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入学式というヤツ  後編

秒針が一つ進むたび、空気がわずかに軋む。




この部屋に満ちているのは、沈黙ではなかった。





それは、沈黙に酷似した何か――



声を許さぬほど張りつめた、重圧という名の緊張だった。





校舎はまだ人の気配もなく、廊下も教室も、深い眠りの中に沈んでいた。


そんな静けさの中にあって、ここだけが時の流れから切り離されたように思えた。





「まぁ、これは他言無用だ。どうせ次のO()()S()()の会談で、問題が議題に上るだろう」





陽翔(はると)の低い声が、ようやく沈黙にひと筋の亀裂を入れる。



普段は明るく、空気を和らげる役回りを買って出る彼が、今は腕を組み、資料を睨むように読み込んでいた。



その瞳は、まるで何かを射抜くように鋭い。






(りん)は、その変化に誰よりも早く気づいていた。




どれだけ親しい間柄でも、触れてはならない境界線がある。




今の陽翔は、まさにその向こう側に立っている――そんな予感が、胸を冷たく締めつけた。








白鷺(しらさぎ)は何も言わず、机の端で組んだ手を見つめている。


目線の先は静かだが、彼女の思考は確かに陽翔に向けられていた。


本来なら軽口を飛ばして笑う場面だ。それができないことが、何よりも異常を物語っていた。







雪乃(ゆきの)は無言のまま陽翔を見ていた。


視線は柔らかいが、心の内は探るように鋭い。


彼の沈黙にある意味を、言葉より先に読み取ろうとしていた。








誰もいない校舎の静寂が、外の世界との断絶を強調する。


この部屋だけが、現実から一歩踏み出した、異なる領域に存在しているかのようだった。







そして、秒針はまた一つ、重く時を刻む。


それはまるで、何かが始まることを告げる鐘の音のように。








かつてこの世界には「()()」と呼ばれる特異な力が存在していた。




これは生まれ持った天賦の才能により発現し、誰もが持つものではなかった。



異能は神秘と恐怖の対象であり、時に英雄や怪物を生み出した。




 

