1 道のり
「あ?何言ってんだ、くだらねぇこと言ってねえで働けっ!って!?」
工事隊長がそんな話をしている頃には俺たちは工事現場なんて抜け出して既に街の中央にいた。
工事隊長が怒るのなんて知っていたのだ。
現在現場は人手が足りなくて大忙しの中、二人もやめるとなると、あっちからするとたまったものではないだろう。
でも俺たちは自分たちのやりたいことを優先した。
『これからどうする?一人でお互い頑張るか、それとも二人で頑張るか。』
「うーん...」
そうして歩きながら散々悩んだ末、二人の意見が一致し、一人でお互い頑張ることになった。
『じゃあ!ここら辺で!』
「ああ!」
今この瞬間、俺たちの新しい道は開いた。
まず最初は準備から始めよう。
魔法は苦手だから剣士でやっていくとして、となると剣は必要か。そして回復薬も必要だし、装備も一通り必要。そしてあとは ...駄目だ、必要なものが多すぎる。
とりあえず適当に街を歩いて必要なものを揃えよう。
それから街を歩き続け、とある一つの店を見つけた。
外見や窓から見るに、どうやら剣を売っている店の様だ。
「いらっしゃい。」
扉を開けた瞬間、どこか古臭さを感じた。木の粉が宙を舞い、柱の一部一部は朽ちている。
だが老舗だからかその分、品揃えが豊富だ。
どうやら店が古いだけで、ちゃんと新品の剣は入荷している様だ。
『何か、安くて良い剣はないですか?』
店主は無言で倉庫に入り、良い剣を探し始めた。
その間俺は店の店頭に並んでいる剣を見る。
この剣、500000ポースもするのか。
500000ポースともなると、俺の給料だと十年働いてやっとギリギリ買えるくらいの値だ。
こっちは100000、こっちは300000...か。
どれも俺にはとても払えそうにない金額のものばかり並んでいた。
そうして剣に見惚れていた俺は、店主の声に気づいていなかった。
「...おい、おい!」
『ああ、すみません。』
店主は机の上に置かれた一つの剣を指差した。
その剣はピカピカで、切れ味も良さそうで、どう見ても安値で売っている品物とは思えなかった。
『これ、高いんじゃ...』
そう言った瞬間、店主は俺にその剣の持ち手部分を持たせた。
(...?...)
何が起きているか分からなかった。
最初は切れ味を試してみろということかと思ったが違った。店主は俺に剣を渡してから、店の裏に戻って行ってしまったのだ。
何をして良いのか分からず、困惑の表情を浮かべている突っ立っている俺に、一つの考えが浮かんだ。
(もしかして、無料でくれるのか?)
それから何分待っても店主がまた戻ってくる事はなかった。そうして少し心残りがあるまま、俺は店を出た。
正直、今の所持金が30000ポースの俺からすると、無料で剣を貰えるのは随分幸運なことだった。
次は...装備だ。
生まれた頃からこの街に住んでいるため、装備屋の場所はとっくの前から把握していた。
...ガチャ。
「いらっしゃい。」
『あの、10000ポースくらいで買える、良い装備とかってあります?』
店主はとてつもない覇気を纏って俺を睨んだ。
その怒った表情からは、いうまでもなく「帰れ」という意思が伝わってきた。
小心者の俺は、反論なんて出来るわけもなく、振り返ってそっとドアノブに触れ、頭を下げながら店を出た。
服さえあれば最低限の装備にはなるし、冒険者用の装備を買う事は諦めることにした。
店の向かいに、道具屋が見えた。
そうして俺はその店に入った。
...ガチャ...
ドアノブの音は人の騒音に飲み込まれた。店の中は大繁盛だったのだ。
さすが道具屋、熟練の冒険者からまだ未熟な冒険者まで、幅広い層の人が集まっている。
そんな中、人の波に飲まれながらも店の中を探し回っていると、とある一つの商品が目に留まった。
『完全回復薬』だ。
品物の説明欄にはこう書かれていた。
「これを飲むだけで全ての傷が癒え、さらには毒もなくなる」と。
随分万能な薬だが、在庫は一つも売れていない様子だった。多分その理由は値段にある。
この回復薬の値段は30000ポース。普通の回復薬は200で、少し質の高いやつでもせいぜい1000くらいだからだ。
つまり普通の人からすると回復薬にこんな大金を払うのは少々馬鹿げているのだ。
だけど俺はこの商品を手に取った。特に大した理由はないが、ただこの回復薬に何かを感じたのだ。
そうして俺は全財産をその馬鹿げた薬に使い、第一の準備を終えた。
だけどまだ一番大切な準備が終わっていなかった。
ダンジョン攻略士は危ない職業なので、なるためには資格は必要なくても、実績は必要なのだ。
その実績というのは「過去に一個以上のダンジョンを攻略した事がある」というものだ。
この実績は一見難しいものなのか?となるが、結論から言うと素人がするには不可能に近い。
まず、ダンジョン攻略の定義は、誰も入ったことのないダンジョンの最下層までたどり着くことである。
誰も入ったことのない、というのがポイントだ。
入ったことがないからこそ、その難易度も、敵も、何があるかも、全てが不明なのだ。
これがリスクを負った副業と言われていた原因の一つでもあるのだ。
だけどこの前提条件をクリアしなければ、俺はダンジョン攻略士になれない。何としてでもクリアしなければ...!
そうすると俺はたまたま目の前にあったダンジョン情報屋に入った。
「いらっしゃいませ、どの様なダンジョンをお探しですか?」
『えーと、まず誰も人が攻略していないダンジョンがいいです。』
今思えば、そんな都合のいいダンジョンなんてあるのだろうか。見つかっているダンジョンなんて誰かしらが入っているものばかりなのではないだろうか。もしかしたらダンジョンを探すところから...なんていう不安が襲ってきた。
「つまり...ダンジョン攻略士の前提条件を満たしたいということですね?」
俺は頷く。
「なら最近、いいダンジョンが発見されたんですよ。」
その言葉を聞いて、不安でガチガチだった筋肉の力が抜け、一気に体が楽になった。
「比較的安全な草原で発見されたダンジョンなんてどうでしょう?」
草原...か。
ダンジョンの難易度というものは大抵、その入り口の過酷さに比例して難しくなっていく。
火山なんかで見たかったダンジョンなんかは、随分熟練のダンジョン攻略士でも攻略は困難を極める。
つまり、草原で見つかったダンジョンは非常に簡単で、俺みたいな前提条件を満たすだけの目的の奴にはとっておきのダンジョンなのだ。
『それがいいです!』
返事をすると、地図を手渡された。
「場所はここから北に300mも進めばあります。」
『分かりました!』
威勢の良い返事を返してすぐに俺は外を出た。
俺は方角を確認し、街を出た。
工事現場でずっと働いていたものだからか、外の風景は随分懐かしかった。
それに空気も新鮮だった。走ると前から向かってくる向かい風、そして生き生きとした緑。自然を感じる。
そして、自然を味わっていると、どんどんダンジョンの様子が見えてきた。
新しく発見されたダンジョンなので、石で出来た入り口の門が完全に閉まっている。これは誰も足を踏み入れたことがないことを示している。
俺は恐る恐る扉に触れる。
ゴゴゴゴゴゴゴ...
晴れた瞬間に青い光と共に扉が自動的に開く。
多分これは魔法の力なのだろう。
そうして開いた扉の先には暗闇が広がっていた...