第六十四幕 魔女
「……僕がどんな道筋を生きてきたのか……そして今の立場を手に入れるのにどれだけの犠牲を払ってきたのか……君にはわからないだろう……」
その平坦な口調で紡がれた言葉と視線は私の背に寒気を覚えさせた。
その時、私の首筋に鎌のような刃があてがわれる。
「クレアお嬢様……動かないでいただきましょう……我が主人へのこれ以上の狼藉は看過致しかねます……武器をお手放しください」
後ろから聞こえたアンナの声に私は息を飲む。
『……サイラス……』
『悪いが俺はタイムリミットってやつだ……これくらいのことはお前等でどうにかしろ』
声音を低くして呼びかけるレインフォルトに対しサイラスの投げ遣りな答えが脳内に響く。
「……アンナさん……あなたの主人がここでやってきたことはわかってるのでしょう?」
「……ええ……私はずっと助手を務めて参りましたので」
私の問いにアンナは事も無げに答える。
その時、私の中にイメージが流れ込んでくる。
どうやら、先程の嘔吐した時から人の強い意志をイメージや映像として感じ取れるようになったらしかった。
それは狂気とも言える意志……今も恐らく無表情で私に武器を突きつけてきているであろう彼女から初めて感じた強い意志だった。
ヴァロワレアンは何もしてくる様子がない。
私は目を瞑って少し考えて剣を手放す。
地下通路に金属音が響くと私の首筋からハルパーの刃がそっと離れる。
「お行きください……主人の処置がありますので……」
小さく溜め息を吐いて俯き目を開けると、先程まで私が持っていた剣は足元にその身を横たえて、ただ鈍く無機質に光を反射している。
私は視線を上げて歩き始める。
部屋を照らし出すレインフォルトが生み出した大きな光球が光量を絞りながら降りてきて、私の傍に寄り添う。
『……よいのですか?』
レインフォルトの言葉に私は目を細め
(えぇ……しかたないし……それに、彼女の言う処置というのは……)
『……それを前提に尋ねたのですがね……』
レインフォルトの意味深げな言葉に私は顔を顰め
(彼を裁くのは、多分彼女の方が相応しい……そう思うから……)
レインフォルトはそれ以上言葉をかけてこなかった。
私は術の明かりを頼りに地下通路の奥へと歩を進めた。
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アンナは跪くヴァロワレアンを静謐な表情で見下ろしていた。
その様は主従が逆転しているかのように見えた。
「ふふふ、アンナ……治療を頼めるかい?」
ヴァロワレアンは蒼白の顔色をして目の前の忠実な部下にいつも通り命令を下す。
「"アルフレッド様"……そろそろ"約束の俸給"をいただきたく存じます……」
アンナの言葉にヴァロワレアンは項垂れ苦笑を浮かべる。
その首にハルパーの刃が当てがわれる。
「微笑んでください……私の愛したあの微笑みを…………痛みは無く終わらせますので……」
その数ヶ月後……1人の干し首を抱いた魔女が捕えられ火刑に処された……
それが、記録に残る最後の魔女裁判だった……
遅れてすみません。
さて、はたしてこの展開で良かったのか……?
ご意見いただけると幸いです。




