勉強会
「お、新着ある!」
月曜日、俺は学校でミヨさんの動画を観ていた。ギガ無制限プランだから気にせずどこでも動画観られる。しかももう少ししたら給料日。
「その人知ってる」
「本当? 面白いよね」
「ね。ところで、来週からテストなのに余裕あるね」
「え?」
高野に言われて俺は固まった。
て、テスト……? 聞いてないぞ……?
「今回範囲広いから大変だよ」
あ、範囲ももう発表されている感じですか。俺が聞いてなかっただけだった。
「テストかぁ。そっか」
この学校のテストは難しいのか聞こうとしたけど、史郎的科白としておかしいから喉の奥に引っ込ませた。
「ミヨさん面白いよね。まだ二十歳いってないらしいよ」
「そうなんだ。意外」
テストの話題をしたかったのに、高野の興味はミヨさんに移ってしまった。お前こそ余裕あるな。
それにしてもミヨさん十代かよ。俺より年下だったりして。そしたら高校生? マジかよ、尊敬するわ。
「何観てるの?」
そこへ浅木が話に入ってきた。しかも、俺が座っている椅子に無理矢理座ろうとしてくる。一人用の椅子に二人で座れるかよ。
「狭い。他の椅子使え」
「はぁい」
横の椅子に座ってスマホを覗き込んでくる。
「ゲーム? 史郎君ってゲームやるの?」
「ああ、まあ、ちょっとだけ」
「そうなんだ! 私もする、今日から」
俺がしてるとするんだ。単純すぎる。
「別に無理すんな」
「史郎君が好きなことは私も好きだから」
「そう」
「そうなの」
全然意味が分からないけど、随分浅木に懐かれた。どこを見て俺を気に入ってるんだろう。だって、史郎の時の姿も知っているのに。いや、史郎に失礼か。
「帰り買って帰ろか」
「テスト前なのに余裕あるね」
なんかさっき言われた気がするけどいいや。浅木がきょとん顔でこちらを見てくる。
「そっか。テスト前だった」
お前もか。
「浅木さん成績良いから、わざわざ特別なことしなくていいんじゃないかな」
「え。子豚ちゃんよく知ってるね」
お前も子豚呼びだったのか。
「つうか、成績良いの?」
「そう! よかったら、教えよっか? 史郎君の家とかで」
「おう、来いよ。浩平も」
「え、いいの?」
高野も誘ったら、浅木がカエルを潰したような声で鳴いた。
「いいよ」
「じょあ、お邪魔しようかな」
「え?」
勉強会、決定。
それにしても意外だった、浅木が成績良いなんて。しかも、自分から言ったわけじゃないから本当に良いってことだろ。すげぇ。
「お母さんは元気?」
「ああ、うん」
「会うの久しぶりだなぁ」
あ、待て待て。俺ん家って言ったけど、よく考えるとマンションじゃなくて宮本家の方だな?
やべぇ、友だち連れていく許可得てないのにOKしちまった。いきなり行ったら絶対まずいことになる。とりあえず、行っていいのかどうか確認しないと。
ママさんに急いで連絡する。まだ午前中だから、下校まで五時間ある。頼む、どうか許可してください。
『いつでもウェルカムです。おやつ用意して待っています』
よかった! そしてまた可愛らしいスタンプ。可愛いもの好きなんだな。
ママさん専業主婦だって言っていたから、家にいることが多いだろうけど、それでも急なお願いを聞いてくれるのは良い人だ。
そういえば、高野はママさんと会ったことあるんだった。じゃあ、史郎の部屋も行ったことあるんだ。あ、ゲーム機マンションの方だ。絶対ゲームする流れになることだけは避けなければ。
「お母さん平気だって?」
「うん」
俺が提案したのにいろいろ気になりすぎて適当な相槌になってしまった。すまん。
気を紛らわせるため、授業中はゲームの攻略や筋トレメニューについて考えた。それから体育があったので、思い切り敵をぶちのめした。あーすっきり。ありがとう、相手チーム。
「きゃー! すごい宮本君!」
授業中で浅木が強く言えないからか、体育だけは女子からやたら声をかけられる。さすがにお触りしてこようとする女子には浅木が割って睨みをきかせていたけど。浅木がいると変に絡まれることがないから楽だな。自主的ボディーガードって感じ。
浅木の兄ちゃんってそんな影響力あるのか。一度見てみたい。
そして放課後、俺たち三人は宮本家に向かっていた。
「ねえ、史郎君家お母さんいるんだよね? 私の恰好変じゃないかなぁ」
「制服だから変も何もないよ」
