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武勇伝

 バイト先に着くと、客がゼロだった。まあ、休日の中途半端な時間だからそういうこともある。暇でよろしい。


「お疲れ様です」


 今日は店長ではなく初めて会うバイトの人だった。暗い茶髪のダルそうな顔をしている男。大学生かそれよりちょっと上か。


「お、新人さんだ。よろしくね~」


 話し方もダルそうだった。まあ、バイトの人で友だちじゃないからどうな人でもいいや。


「宮本君だっけ」

「はい」


 ネームプレートには名字のイニシャルだけで本名が書かれていないので名前を確認される。個人情報がどうたらという配慮らしい。令和って感じだ。男性もそうだけど、特に女性はいろいろ狙われるから良い取り組みだと思う。コンビニのバイト女子に勝手に惚れてストーカー化する話聞いたことあるし。


「僕、松形~もうレジ入れる?」

「基本だけなら。まだ宅配便とか公共料金の対応はしたことないです」

「オッケーオッケー、そういうの来たら僕呼んで。とりあえず入ってみようか」


 そう言うと、松形さんは品出しをし始めた。わりと仕事はするタイプか。安心した。


 イレギュラー来ても説明無しに一人で対応してとか無茶振りしてきたらすごんじゃうところだった。


 いけないいけない。宮本史郎は真面目な一介の高校生。決して目立たず、できる限り史郎らしい振る舞いを──。


「いらっしゃいませ」

「ぎゃははは」

「お客様、店内は禁煙で御座います」


 喫煙野郎が入店してきたので、脊髄反射で胸ぐらを掴んでしまった。笑顔は絶やさなかったのでセーフだろう。


「外に灰皿あるんだからいいだろ」

「よくないでーす」


 まだ喚いてくるので掴む力を強めていけば、苦しそうな声を出した。


「ご存知ないようなので、正しい場所ご案内しますね」

「M君」

「ちょっと外の掃除してきます」

「あは、掃除の意味深読みしちゃう~」


 松形さんがへらへら見送る。止めないでくれて助かった。


「はい。ここが喫煙所です。ご自由にどうぞ。節度は持ってく・だ・さ・い・ね」


 語尾を強調したら、喫煙男は真っ青な顔でコクコク頷いた。素直な人は嫌いじゃないよ。


 店内に戻ると、松形さんが拍手で出迎えてくれた。


「うわ~武勇伝が増えた」

「え、まさか知ってるんですか」

「知ってる知ってる。なんならバイト連中みんな知ってる」

「やだなぁ」


 目立ちたくないからこういうことしない方がいいんだろうか。でも、無視したらあっちが調子乗るだけだ。警察に通報する? 通報している間に店内を壊されたら? やっぱり、正当防衛の範囲内で抵抗した方が丸く収まる。


 学校もそうだよなぁ。バイトはバイトの人にしか見られないからいいけど、学校はそうもいかない。全校生徒の間で有名になるのは好ましくない。しかも、強すぎてバレたりしたら。


 変装する? 紙袋でも被るか。変態だ。


 あいつか。後ろの席の奴がやったことにするとか。名前忘れたけど。ああ、でも駄目だ。あいつ弱いもん。説得力皆無過ぎる。


 困ったなぁ。社長に相談するか。史郎として穏やかに過ごしたいのに、変な輩がいるから粛清していいのか。あの人ならボイスレコーダー持参して刑事事件にしろとか言い出しそう。職業柄誹謗中傷に強い顧問弁護士いるし、傷害事件に強い人もいそう。


 でも、それだと結局ここでの平穏は保たれないな。仲間に恨まれて一人一人裁判とかなったら学校にいられなくなる。そして生徒数が激減する。


 やっぱり陰で問題を解決するしかないか。変装方法だけ相談しよう。


「あ、今暇だし、公共料金来た時のやり方説明するね~」

「はい、お願いします」


 松形さんは俺を遠巻きにすることなく仕事を教えてくれた。初対面でやばい奴を平然と追い出したら距離置かれそうだと思ったけど、ここの人はみんな良い人だな。それとも、こういう奴らが多くて困っていて、俺が救世主的になっているとか。さすがにそこまではないか。


「他の商品とは別会計ね~」

「はい」


 忘れそうなのでメモしていたら褒められた。おお、なんか嬉しい。社会で頑張っているって感じがする。


 周りは大学生か社会人だったけど、俺はボクシングばっかりだったから。延々トレーニングの毎日。仕事と言えば、テレビに少し出るくらい。一般的な生活とは全然違うものだった。まあまあ楽しかったけどね。未だって筋肉落ちない程度にはトレーニングしているし。トレーニング部屋があるのは、誰にも見られずいつでも出来るから良い。


