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屍術医師 レインフォルト 上  作者: 御蛇村 喬
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第五十九幕 挟撃

 おぞましい化け物が咆哮を上げる。


 叫びと防腐剤らしき臭いが辺りに振り撒かれる。


 アンナは両手に持った一対のハルパーを構え警戒する。


 異形の向こう側から差し込む術の光で明るさは確保されている。


 行く手を文字通り塞ぐ巨大な化け物……


 トラードに現れた異形だと、あの場にもいた彼女はすぐに理解していた。


 しかし、それが思うように動くにはこの地下ではスペースが足りないらしかった。


 これをどかさないことには主人の元に辿り着けないが、今持つ武器と自分の膂力でどうにかなる相手とは思えず、アンナは攻めあぐねていた。


 しかし、もたついている暇もない、先程のクレア=ブランフォードの様子は明らかにおかしかった。


 主人が危ない。


 アンナが動こうとしたその時、化け物の胴に走る縫い目から人間の腕が突き出した。


 さらにアンナの耳に背後から足音が聞こえてくる。


 その響く足音の重さと調子から、アンナはマリーが殉じたことと、凄まじい速度で迫り来る死神の来訪を察した。


 その間にも化け物の傷口から男が糸を引き千切りながら長く伸びた髪を振り乱し産まれ落ちようとしている。


 アンナは完全にそれが姿を現す前に斬りかかる。


 男の腕に鎌状の刃を掛け、引く。


 しかしその動きは止められていた。


 男は俯いたまま腕を曲げて鎌の外側を掴んでいた。


 力を入れても刃は微動だにしない。


 目元は降りた髪で見えないが、口の端を持ち上げて男は笑みを浮かべ


「……動きは悪くねぇが、こんな悠長な玩具じゃあ俺の腕は獲れねぇよ……」


 男が顔を上げると、赤い瞳から放たれる鋭い眼光が露わになる。


 アンナは危機を感じ武器を手放し飛び退く。


 それを追うように男が手のハルパーを投擲する。


 空中で死を覚悟したアンナの傍をそれは凄まじい勢いで通り過ぎ、後方から鋭い金属音が響く。


 アンナは宙で体を横に回転させ真半身で着地し金属音のした方を見る。


 そこには顔に包帯を巻いている異様な襲撃者の姿があった。


 その足元には先程投げられたハルパーが転がっている。


 この男も凄まじいまでの使い手……


 絶体絶命……今のアンナは正にその言葉通りの状況に置かれている。


「おい、女を斬る趣味は持ち合わせてねぇからどいてろ……死ぬぞ」


 響いた言葉にアンナは少し男に目を向ける。


 男は自分が入っていた化け物に手を突っ込んで中から一振りの剣を取り出す。


 男は剣で強引に長く伸びた黒髪を半ばから切ってぞんざいに放り捨て、不敵な笑みを浮かべる。


 その全身の筋肉は鋼のように鍛え上げられていると同時に研ぎ澄まされており、男の暗褐色の肌が纏う空気と赤い目から発せられる闘気は自信と覇気に満ち溢れ、彼が強者だと物語っている。


 そして何より……男は全裸だった。


「よぉ、ミイラ野郎……こないだは世話になったなぁ……俺はサイラス……おっと、お前は名乗らなくていいぜ、こいつは俺の流儀だからな……」


 全裸の男……サイラスは軽い感じで名乗る。


 包帯の男は油断なく無言で剣を構える。


「チッ、煙草が吸いてぇとこだが……誰も持ってなさそうだな……まぁいい、とっとと終わらせるかっ」


 サイラスの発した語尾と同時に二人の男達は同時に地を蹴った。


 (こんな所では死ねない!あの男を手に入れるのは私だ……あんな小娘に渡せるものか!!)


アンナは左右から襲いくる二人を迎え打ちながら心の中で叫んだ。

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