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バイト

「いらっしゃいませー」


 二日後、俺はすでにバイトに励んでいた。


 何故かというと、面接の予約をしようとしたらその場で面接になり、履歴書も無いのにその場で採用されたからだ。何故だ。


「いやぁ、急にバイトが辞めたから助かったよ」

「ああ、そういうことですか」


 人出が足りなかったのか。なんでも、二人いた高校生が両方辞めたらしい。


「宮本君と同じ開田高校でね」


──同じ高校の奴だって?


 うちの高校ってこの辺も来るのか。失敗したかもしれない。でも、有難がっている店長に一日で辞めるなんて言うのは酷すぎる。しかも、ここは宮本家の近くだから、万が一不義理なことをして宮本家に迷惑がかかったら嫌だ。


 まあ、高校は三学年合わせて九百人くらいいるから、俺のこと知ってるやつはそうそう来ないだろう。気にしないでバイトライフを楽しもう。


 レジはまだ入れないから、棚に商品を並べる作業をしている。これに慣れたら廃棄チェックとか配送業者の人とのやりとりとか仕事を増やしていくらしい。ちなみにマスクは外した。前髪垂らして眼鏡はしているけど。マスクって息苦しいから「いらっしゃいませ」が言いづらくて。


「あ」


 そんな俺は少々まずいことに気が付いた。俺は史郎の元の姿に似ているから、ここでバイトしていたら史郎を知っている奴が来て厄介なことになったりして。


 いやいや、そんな偶然なかなか無い。気にしすぎだな。


「お疲れ様。休憩していいよ」

「はい」


 商品並べつつ店内をうろついていたら休憩の時間になった。いらっしゃいませ連呼しているだけで金がもらえるなんて有難いことだ。殴り合いしなくていいもんな。


 前世もそれなりに楽しかったけど、言われるがままだったから、一番したいことをしていたかと聞かれると違うと思う。


 俺って何がしたかったんだろう。今でもよく分からない。友だちとももっと遊んでおけばよかった。テレビに出ると余計な連絡がくるから、こっちから連絡しなくなったんだよ。失敗したかもしれない。


 そういえば、年賀状送ってきてくれる奴が一人いたっけ。俺もとりあえず返してはいたけど、電子の時代に律儀な男だった。


「だいぶ減ったな」


 エゴサはしない主義だったけど、最近ちょろちょろするようになった。テレビで俺のこと特集しているのを観たからなんとなく。


 死亡速報から数日のうちはまだ生きているニュースが浸透していなくて、トラックに突っ込まれた事故なのに、やれ自殺だのやれ陰謀論だの面白がって書き込まれていた。他人事ってこういうことなんだと実感した。


 それが一週間経ち二週間経ち、話題は違うものにどんどん変わっていった。世の流れは早い。忘れられていくというのはこういうことなんだ。


 死ぬというより無くなる感じ。まあ、もうどうしようもない。ある意味、自分が死んだ後のことをこの目で見ることができたのは良い経験だった。


 心無い言葉を吐く人間もいたけど、それを窘める人間も多かった。わりと世間から嫌われていなかったことを知れたのは嬉しかったな。まあ、テレビに出ることはほとんどなかったし。


 SNSチェックを止めて配信を観る。ゲームを始めたことで実況中継動画を観ることが日課になった。上手い人も下手な人も沢山いて学びがある。その中で、そこまでフォロワーはいないけど丁寧に実況しているミヨさんという実況中継者が俺には合っていて、その人を観ることが多い。高野に教えてもらったゲーム以外もいろいろ上げているから、暇があったら挑戦してみようかな。