「そっか、ありがと」
そう言って浅木がにやにや笑い出した。怖。
最寄駅で降りて、バイト先を通り過ぎて家に着く。浅木が間抜けな顔で固まった。
「え……ッ美術館?」
「俺ん家だよ」
「えッッ」
家と俺を交互に見る。まあ、だよな。デカすぎだよな。知ってた。
インターフォンを押す。鍵持ってないからね。渡すって言われたけど、丁重に断った。身分は息子でも、人様の家の鍵は持ちたくない。
インターフォンの応答無く、すぐに門が開いた。庭を歩き玄関に着くと、ママさんが出てきたところだった。さてはカメラで確認したな。
「いらっしゃい。どうぞ」
「おじゃまします」
「あら、浩平君お久しぶり。お嬢さんも初めまして」
「浅木果歩っていいます。おじゃまします」
おお、なんかかしこまって浅木が大人しい女子に見える。見た目はギャルだけど。あと、下の名前初めて知った。
「客間と自分の部屋、どっちがいい?」
「俺の部屋で」
「はい。あとでおやつ持っていくわね」
ちゃんと自分の息子っぽく対応してくれている。ママさん、役者だな。
というか、客間は無理だろう。あのめちゃくちゃ広くてなんかよく分からない絵画飾ってある部屋は無理だろう。気が散って勉強にならない。
「はぇ~」
俺の部屋がある二階までの道のりも長く、その間ずっと浅木がおかしな声を出していた。気持ちは分かる。
「こんな大豪邸って現実に存在するんだ」
「僕も最初来た時はドッキリかと思った」
「俺も広いと思う」
「本人が思うんじゃしょうがないね」
浅木がけらけら笑う。こんな家、一生慣れないと思う。
無事、俺の部屋にたどり着く。内心、間違えないか不安だった。自分の部屋を間違えるなんて記憶喪失だと思われる。
「入って」
「お、お、おじゃまします」
浅木が家に入る時より緊張した面持ちで入る。なんてことのない、いや広すぎてなんてことはあるけど、友だちの部屋なだけなのに。
「結構すっきりしたね」
「ああ、整頓したから」
学校の物はマンションに移しちゃったし。教科書は全部学校に持っていっていたからセーフだった。置き勉最高。
ローテーブルを囲んで三人で座る。友だちと家で勉強することがなかったから不思議な感じだ。
「何からする?」
浅木が教科書をテーブルに置いたところで、ドアがノックされた。ママさんがお盆を持って入ってくる。
「おやつと飲み物ここに置いておくから、休憩する時に食べてね」
「有難う御座います」
勉強机の方にお盆が置かれる。ママさんのテンション的にもっと友だちに絡むかと思ったら、あっさり引き下がっていった。気を遣っているのか。思春期の親の対応としては百点なんじゃないか。すごい。俺だったらここまで気を遣えない。
「数学やろう」
「いいね、やろやろ」
全教科分からないけど、数学が特に分からないので希望した。
「ここ、どうやるの」
もう何が分からないのか自分でも分からない。とりあえず一問目の式を書く部分を質問する。浅木が喜々として答えた。
「これはね、こことここを合わせて~、あとはこうして~」
数字にぐるぐる丸を付けられていくのを順番に移していく。式は出来たけど、何故こうなったのか全く理解できなかった。
「途中式は?」
「それ! 私もよく分かんない。なんか答えいつの間にか出てるパターン」
「嘘だろ」
浅木、頭は良いんだろうけど、教える才能全然無かった。説明が説明じゃなかった。高野と顔を合わせると、高野も困った顔をしていた。
「じゃあ日本史、日本史やろう」
日本史なら暗記ものだから教え方があれでも数学よりどうにかなる。
「僕は日本史平気だから英語やろうかな。分からなくなったら聞いてもいい?」
「オッケーオッケー」
浅木は俺以外に塩対応なのかと思っていたけど、高野は仲間と認識しているのか明るく返事をしていた。
なんか、友だちっぽい。もう友だちなのか。
おやつ休憩中、ゲームの話をしながらふと思った。
「うちの高校ってさ、結構荒れてない?」
それに、高野が頬をかいて苦笑いした。
「そうだね、校風にしてもちょっと自由すぎる時はあるかも」
「そう? 荒れてるかな? わかんない」
「浅木さんはほら……守られてるから」
言われた浅木は一呼吸置いて口を開けた。
「ああ、お兄ちゃん? まあ、そうなのかな?」
あまり自覚はしていないようで、首を傾げながら答えていた。
