまった。展開早い。
車の後部座席に乗せられ、十五分程走ったところに史郎の家はあった。車の時点で察していたが、あれだ。
すっっっっごい…………金持ちだ。
視界全部より家がはみ出てる。豪邸ってこういうことか。三次元の日本にこんな家存在するんだ。外国みたい。何億円したんだろう。
金持ちか、俺も賞金で金持ちになるはずだったんだけどな。賞金、ちゃんと振り込んでくれるかな。
――宮本って名字か。新しい名前に慣れないと。
「あの、やっぱり俺が史郎君って無理ありません? 全然似てないと思うし」
「まぁたそんなこと言って! 大丈夫、史郎は近所付き合いゼロだったから最近の顔知ってる人ほとんどいないし、似てるから。最近ちょっと太っちゃったけど」
「ちょっとってレベルだったかな」
「本当そっくりだな~」
二人の自信はどこから来るんだ。史郎初日からバレたらシャレにならないのに。お父さんなんか雰囲気ふわっふわ。息子が亡くなったから、テンションがおかしくなってんのか?
「入って入って」
「はい」
一階の案内をされてから二階へ上る。上は各個人の部屋らしい。階段のすぐ左に史郎の部屋があった。
「ここが史郎の部屋です。学校の道具は全部ここにあるから、持っていってね」
「はい」
「一人暮らしだそうだけど、大丈夫? 学校から遠くない?」
「いえ、結構近所だったんで」
「そう」
残念そうにしないでくれ。俺は悪くない。だって、川路聡士じゃなくて宮本史郎として生きていくことになっただけで、史郎自身ではないのだから。この家に住まなければならないなんて決まりはない。
それより、別人が学校に通うことを心配してほしい。絶対あり得ないだろう。戸籍どうなってんだ。バレたら刑務所行きでは?
とにかく、決まったのだから仕方がない。誰かにツッコまれたら体調不良で痩せたことにしよう。痩せたら別人になるってよく聞く話だ。あとは俺だと分からないように変装すればいいか。ただのスポーツ選手でも顔を覚えている人間がいるかもしれない。髪型変えるか、脱色でもするか。あ、高校生って髪の毛いじるの駄目なんだっけ。高校によるか。
気を利かせて、ママさんがリュックに荷物を詰めてくれた。全部は一度に無理だからとりあえず制服と教科書……と思ったところで、制服のサイズに引いた。無理だわ。
「制服、ちょっと大きそう。サイズ直し終わったら連絡するわね」
「有難う御座います」
だよね。ちょっとどころじゃないよ。すると、ママさんがベッドに置かれていた物体を持ち上げた。
「そうそう、あとこれ! 息子が一番大事にしていた物なの。よかったらお部屋に飾ってください」
「え、あ、うん。はい。分かりました」
最後にぬいぐるみを入れられた。なんか、クマみたいな、ネズミみたいな何か。よく分かんね。まあこのくらいならいいか。俺の部屋殺風景だし。
「これからよろしく。突然のことで戸惑うだろうけど、私たちのことは新しく出来た親戚とでも思ってください」
「よろしくお願いします」
ぽやっとしていたパパさんが急に流暢に話し出した。手を差し出されたので、握手する。新しい親戚か。そうだな、そのくらいなら気楽でいいかもしれない。
「あ、これもよかったら!」
ママさんがエコバッグにパンやらスナック菓子を入れてきた。
「いやいやそんな」
「そうだ、あれも」
後ろに置かれていた果物まで入れようとするママさんを慌てて制止する。
「いやいやいや、悪いので」
「息子が買いだめしていたものだから遠慮せず」
「これでもう十分です。ありがたくいただきます」
これ以上ここにいたら大変なことになる。俺はお辞儀をしてさっさと外に出た。