もう1人の主人公
「ナギちゃん部長、どこいくんですか!?」
卓球の部室から飛び出した部長の前に三人の後輩が立ち塞がった。
「な、ナギちゃんはやめてよね!サナギ部長で呼んでって言ってるじゃん!」
春一番が過ぎ、やっと暖かくなってきたというのに学校指定の青いジャージの上に黒いパーカー。特徴的な眼鏡をした彼女の名前は佐藤凪。高校三年生。そのありきたりな名前を嫌っていて、後輩や同級生たちには『サナギ』というあだ名で呼ばせていた。そんな彼女は伊吹学園卓球部の部長だ。
「はぁ…そのサナギ部長さんがサボるつもりですか?」
「ごめん!PINPON・KINGの更新日が近いの!」
「またいつもの…!」
その部長が部活をサボろうとしているところを後輩が止めようとするが、部長はあっけらかんとした態度でとおせんぼする後輩たちを躱した。彼女の言う「PINPON・KING」は異世界ファンタジーと卓球をミックスさせたバトルもの作品。争いごとの全てが卓球で解決してしまう世界で一人の少女が卓球の王を目指す作品。この作品の卓球はただボールを打ち合うだけでなく、炎の玉や氷の刃が飛び交うという混沌としたものになっている。一見すると面白そうな作品だが、絶望的に人目につかず、インターネットの海の底に転がっているという表現が似合っているほどマイナーなウェブ小説だ。
彼女はその著者………ではなくそのファンであり、専属の絵師だった。登場人物紹介のイラストや挿絵だけでなくファンとしての支援絵や告知まで幅広く描いていた。もちろん無名そのもので出版もされていないので収入こそ無かったが、彼女にとっては学校や部活をサボってまでもやる価値のあるものだった。
「佐藤部長!あ、行っちゃった…」
「ナギちゃん部長…実力は全国級なのになんで過疎ってるネット作家にお熱なんだろ?」
「そうそう。売れてるならまだしも…過疎ってるんでしょ?見限った方がいいじゃん」
「二人とも、佐藤部長に聞こえるよ。それにそういうこと言わないの」
成績優秀で部活も全国クラス。何不自由無い彼女だったが、無名の小説家を手助けるという選択をしたのだ。絵に関しては発想力は良いがプロほど上手いわけでもない。
第三者は皆、後輩たちのように見限ってまともな道を行くべきだと言うが頑固な彼女は曲げることはなかった。
「…わかってるよ。そんなの」
言い返したい気持ちを堪えて階段を駆け降りる。逃げるように学校を飛び出して帰路に着いた。スマホの電源を入れるがいつもの依頼主の既読が無い。
「おかしいな。いつも即既読なんだけどなぁ」
そこから家に着くまでずっとメッセージを送ったり電話したりしたが反応は無し。そして家に着いて、第二の仕事場に腰掛けるとパソコンを立ち上げた。そこに一件の通知があった。
「生配信…あー配信してたのかぁ、なんか邪魔しちゃったかも。あはは…」
依頼主はたまにゲーム配信をする事もあった。腕前もそこそこあり、むしろこちらの方が知名度が高いくらいだった。
しかし、それは杞憂ではなかった。それに気づくまで10分。すぐに生配信の内容を確認すればどうにかできたかもしれない。
「な、なにこれ…うそだよね……」
画面に映ったそれは飛び降り自殺の配信だった。依頼主の顔は見た事なかったが、通話はしたことがあったので、その声と一致しているのを一瞬で理解した。真っ白になった頭を絞り、必死に食い止めようとスマホを取り出すがもう遅かった。
彼は後ろに倒れるように身を投げた。
「あ…あ…ぁ………」
気付けば自分の胸を包丁で刺していた。
道を誤ったが故に全てを失った。
世界は理不尽だ。クソだ。
どんなに頑張っても…叶わなかった。
…わかってるよ。そんなの。
わかってた。こんな風に絶望するって。
漫画じゃないもんね、人生って。
こんな世界、つまんないよ生きてたって。
「そう悲観しないでくださいませ」
人生が終わったって思ったけど、誰かの声がする。天国…かな?
「まだあなたの物語は終わっていません」
何言ってんだこの人…。彼がいなくちゃPINPON・KINGは続かないんだよ。
「あなたの愛、充分に理解しております」
真っ暗な世界にうっすらと今まで描いてきたPINPON・KINGに関する絵が走馬灯のように現れる。
「この作品はあなたのおっしゃる通り、彼にしか書けない作品です」
何十、何百と私が描いた絵が一つひとつ重なってひとつの光となっていく……
「ですが物語を円満に終幕させ、彼を救うというあなたの願いは叶えられます」
それって…どうやったら?
「あなたが物語の主人公になるのです。世界の王となれば願いを叶えられる、そういう世界観だったと思うのですがいかがでしょう?」
……いいよ。あんたが何者かはわからないけど……この際、なんでもやってやる!
「フフッ。生きていた頃よりずっと活き活きしていますよ」
そういえばそうだ。正直、肩の荷が降りたというかなんというか。解放的な?
それに私の大好きな作品の世界に行けるなんて、これほどに嬉しいことはないもんね!
「そうですか。随分と嬉しそうで何よりでございます」
「それでは…あなたの描く物語…楽しみに傍観させていただきます」