不良一掃作戦
帰り道に少し考える。こうして毎日慌ただしく過ごしているけど、これは全て仮初で、いつか消えて無くなるんだよな。そして俺は、川路聡士に戻る。そうでなくちゃいけない。
史郎は別にいて、俺はそこに便乗しているだけだから。
「──あっ」
俺は唐突に気が付いた。
史郎、ぬいぐるみに憑依したってことは、やっぱり今身元を調べているあれは史郎なんだ。
なんだ、そっか。
そっか。
知ってたけど。
ね。
「ただいまぁ」
ドアを開けるとクマ五郎がてくてく歩いてきた。
「おかえりなさい」
「かわい」
「僕みたいな陰キャに可愛いは宇宙一似合わないので、彼女さんに言ってください」
「彼女はいません」
すると、クマ五郎は一歩二歩と後ずさった。ごめんね、いなくて。
「すみません、意外だったので。聡士さんほどの人なら恋人の十人や二十人」
「いても一人で十分です」
常に気を遣う相手が何人もいたら気持ちが休まらない。一人でも大変なんだぞ。知っているか、クマ五郎。
「クマ五郎はいたことないの」
ローテーブルの前に腰を下ろし、クマ五郎に聞く。クマ五郎は首を振った。
「いたように見えますか」
「いたかいないかは事実でしかない。見えないからっていないとは限らないし、史郎の見た目が良いか悪いかは見た人の好みでしかないから、卑下することなんかない」
そう言うと、クマ五郎は俯いた。
「僕のこといいなって思ってくれる人も現れたかもしれないってことですか?」
「そりゃいるだろ。全人類鼻が高い人が好きなわけじゃない、痩せている人が好きなわけじゃない。俺とお前の好みの人間だって違う。ただそれだけ」
「……そっか」
クマ五郎が俺を見上げて、短くてもこもこの足をプラプラさせた。なんか俺、余計なこと言ったかな。
「そうだ、聞いてくれよ。史郎は最近登校してなかったから知らないかもしれないけど、高校荒れてるらしいんだ」
「僕、一回お金上げたことあります」
「マジかよ!」
驚きの告白に声が上擦る。
「なんかお金を渡すと高校が平和になるからって言われて、一万円渡しました」
「マジかよ……」
純粋のモンスターか。史郎がもし生きていて登校するようになったら、格好のターゲットだったろうな。将来的には道で話しかけられた知らんおばちゃんから十万する壺五個くらい買わされそう。
ママさんもちょっとずれてるほんわかした人だからなぁ。何かすでに買わされていないといいけど。今度家に行ったら持っていると運気が上がる壺とか一本何千円もする水がないか聞いてみよう。
「そういうのはね、渡さなくていいんだよ」
「そうだったんですか。来世に向けての勉強になります」
「あり得ないパワーワードきた」
死んでるのに前向きなクマ五郎。何が彼をそう思わせるのか。でも、話している限り、もともと後ろ向きな性格ではないのだろう。もったいない。史郎こそ、もっと青春できたのに。
「脱線しちゃったな。で、史郎さんご存知のように荒れてるんだけど、俺がそれをお掃除しちゃおうかなと思って」
「え、カッコイイ!」
「そうだろう、そうだろう」
秘密っていうのは格好良い。でも、その姿を誰かに知っていてほしいという気持ちも同時にある。
「聡士さん素晴らしいです。開田が良くなりますね」
「おう。変装しながらだから、史郎の経歴にも傷は付かないぞ」
「ええ~、変装しなくてもいいのに」
クマ五郎が腕を絡ませてクネクネする。わりと承認欲求あるんだ。
「いや、それは駄目だ。悪を倒すと言っても暴力が付きまとう。正当防衛でも、周りに迷惑がかかるかもしれない」
「聡士さん、しっかり考えてくれてるんですね。感激です」
「まあ、借り物の生活なんだから、大切にしないと」
クマ五郎が小さく礼を言う。なんかしんみりしちゃったな。やってることは殴る蹴るなのに。
「聡士さんの勇姿、僕も見てみたいなぁ」
「見るか?」
「えっ」
きょとんとするクマ五郎の肩を抱く。ちっちぇ。
「前だって、体から抜け出して俺のあとつけたことあるんだろ? そうすれば、学校に行けるぞ」
「た、たしかに……!」
目から鱗みたいな顔をされる。いや、ぬいぐるみだから表情は変わっていないけど、そんな感じがする。
「さっそく、明日行ってみるか? 家だと暇だろ」
「いやぁ、今まで引きこもりだったので、暇だということはないです。でも、行きたいです」
そういえば、こいつ引きこもりだった。ゲームのやり過ぎで不登校になったんだもんな。ママさんたちに心配かけさせるな。
そんな史郎が学校に行ってみたいだなんて、かなりの進歩じゃねぇか? もうクマ五郎になっちまったけど、本人が行きたいんだから行ってみればいい。
「どうせなら、不良一掃作戦、クマ五郎も手伝う?」
「やりたいです!」
すくっと立ち上がってクマ五郎が敬礼した。やる気があってよろしい。
「ついでに、って言い方悪いけど、高野浩平にも会えるぞ」
「浩平……オンライン上では今も対戦できてるけど、懐かしいですね」
「よし、じゃあ明日は二人で登校だ」
「おー!!」
俺はクマ五郎を両手で頭上高く持ち上げた。なんだか楽しくなる予感。