 その後、宅配便の作業も覚えた。途中、郵便局の人が来たので、その人に挨拶しておいた。毎日一回この時間に郵便物を回収しに来るらしい。


 何気なく始めたコンビニバイト、覚えることが結構多い。楽そうとか思っていたごめん。暇な時間はもちろんあるけど、すごい大変。どんな仕事もそれぞれ大変なことがあるって分かった。それだけで学びがある。


「お疲れ様!」


 そろそろ終わりというところで店長が出社した。


「お疲れ様です」


 店長はやや慌てた様子だ。何かあったのかな。


「クレームが本社に着たって連絡を受けたんだ」

「ああ~……」


 二人で顔を見合わせる。あの男、非常識のさらに上を行く男だったか。


「どんなクレームですか?」

「店内で煙草を吸っていたら店員に追い出されたから処分しろって」

「ああ~……」


 またさらに上だった。義務教育から受け直した方がいい。手を挙げて報告する。


「それ、俺が対応しました。煙草吸いながら入ってきたんで、外の喫煙所に案内しましたね。暴れたら被害が出るから、ちょっと無理矢理でしたけど。あれなら防犯カメラで確認してください」


「大丈夫だよ。内容の時点で本社も理解していたから。そういうおかしいクレーム定期的にくるんだ」

「本社も大変ですね」


 接客業というものは様々な種類のお客が来る。どんな人間なのか最初は分からないから最初から出禁にも出来ないし。


「もし、次も来たら防犯カメラで出禁にするよ。最近のは進化していて、マスクしてもサングラスしても出禁の人見分けられるようになっているから、手続きすれば入店した段階でアラームが鳴るようになるよ」


「すご!」


 思わず防犯カメラを見つめる。カメラ君、君って実は高性能マシンだったんだね。万引き犯の証明をしてくれるだけでもすごいのに、俺の想像をはるかに超えていた。いつの間にか時代は進歩しているんだな。


「とりあえず、宮本君が困ることは何も無いから安心して。もし、また来たら僕に報告で。その時は通報しよう」

「分かりました」


 このコンビニって物理的に強い人は少なさそうだけど、こういうトラブル対応に慣れている気がする。直近で二人辞めちゃったから、平気な人だけが残っていくのか。蠱毒かな。


「それにしても、宮本君ってヤバい人の相手上手だよね~。ケンカも強かったりして」

「ケンカはあまりしたことないです。少し筋トレしたりしているだけです」

「へぇ。たしかに筋肉すごい。僕はペラペラだから~」


 松形さんが腕に力を入れるが、全く力こぶは出来なかった。女子でも少し出来るのに。見た目がりがりだもんな。


「おすすめの筋トレ教えましょうか?」

「いやいや、五分で挫折する自信あるから遠慮しておくよ。その代わり、通報スピードには自信あるから」

「通報スピードが速い店員って時点でヤバいですね」


 やっぱりこの界隈って治安悪いのか。そういえば、日勤のおばちゃん以外女性店員見かけないな。なんでだろう。宮本宅付近は高級住宅地っぽいのに。


「数年前まではこんなじゃなかったんだけどねぇ。開田が荒れてきたのもあるのかな。宮本君は学校で大丈夫?」

「大丈夫に決まってんでしょ、店長~。宮本君の強さなら開田制覇して頂点立てますって」

「そんなことないですよ」

「またまた~」


 二人によいしょされてバイトが終わった。


 随分信頼されてるな。悪い気はしないけど、俺のような奴がここには必要ってことだ。


 いよいよ、高校の治安が不安になってきた。でも、女子たちは平和そうなんだよな。男子だけ被害に遭ってるってことか。じゃあ、目的は純粋に金ってことだ。


 金かぁ。遊ぶ金が欲しいだけならまだ簡単だけど、それが裏社会に流れているなんてことになっていたら面倒。俺の範囲外だ。


「さてと、何しよっかな」


 帰宅して夕食を食べてもまだ寝るには早い。どうしようか考えていたところに、史郎のことを思い出した。


「そうだった。今日から退屈しなくて済むぞ」


 ゲームの専属家庭教師がいるようなものだ。これは楽しくなってきた。


「そういえば、史郎は部屋から出られるって言ってたよな。もしかして外で感じていた視線も史郎か? なら、ぬいぐるみから出られるってことだ。それならいろんなところに出かけられるから結構便利かも」


 さすがにあの大きさのぬいぐるみを連れて回るのは難しい時もある。誰かにバレたりしたらわりと恥ずかしい。いや、男でも好きなものは好きでいいと思うけど、俺にぬいぐるみの趣味は無いから。

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