その力は単なる“異質な能力”から、





より洗練された技術体系としての「()()」と呼ばれるようになった。



「武芸」は「異能」の別称であり、呼び方が変わっただけで本質は同じである。





またOrder of Seven(O.S.)とは、世界各国が選び抜いた鍛錬と天賦の才能を極限まで高めた()()()()()()(異能者)たちの総称






彼らは単なる強者ではなく、戦局を一人で覆す力を持つ。


年に一度の定例会議や世界的非常事態の際にのみ集結する。


それぞれ同盟国など、各々のプライベートでは国境を超えた友情もある。






O.S.の頂点「()()()()()()()」は、まさに「異能」と呼ばれた時代から続く、

究極の力を体現した存在である。





また、この学園も___






国立氷羽(ひばね)学園――それは、「武芸」と呼ばれる力を持つ者たちを育てる、国家指定の特別教育機関である。





この学園には六つの専門学科が存在し、生徒はその資質と進路に応じて配属される。




実戦を担う「武芸科」


支援と技術の「支援技術科」


治安と警備の「防衛警戒科」


そして異能を持たぬ者たちが通う「通常教養科」


さらに、国家を動かす者を育てる「戦略政務科」


国際的な交渉と外交を担う「国際関係科」





――いずれも、この世界を支える柱となる人材を育てる場だ。





表向きには学園生活を謳歌する生徒たち。




だがその裏では、それぞれが背負う未来と使命に向けて、静かに研鑽を重ねている。

ここは、選ばれし者たちの育つ場所。




生徒会室は、いまだ机の上に散らばる書類と静かな緊張感に包まれていた





その空気を切り裂くように、静かに開いたドアからロングヘアを揺らしながら入ってきたのは、

生徒会顧問・橋本悠奈(はしもとゆうな)だった。





「――あなたたち、そろそろ時間よ。体育館に行くわよ」



彼女の声は、いつもの気だるげなトーンだが、どこか芯の強さが滲んでいた。




「ゆうちゃん、今日かっこいいじゃん!」




さっきの雰囲気とは打って変わって、どこか気の抜けた声で入ってきた顧問に声をかけた陽翔




「入学式だからな。スーツを着ないと怒られそうだ。」




橋本は軽くため息をつきながらも、そう答えた。



「じゃ、行きますか」




鷲宮陽翔が肩に鞄をかけながらそう言うと、扉の前に集まっていた生徒会メンバーが一斉に頷いた。






廊下に出た一同は、橋本を先頭に、体育館へと向かって歩き始めた。



橋本は黒のパンツスーツを軽やかに揺らしながら、ヒールの音をコツコツと響かせる。その背中には、独特の“余裕”と“風格”が漂っていた。




「……なんか、式っていうより、出陣って感じだな」



五人が並んで歩くだけで、廊下の空気が変わる。



春の光さえも、その歩みによって揺らぎ、まるで彼らを中心に世界がゆっくりと回っているように錯覚するほどだった。




誰一人として隙がない




この学園の生徒会、その背には誇りがある。責任がある。そして、選ばれた者としての孤独と矜持がある。




普段から誰も近づかない


――誰もその隣を歩こうとしないのではない。


歩けないのだ。



その歩調に並ぶには、あまりにも世界が違いすぎる。とこの学園に通う生徒、教論、皆が思っている。






体育館の裏手にたどり着くと、すでに開式直前の静けさが辺りを包んでいた。



厚く開かれた扉の向こう、会場内では新入生とその保護者たちがほぼ着席を終えており、式が始まるのを今か今かと待っている。




舞台袖のあたりには、式典を取り仕切る教員たちと、先に会場入りしていた生徒会執行部の一部が控えていた。



その一人が近づき、緊張を含んだ声で報告する。




「会長、準備はすべて整いました。進行の流れについては、大丈夫でしょうか?」





陽翔は一瞬だけ小さく頷き、資料の束を確認してから静かに口を開く。





「ああ。ここから先は俺が引き継ぐ。ありがとう、助かった」




その声音は柔らかいが、言葉のひとつひとつに芯があり、空気を引き締める力があった。



執行部の生徒はその言葉に安心したように一礼し、静かに下がる。



この場に立つのは、氷羽学園の生徒会長――鷲宮陽翔。





壇上へと続く階段の先を見つめながら、彼は深く息を吸い込む。



体育館の内側からは、ざわめきと期待、そして少しの不安が混じった新入生たちの気配が伝わってくる。



重なる視線。




未来への期待。

そして、彼らの前に立つ責任。




陽翔は、そのすべてを正面から受け止めるように、制服の前をそっと正した。






伝統なる氷羽学園の入学式が始まった。




司会は副会長の雪乃が務めている。




「続いて、学園長お願いします。」




その一言で、場の空気がわずかに引き締まる




ゆっくりと歩み出たのは、白銀の髪に漆黒の羽織をまとう。異能を持つ者たちの在り方に一石を投じてきた名士であり、今もなお学園の精神的支柱として君臨する人物。


この学園の責任者である。




演壇に立ち、ゆっくりとマイクを取る。


その動作だけで、ざわめきは水を打ったように静まり返る。




「――新入生諸君、ご入学、誠におめでとう。

君たちは今日から、ただの学生ではない。

 己の力を磨き、己の存在に誇りを持ち、この世界を導く存在となることを――求められている」







ただの祝辞ではない。



“氷羽に入る者は、自らの力と向き合う覚悟を持て”――



その信念が、言葉の裏に濃く滲んでいた。




学園長は一言一句を噛みしめるように語った。





「――では、ここで新入生代表、主席合格の鷲宮碧月さんに登壇いただきます」




司会の雪乃がそう告げると、新入生たちの列から一人、静かに歩み出る影があった。


光沢のある黒髪をなびかせ、凛とした佇まい。制服の襟には、主席合格者に与えられる銀の羽根章が瞬いている。



鷲宮碧月(わしみやみつき)