やはり、浅木の兄はこの開田高校で権力を持つ人間らしい。彼女自身に自覚は無いようだが。不良がビビっているし、そういう連中と付き合いのなさそうな高野ですら知っているし。
いや、もしかしたら関りはあるかも。例えば、カツアゲとか。
バイト先も変な奴らいたしなぁ。あれだって、もしかしたら開田の奴かもしれない。
「浩平は何かされたりしたことある?」
「ああ、ちょっとだけ。でも、最近はされないよ」
「ちょっとってことはあったんだな。いきなりじゃ詳しく言えないだろうから、言える時に教えて」
浅木がいる前では言いづらいかもしれない。もしかしたら、強い兄ちゃんが関係しているかも可能性もある。高野は小さく頷いた。
「ねえ、私には言えないの?」
「ごめん。女の子には」
「じゃあ、今だけ男子」
「そういうのは無し」
「分かった!」
聞き分けの良いギャルでよかった。高野にはあとでゆっくり聞こう。
勉強を再開させる。勉強会やろうって言ったの俺だけど、もう飽きたな。おやつ食べ会に変えてはくれないか。ちらちら浅木にアピールするが、目が合っても「きゃっ」とか悲鳴を上げるだけだった。なんだよ「きゃっ」て。
段々字を書くことができなくなり、教科書にミミズを這わせるだけの作業になってきた。
「あ、ねえ、ここゲームあるんだよね。私やってみたい。勉強はこれくらいにして」
「よし、おしまいにしよう」
と賛同したところでゲーム機が無いことに気が付いた。絶対ゲームをしないと決めていたのに、過去の俺が大激怒して殴りつけてくる。ごめんな、五歩で忘れるんだ俺。
「あ、でも、浩平が持ってないから」
「持ってるよ」
高野が効果音付きでリュックからゲーム機を取り出した。学校に遊び道具持ってくんな!
「史郎君の貸してくれる?」
「あーっと、どこ置いたかな」
苦し紛れにドアを開けて廊下を覗く。廊下を歩いていたママさんと目が合った。
「これかしら」
後ろ手に持っていたゲーム機が目の前に差し出される。
「えッなんでそれ」
「予備機よ」
「予備!?」
こそこそと廊下で驚きの声を上げる。なんだよ、ゲーム機の予備って。壊れたら修理とかじゃねぇの。金持ち怖い。
「予備のソフトもばっちり」
「うわぁ、助かります」
ママさんからそれら全部を借りて部屋に戻る。
「おまたせ」
「やったぁ」
とりあえず、今の俺でも出来るゲームを入れて浅木に渡した。ふう、これで俺が見本見せなくていいから、前の史郎との違いを高野に怪しまれることはないぞ。
高野がフレンド対戦しようって言い出して焦ったけど、何故か予備機もフレンドになっていたから平気だった。前にもこれで遊んだことがあるのかな。
「これ、どこ押すの?」
「Aボタン」
「攻撃は?」
「X」
基本操作の説明だけして、すぐ実践に入った。
当たり前だが、めちゃくちゃ弱い。でも、対戦してくれている高野が絶妙に手加減してくれたおかげで浅木は終始楽しんでいた。高野、小学校の先生とか向いてそう。
「あー楽しかった。ありがと、私も買う」
「おー」
ゲーム機を返してもらって勉強会が終了した。今日は勉強しすぎでそろそろ気絶しそう。俺の頭は勉強する用にできていないんだよ。
「ありがとうございました~」
「また来てね」
ママさんが手を振って見送る。俺も靴を履いた。
「駅まで送ってくる」
「気を付けてね」
いやぁ、最後まで良いお母さんしてくれた。本来の気質がそうなのだろう。
最寄駅まで歩いて改札で別れる。浅木が両手で手を振りながらホームに向かったところで、高野に話しかけた。
「で、さっきの話、どう?」
「ええと」
戸惑いながらも、高野が答えてくれた。
「僕はパシリにされたことしかないから、全然言う程じゃないよ。ちょっと殴られたことはあるけど」
「ちょっとねぇ……じゃあ、パシリ以外の人もいるってことだ」
「うん。まあ……僕は、三年生がお金を集めているってことくらいしか知らないけど」
金、か。学生の分際で随分悪いことに手を染めてるなぁ。
「誰が集めてるのかは知ってる?」
途端、高野の顔が引きつった。右に左に視線が動く。
「あの、あのね、噂だから話半分に聞いて」
「うん、分かった」
高野が俺に耳打ちをした。
「三年の浅木って人がリーダーらしい。だから、まあ、多分」
「……なるほどね」