第六十五幕 夜明け
カルロスは執務室の机を怒りと力任せに両の拳で叩いた。
「何が聖騎士団団長だっ!!部下達が行方不明になっても動くこともできんとはっ」
部下達の失踪後、すぐに上司に当たるヴァロワレアンが行方を眩ませ、聖騎士団はウィルヘルム枢機卿の下に入ることとなった。
そして聖騎士団に言い渡されたのは待機だった。
聖騎士団員の失踪とヴァロワレアンの失踪をウィルへルムは指揮下の聖兵団に捜査させ、都合の良い結論を導き出し発表するに至った。
聖騎士団員の集団失踪はこじつけのような理屈でヴァロワレアンのせいにされ、失踪した聖騎士団員達とヴァロワレアンの行方は杳として知れないままだ。
この件にウィルヘルムが関わっていることは確かだが、その男が今現在のカルロスの上司であり、その命令に従わないというのは帝国国教たる聖アリエラ教会に対する翻意を意味する。
「クソが……!!」
カルロスは眼鏡の下の赤い瞳に苦悩を滲ませて毒突き、歯噛みした。
================================
「まだアーデルハイムを捕らえられないのか!!」
地下通路の一角にウィルヘルムの怒声が響く。
その目の前には艶然と微笑む女性……ジャハンナの姿があった。
「そんなに大きな声を出しても事は進展しないわよ……そろそろ少しくらい人の上に立つ者としての落ち着いた立ち振る舞いを覚えてほしいものね……」
ジャハンナは呆れた風に言って一つ欠伸をする。
「貴様……」
ウィルヘルムに睨まれてもジャハンナはどこ吹く風といった感じで余裕ある態度を崩さない。
「No.1153はどうしている?」
「ボウヤなら睡眠薬を投与した上で幽閉して治療中よ……すぐ追うと息巻いていたから苦労したわ……万全の状態になるまであなたの命令でも動かす気は無いわよ……」
ジャハンナは目を細める。
「教皇猊下は……」
「とりあえず発作が来ない内なら私達でもどうにかなるわ……調薬に抜かりはないと言い切れる……あとはあなたに似て怒りっぽい猊下を如何に上手く宥められるかね……」
ジャハンナはウィルヘルムの肩を叩き、闇の中へと消えていった。
ウィルヘルムは渋い顔でそれを見送った。
================================
『やぁ、ランドルフ兄さん……そっちはどうだい?』
宝珠の中に映る赤と白を基調としたローブを着た弟の顔からは疲れが見て取れた。
「私の方からもクレア捜索の依頼を出してはいるが、見つかったという連絡は来ていない……その様子だとお前の方も芳しくないようだな、アーネスト……」
ランドルフは眼鏡の位置を微調整する。
『正直参ってるよ……方々手を尽くして探してるけど、手掛かりさえ見つからないからね……』
アーネストはため息をつく。
「しかし、死んではいない……そうだろう?」
ランドルフの問いにアーネストは苦笑し
『術式がちゃんと構築できてるならクレアが死んだらこの宝珠が割れる仕組みになってるね……ただ、この手の術式は高度な上にちゃんと効力が出ているか分かり難いから、過信は禁物だよ、試すわけにもいかないしね」
「だが、それが"俺達"の希望だ……心許なくともな……」
アーネストは苦笑し
『兄さんが"俺"って言うなんてね、久々に聞いたよ……』
「当主を務めるようになってからは控えていた……だが今は自分を強く持たねばならんからな……つまらんが自分への暗示のようなものだ」
『僕も見習うとするよ……じゃあ、今回はこれでね』
通信が切れたのを確認してランドルフは椅子の背凭れに身を預ける。
最近、ヴァロワレアン卿が姿を消したことでこの帝都にも影響が出始め、ビジネスの方も予断を許さない状況にある。
投資先では労働力不足
現在帝国と対立する南部に位置する商人達により樹立された国家、ポートギスとの戦争への補充人員も滞りつつあるらしい。
頭が痛い状況になりつつある。
ランドルフはため息をついた。
「旦那様……クレアは……?」
かけられた声の方を向くと、そこには少し前に聖都から帰参させたエリスの姿があった。
家族の前であれば、エリスにだけはクレアを名だけで呼ぶことを許している。
エリスは不安気な表情を浮かべている。
「大丈夫だ、この宝珠が割れていない限りクレアはどこかで生きている……必ず見つけ連れ帰るから安心するといい」
ランドルフはあまり得意ではない笑顔を浮かべ、エリスを宥めた。
ランドルフは聖都のある東の空に目を向ける。
クレアが失踪してからもう1カ月以上の時が経っていた……
================================
時は遡る……
私は入り組んだ地下通路の闇を掻き分けるように進んでいた。
途中、ヴァロワレアンの死をレインフォルトの口から伝えられた。
導かれるようにして暗くどこまでも続くと思われた道を行くと、行き止まりに当たる。
何故かルートは合っているという確信がある。
私は岩の壁の出っ張りに手を掛け、力を入れると岩壁が動いた。
見た目より岩壁は軽く、そのまま横に岩は移動させることができた。
外に踏み出した私を開放感と涼やかな風が出迎えてくれた。
まだ夜は明けていない。
ふと見上げると人里から離れた夜空は美しかった。
まるで先程まで自分に降りかかっていた凄惨な出来事など全く意に介していないと思える程に……
そうしていると空が白み始める。
私は明るくなっていく地平線に目を移す。
『どうするのです、クレア?』
レインフォルトの問いに私は目を瞑り
「……西へ……一旦実家に帰るわ」
呟いて私は踵を返して歩き始める。
背を押すように夜は光で満たされていく。
私の行く手と心に仄暗い闇を残して……
To be continued……
とりあえずここで「レインフォルト 上」を閉幕とさせていただきます。
ここから先は「レインフォルト 中」に続く予定となります。
少しお休みをいただき、これからのこの作品のあり方を考えてみます。
賞への投稿も考えてはいます。
さて、幕間が如何程になるかは分かりませんが、皆様のご意見ご感想をお待ちしております。
よければ本作をお引き立ての程よろしくお願いいたします。




