9・シティコミューンでの買い物
温かいミルクに、たっぷりの砂糖とはちみつを投入。
隠し味に粉末タイプのショウガを入れて、口に含むとジンワリと体にしみいるような甘さと温かさが体になじんで、緊張をほぐしてくれる。
しかし、作ってみると思うのだが結構な量の甘いものを入れてもあんまり甘く感じない気がする。
手加減して入れるとどうにもおいしく感じないのは、日々の生活習慣で甘みの取りすぎなのか、どうなのか。
ともあれ今日のホットミルクがおいしく出来たのは実にいいことだ。
ではミルクの様にまっさらな気持ちで切り替えていこう。
オンライン要素は他にも沢山あるらしいが、今回はここまでにしておく。
私は次のコミューン目指して、ポータルという転移装置に行くと、見知った顔がこちらに歩み寄って来た。
「あ! 君も限定解除無事終わったんだね! 私も次のコミューンに行くところなんだ!」
へ―そうなんだ。リコちゃんやるね!
リコちゃんは私が死んだ後にでも、攻略したに違いない。
そしてリコちゃんは私に向かって手を差し出した。
「私、君がすごいってわかってたよ。君の作るAペット、雰囲気あるもの。Aペットはクリエイターを映す鏡だもんね」
私は、彼女の手を握り返して頷いた。
リコちゃん……うん、頑張って作ったよ2体目ガチムチだけど、あの筋肉は芸術だと思う。
「じゃあ私、先に行くね! また会おうよ!」
あいあーい! また会いましょう!
私は手を振りつつ、今度こそ次のコミューンに向かって歩みを進めた。
次のコミューンはシティコミューン。
「……おお、大都会というか、未来都市?」
高層ビルの立ち並ぶ摩天楼である。
私がシティコミューンに足を踏み入れるとピンポーンと音がして、いきなり現れた立体映像に行く手を阻まれた。
長い金髪のお姉さんは私の顔をみて、丁寧に頭を下げた。
「限定解除したクリエイターの方ですね? 私の名前はシトリン。シティコミューンの管理者です。シティコミューンへようこそ。私はあなたを歓迎します。このコミューンに入ったことであなたには工房の使用許可が出ています。
更にオンラインショップが解放されました。オフラインショップの他に、オンラインショップでも買い物が可能になります。是非ご活用くださいね」
オンラインショップとな?
私は無意識に警戒した。
それはなんというか、リアルマネーが必要そうなら困るからしっかり調べて慎重に使ってみるとしよう。
お金は……大事だよ。
「では、また会える時を楽しみにしていますね」
必要そうなことだけ伝えて、金髪の彼女はぺこりと頭を下げて消えてしまった。
私はいったんゲームを終了。
オンラインショップがどういうものか調べてみた。
なになに?
「シティコミューンから解放されるオンラインショップは、実在する企業様のご協力により、実際に衣服の購入が可能です。メーカーショップ内で購入できる製品はAペットに試着出来ます。
データのみ購入することも可能ですが、お気に入りのコーディネートを実際に購入して発注することが出来ます」
なんと、ホントに服買えちゃう? ああ! Aペットをマネキン代わりに使うわけね!
すごいなと思った私は気が付いてしまった。
ああ! 自分の顔を再現出来るのってそう言うことか!
マネキン用のAペットを作っておけば、なんとなく試着した雰囲気で選べると。
必要なサイズを保存しておくと購入の際によりフィットした買い物ができるんだとか。
これは……私はあんまりやりたくないけど、便利に使う人もいそうだった。
「じゃあさっそく……コーディネートしちゃうか? 新しい子も入ったことだし」
せっかく作ったのにいつまでもディフォルトというのも芸がない。
私はいっちょショップ巡りをしてみることにした。
まず手始めにオフラインのショップには新しい武器が一揃え置いてある。
そして服もあるにはあるのだが、そのデザインのバリエーションがあまりない理由がわかった気がした。
「つまりはオンラインショップを利用してみてと言うことか」
私はつづいてオンラインショップにどんな店があるのかと覗いて見ることにする。
個人から、大手の服飾店まで様々な店があるようで、これはバリエーション豊かそうだ。
「これ全部……防具なんだろうか? 性能とか違ったりするんだろうか?」
もしそうだとしたら、きっと、すべて把握は仕切れないと思うそれくらい膨大だった。
頭、胴体、下半身、腕、足、そしてアクセサリー枠に10個ほど装飾品は着けられるようになっている。
その効果は特殊なものではなく、テクスチャーに使われているカラーバランスによって色属性の補助効果があると。
つまり、赤系統で頭の上から足の先まで統一すれば、赤属性の攻撃や防御に補正が付く。
パラメーターの他にファッションでもキャラに特色が出せるようだ。
「うーん。赤60パーセント白40パーセントの装備があったら、それは赤属性の判定に……これは悪いことが出来そうだなぁ」
まぁオンラインで対戦をすれば……色々出来そうだ。
今の私にはまだまだ遠い話だった。
でもせっかくお洒落出来るなら、してみよう。
私はとりあえずシナリオは放っておいて、オンラインショップを回ってみることにした。
クレソンもスピニッチも着ている服はデフォルトで、色を弄った程度のものだ。
とりあえずクレソンは気合を入れたいから、楽しみはもう少しお金が溜まってからにすることにして、先にスピニッチをどうにかしてしまうとしよう。
チョイスしたのは出来る限りお安く売ってくれる、個人商店。
服は買えないが、ほんの少しネタに走っているあたりが気にいった。
パツパツのデニムにタンクトップに皮のジャケット。
そしてアクセサリーで鎖とサングラスが似合いすぎて辛い。
武器はハルバートを装備しよう。
このスピニッチならば、例え荒廃した大地に召喚されても立派に馴染んでいけそうだった。
「うーん……いかついいかつい。めちゃくちゃ強そう」
自分でやっておいてなんだが、いい仕事をしてしまった。
持ち金でぎりぎり揃えられたそれらはスクリーンショットで保存しておく。
私は大変満足してオンラインショップを出た。
うん。楽しかった。
こんなにじっくり服を見たことなんて人生で初かもしれない。
試着とかめんどくさくていつも適当に選んじゃうものな。
せっかくだからAペットに余裕が出来たら、私に雰囲気を似せたマネキンを作ってコーディネートを楽しんでから買ってみてもいいかもしれないとさえ思えた。
シティコミューンは、まぁオンラインショップがリアルに連動していることからもわかると思うが、現代の町をテーマにしたコミューンである。
ネットで調べた感じだと、もっとも現実からの出店数が多いのもこのエリアで、初心者でも気軽に遊べる場所でもあるらしい。
では少しばかり見た目も整えたことだし町を散策して見るとしよう。
このコミューンにも自分の腕を試したいクリエイターがひしめいていることだろう。
「ヒーッヒッヒッヒッヒ。新人さん。あんたのAペット私にみせちゃくれないかい?」
おっとなかなか濃いのが来たな。
私は試運転もかねて新入りの初披露とすることにした。
「行くぞ! スピニッチ!」
動くスピニッチは我ながらすさまじい迫力だった。
うん。こっちの方が濃さは上かもしれない! 野良クリエイターのAペットは割とテンプレートな美形である。
「―――戻れスピニッチ!」
ハルバートを構えるスピニッチは、しかし戦うことなく退却した。
だってレベル1なので。
頑張って外見だけは仕上がってるけど、今はあの筋肉も張りぼてだった。