その名がアナウンスされるだけで、体育館内の空気が微かに動いた。




なぜなら彼女は――、生徒会長・副会長の実の妹でもあるからだ。




碧月は壇上に上がると、マイクの前に立ち、会場全体を見渡した。




少し手が震えていたが、その目に怯えはない。ただ、ひたすらに澄んでいる。




やがて、口を開いた。





「本日はこのような栄えある場に立たせていただき、ありがとうございます。

 新入生代表として、一言、ご挨拶を申し上げます」




彼女の声は清らかで、だが芯があり、耳を澄ませたくなる静けさを帯びていた。






「私たちは、本日をもって――氷羽学園の一員となります。

 この学び舎は、異能を持つ者たちが己と向き合い、力の在り方を問う場所。

 ただの学園ではありません。試練の場であり、希望の場でもあります」




言葉を重ねるほどに、その瞳に熱が宿っていく。





「私は兄や姉、母や父の背中を見て育ちました。


 どれほどの覚悟で、その座に立ち続けているのかも知っています。


 けれど私は家族とは違う道を歩きたい。


 “鷲宮のようになる”ことが目標ではなく、


 “自分がどう在るか”をこの学園で見つけたいのです」




一瞬、会場の空気がぴんと張る。


それは宣戦布告ではなく、真の決意の表明だった。




「ここに集ったすべての仲間たちと共に――


 恐れず、ひるまず、自らを高め、


 力と誇りの意味を、この学園で学んでいくことを誓います」




彼女は深く一礼した。



その姿に、幾人かの教員が静かに目を細め、




やがて碧月はゆっくりと壇を降り、




すれ違いざま、兄・陽翔と一瞬だけ視線を交わす。




何も言葉は交わさない。




だがその一瞥に、静かな火花と敬意があった。




「――では、ここからは本学園の生徒会長、鷲宮陽翔さんお願いします」




背筋は伸び、制服の襟元には氷羽学園の校章がまばゆく輝いている。



その歩みは静かでいて、確かだった。迷いのない足取りが、体育館全体に不思議な安心感を与える。




舞台の中央へと進んだ陽翔が、マイクの前に立つ。




彼は一度、ゆっくりと新入生たちを見渡した。



その目には威圧も押し付けもなく、ただ真っ直ぐな光だけがあった。




そして、静かに口を開く。



 

「――皆様、ご入学おめでとうございます。 


 氷羽学園生徒会長、鷲宮陽翔です。


 そして、Order of Seven(O・S)第一席――<絶対者(アブソリュート)>でもあります」




その瞬間、場内がざわめいた。誰もが知っていることだった。




O・S――氷羽学園が誇る最上位の異能行使組織。その第一席が、自らを名乗った。



威圧ではない。ただ、圧倒的な“()()”として、彼はそこにいた。




陽翔は新入生たちを見渡しながら、静かに語り始める。




「――これより、氷羽学園生としての誓いを宣言する」




体育館全体が、息を呑むように静まった。


この瞬間から、彼の言葉は単なる祝辞ではなく、()()となる。




「我ら、氷羽に集いし者は、


 異能という力を持って生まれた意味を知り、


 それに抗うことなく、支配されることなく、


 ただ、それを“自分自身”として受け入れることを――誓う」




一言ひとことが、深く胸に響いていく。


陽翔の声は静かだが、その奥にある炎は隠せない。




「力とは、誇示するためにあるものではない。


 制するためにある。救うためにある。


 君たちがこれから学ぶのは、知識ではなく“選択”だ。


 力をどう使うか――それこそが、この学園で試される唯一の価値だ」




目の前の陽翔はまだ高校生のはずなのに、


その言葉には、歴戦の将のような覚悟があった。




「誓え。自らの異能を、他人を踏みにじる刃にしないと。


 誓え。仲間を信じ、争いではなく共存を選べる強さを持つと。


 誓え。氷羽の名を背負う者として、誇りを持って歩むことを」




照明の下、その姿はまるで――聖堂に立つ騎士のようだった。




「これが、氷羽学園における“はじまり”だ。


 その一歩を、共に歩もう。


 今日から君たちは、“選ばれた者”ではない。


 “選び続ける者”になる」





最後に一礼をすると、陽翔は一歩後ろへ下がった。



陽翔が壇を降りたあと、体育館にはしばらく沈黙が漂っていた。


それは言葉を失った沈黙ではない。


決意という名の熱が、誰の胸にも灯ったあとの余韻だった。


司会の雪乃が、わずかに口元を引き締めてマイクを取る。


「……ありがとうございました。

 以上をもちまして、 氷羽学園入学式を終了いたします」






拍手が起こる。整然と、しかし確かに。




それは礼儀ではなく、今この場で“選ばれた”ことへの静かな誇りの表明だった。



会場の後方では生徒会メンバーたちが集まって、式の終了を見届けていた。


白鷺琴葉が小さく息を吐く。


「……やっぱり、会長が前に立つと場の空気が変わるわね。異能じゃなくて、あれは……言葉の力」


「言葉を武器にするのも異能の一種、って言ったの、誰だったっけ」


肩を竦めながら、凛がぼそりと呟く。


「まぁ、真似しようったって無理だけど。

 あれは、()()()の背負ってる重みだもの」


その言葉に、琴葉もわずかに頷いた。



横では、生徒会顧問・橋本悠奈があくび混じりに腕を組んでいる。


「まぁ、あれは生徒会長というよりも、鷲宮としての.....。昔の陽翔くんは、もっと可愛い顔してたのに。」


そう言って、過去を知る者の視線で壇上の彼を見つめる。



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