第六十三幕 正義とは
ヴァロワレアンは傷口を押さえて跪いていた。
「見事だね……僕の負けだ……」
ヴァロワレアンは痛みに表情を歪めながらも笑みを浮かべそう言った。
私は彼を見据えて剣をゆっくりと振り上げた。
私はそこで動きを止める。
動こうとするが……動けない。
決意は固めたはずだった……
これが正義だという確信もある……
しかし、どうしても断罪の剣を振り下ろすことが私には出来ずにいた。
「……どうしたんだい?……僕を殺すんだろう、何を迷うことがあるんだい?」
ヴァロワレアンが私に問いかける。
私は剣を振り下ろすことも、問いの答えを口にすることも出来ずにいた。
(振り下ろせッ!! この男はそうされて致し方ない程のことを……した!)
一体何人がこの男に人生を狂わされ命を落としたのか……
私は私に言い聞かせて自分を叱咤し鼓舞する。
しかし、それでも私は動けなかった。
そして……自分が人を殺すことに尻込みしてしまっていることに気付いた。
私は涙を流しながら剣を降ろす。
悔しさと悲しさが入り混じった感情が私の胸に渦巻いている。
私は今まで自分の正義を信じ生きてきた。
しかし、いざ自分の正義を貫こうとした時に自分の弱さが露呈してしまった……
そして気付いた。
正義とは……最大の否定だ……
悪と呼んだ人間やその行動への否定……
人は生まれを選べない、人の行動には理由がある……
その上で相手を否定し、自分を肯定する……それが正義だ。
「あなたは……あなたはどうしてあんなことを……したの?」
私は涙ながらに問いかける。
もっと理由が欲しかった、この男を悪と断ずる理由が……
「それを知って何の意味があるんだい?」
ヴァロワレアンは口元に笑みを浮かべる。
しかし、その目元には悲しみが垣間見えた。
「知らずに剣を振えば……きっと"それ"は横暴だから……」
「………………それで僕は赦されるかい?……それは違うだろう? 今更命乞いをするほどには僕も堕ちてはいないさ」
すこしの沈黙を挟み、ヴァロワレアンの発した言葉に私は沈黙する他なかった。
「……僕は異常者だ……この世に生まれ落ちた時から異端者だった……それだけのことさ」
弱々しい苦笑と共に吐き出されたその言葉に私の中で何かが爆ぜる。
「そんなわけないっ! あなたは恵まれていた!……ヴァロワレアン公爵家の当主で、枢機卿で…………これ以上ないくらいに世の中から受け入れられ恵まれていた!!……なのに……なぜっ?」
私の叫びに近い問いにヴァロワレアンはその顔から表情を消す。
「……僕がどんな道筋を生きてきたのか……そして今の立場を手に入れるのにどれだけの犠牲を払ってきたのか……君にはわからないだろう……」
その平坦な口調で紡がれた言葉と視線は私の背に寒気を覚えさせた。




