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入学式というヤツ  中編

入学式の準備はすでに完璧だったが、陽翔(はると)は念のため、提出書類に一通り目を通していた。



書類の整ったフォルダを手に取りながら、彼はふと違和感を覚えた。




「登校時間は過ぎてるはずだけど、三人ほどいないのは気のせいか?」




自由登校日とはいえ、生徒会の面々は全員“サービス出勤”という暗黙の了解で顔を出す予定だった。



生徒会のメンバーは七人。今ここにいるのは、陽翔を含めて三人だけ。



雪乃(ゆきの)は“別件”があると聞いていた。そうなると、不在なのはあと三人。




「庶務の二人は、見事にインフルエンザにかかってるわよ」




(りん)が手元の資料から顔を上げることなく、淡々と答えた。




そういえば、あの二人、先日「遊園地行く」ってはしゃいでたな。

あれか。確実に、アレだな……。





「まぁ、あのバカ2人は…いいか。()()()は? あいつ、遅刻するようなタイプじゃないし。まさか風邪か?」




口に出した瞬間、自分でも違和感を覚える。まりなに限って、無断の遅刻は考えにくい。





「……あのね、忘れたの? まりな、留学中よ。夏休み明けまで戻ってこないわ」




凛の口調は呆れ混じりだった。


陽翔は、一拍置いてから顔をしかめる。




「……ああ! そうだった! 完全に忘れてた!」




言われてようやく記憶が繋がった。


まりなはこの春から姉妹校に短期留学している。



凛の呆れ顔が刺さる。……いろいろ抜けすぎだ、自分。




「まぁ、入学式で喋るのは俺と雪乃ぐらいだし、あの三人いなくてもなんとかなるか」




主役はあくまで新入生。生徒会の役割は挨拶と進行役程度。準備の大半は執行部に任されている。




――問題は、明日だな。

けど、明日のことは明日考えよう。





スマホで時間を確認する。



入学式まで、まだ2時間。――暇を持て余すには十分な時間だった。




「まぁ〜、慌ただしいよりマシですよね〜」





白鷺(しらさぎ)がパイプ椅子に頬杖をつきながら、お菓子をポリポリとつまんでいる。



その姿はまるで、嵐の前の無風地帯で昼寝を決め込む猫のようだった。





「呑気なやつだな……」




陽翔は呆れ混じりに言いながらも、どこかその余裕っぷりを羨ましく感じる。


自分にはないリズムと緩さを、彼女は持っている。




やることもないので、三人はそれぞれ定位置に腰を下ろす。


生徒会室は教室の半分ほどの広さがあり、快適すぎるほどの設備が整っている。




凛は資料に視線を落としながら、ふと陽翔に顔を向けた。




「ところで、陽翔。……あんたまた痩せた?」




陽翔は思わず苦笑した。


つい先日も雪乃にも同じことを言われたのを思い出す。




「あー、やっぱそうか。ちゃんと食ってるはずなんだけどなぁ……」



腹まわりを軽く触れながら、最近の生活を思い返す。




「そういえば、最近要請多い気がする……。でも兄さんたちと同じくらいの出動率だぞ?」




「……あのね、あんたわかってる? 朔真(さくま)さんや綾音(あやね)さんは、あんたと違って“何でもかんでも”要請受けないわよ?」




凛の声には、静かな怒気が混じっていた。


それは心配から来る苛立ちであり――何より、陽翔の無理に気づいているからこそ。




凛の視線は強く、真っ直ぐだった。



彼女は昔から、こういうときだけやたらと鋭い。




「そもそも、今のこの国の政府は鷲宮を雑に扱いすぎなんだよ。本来、鷲宮は()()()()で重宝すべき存在なんだよ……。これだからあのジジィどもは……」




独り言のようにつぶやく凛。



その口調は荒いが、決して間違ってはいない。


ただ、背後に誰かいたら即アウトなやつだ。俺は何も聞いてない。




――まぁ、言ってることには概ね同意だけどさ。




その時、ノックの音がした。




「失礼します、遅れました。鷲宮雪乃です……なんですか、この地獄のような雰囲気は」




雪乃が入ってきた瞬間、部屋の空気が少しだけ引き締まる。




「いや、まぁ……アレだアレ。“暇を持て余した神々の遊び”ってやつよ……あはは、はは……」




陽翔が肩をすくめて笑う。……自分でも寒いと思うが、どうにもならなかった。




白鷺は相変わらず夢の中。寝言まで言っている。



凛は凛で政府批判の独り言モード。





そして雪乃は、冷ややかな目で陽翔を見つめてくる。




……俺は、そうだな。帰りたい。




「なんでもいいですけど、とりあえず紅茶でも淹れます。皆さん飲みますか?」




空気を変えるように、雪乃が動いた。その一言で、ようやく場が和らぐ。


陽翔は心の中でそっと礼を告げた。




「せっかくだし、先生からもらったケーキでも出すか」



そう思って立ち上がった瞬間。




「あ、私ミルクティーでお願いしたいです〜」




白鷺が半目を開けて、緩い笑みを浮かべる。寝てたくせに、そういうとこだけ敏感だ。




「ところで、今年の生徒会担当教員、変わらないそうですよ」




紅茶を準備しながら、雪乃が言った。





「お、やっぱそうだよな〜。ここの担当務められるの、()()()()()しかいないよな〜」





あの人の顔はまだ見ていないが、どうせ準備でバタバタしているか、もしくは堂々と遅刻しているのだろう。





そんなことを考えながら、陽翔はケーキを一口。





「さて、時間もまだありますし……この資料に、興味ありませんか?」




雪乃が悪魔のような微笑みを浮かべ、一通の封筒を取り出した。





()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()




「はは、なるほどな。……“別件”って、そういうことか」





陽翔は笑って答え、封筒を開き、資料をテーブルに広げた。





その時、部屋の空気が音もなく変わった。



空気が動いた。物語が、静かに――確かに、動き始めた。

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