 そうだよ、バイトしているってことはバイト代が入るんだ。月に数万、されど数万。


 家賃は社長が自分の判断ミスでこうなったからと俺に代わって払ってくれている。高校でかかる金は宮本家が。だから、俺は他の生活費を賄えればいい。


 高校生の遊び代なんて高が知れてるから、結構ゲームで遊べるかも。


「休憩終わりました」


 休憩室から出ていくと、レジにいる店長がこちらに目を泳がせた。


「何かあったんですか?」

「あ、いや、まだ。ただ、ちょっと賑やかな人たちがいてね」


 目配せをされてコンビニの駐車場を見遣る。金髪と赤髪が下品に笑って煙草を吹かしていた。


「あれって未成年ですか?」


 下品な顔しているからいまいち確証はないけど未成年に思える。


「多分。前、煙草買うって言われた時身分証明書見せなかったから。その時対応したバイト君は脅されて怖くなって辞めちゃったんだ」

「なるほど。俺が注意してきます」

「あ、でも、相手は二人だよ」

「大丈夫です。いざとなったら通報しますから」

「宮本君……」


 心配する店長にひらひら手を振ってコンビニの外に出る。二人がガラ悪くこちらを見た。


「なんだよ」

「何も言っていません。煙草は成人してからにしてください」

「言ってんじゃねーかよ」


 金髪が煙草の火をこちらに向けながらすごんでくる。俺はそれを左フックで飛ばした。急に無くなった煙草を金髪が探すのが滑稽だ。


「は? やんのかてめぇ。店員のくせに」

「店員とか関係なくないですかぁ?」

「うるせぇ!」


 金髪の大振りな拳をひょいと避ける。ああ、おせーおせー。


「つうか、ここはまずいんだよ。こっち来てくれる?」


 店長に丸見えだからね。俺が歩き出すと、金髪がふがふが言いながら付いてきた。素直でよろしい。赤髪はというと、付いてこないし敵意も無さそうなので放っておく。


 駐車場の端、店内からの死角に着くと、俺は金髪の一センチ横をパンチした。


「おわッいきなり卑怯だぞ」

「お客様から来たんだから卑怯でもなんでもないでーす」

「ふざけんな。泣いても知らねぇ!」


 金髪がまた右手を振り上げたところで、後ろから走ってきた赤髪に止められた。


「おい、行くぞッ」

「俺は今こいつと」

「いいから!」

「どうも~」


 赤髪に頭を叩かれ、金髪はズルズルと引っ張られていった。まだ何か言っているのを笑顔で見送る。よく分からないけど赤髪君ありがとう。おかげで迷惑ごとが解決した。


 またのお越しをとは言わないでおこう。あっちが改心したらいいけどね。


「店長、戻りました」

「宮本君! 怪我は無い!?」

「全然無いです」


 店長が俺の肩や腕を触ってくる。俺が力こぶを作ってみせれば、感心したため息を吐いた。


「いやぁ、助かったよ。本当にありがとう。それにしても、すごい筋肉だねぇ」

「ちょっと筋トレしているので」

「ちょっとどころの筋肉じゃないよ、これは」


 手放しに褒められると悪い気はしない。しかも、筋肉を褒めてもらえるのは余計だ。どんどんいつでも褒めてください。


「初日から大変な目に遭わせてすまなかったね。おわびと言っちゃなんだけど、僕のおごりだから帰りに好きなご飯何でも持って帰って。お菓子やジュースもいいよ」

「いいんですか。有難う御座います」


 俺はただ追っ払っただけなのに得をした。大き目の弁当を手にすると、それだけでいいのかとお茶とジュースも渡してくれた。店長良い人。


 それから二時間近く働き、無事何事も無く初日を終えた。いや、店長側からすればあったか。


「お疲れ様でした」

「お疲れ様。またよろしくね」


 店長に見送られ、ほくほく顔でコンビニの袋を揺らす。いやぁ、得した。ジュース飲みながら家で配信観よう。


「ん?」


 また視線を感じたと思ったら、今日は珍しく人がいた。赤髪だった。


「なんだあいつ」


 俺が視線を向けると大慌てで走っていく。ほんとなんだあいつ。いいや、敵意は無いし。気持ち悪いけど。


「ミヨさん、新しいの配信してないかな~」

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