第五十二幕 報告
聖都の地下を無数に走る闇と静寂が支配する地下通路の一角に術の灯が浮かんでいる。
それが照らし出す中に2つの人影があった。
「結果を単刀直入に言うと、任務は失敗ね……」
声を響かせたのはどこか妖艶さを感じさせるほどに美しい女性だ。
失敗の報告をしているにも関わらず、余裕のある笑みを浮かべている。
「それが何を意味するかわかっているのか、ジャハンナ……?」
髭面の鋭い目をした男の発した厳しさを含んだ声音にジャハンナはクスリと笑い
「そんなに怖い顔をしなくてもいいでしょうウィルヘルム……あぁ、教皇猊下のご体調が優れないのかしら?」
「ふざけている場合か……」
ウィルヘルムは声を低く押し殺し視線の圧を上げる
「これが失敗し、教皇が今死ねば教会が隠蔽している……特に我々が携わってきた事が露見する恐れがある……そうなれば私もお前達も帝国と教徒から追われる事になるのだぞ!」
ジャハンナは笑みを浮かべたまま肩を竦め
「まぁ、そうなったらそうなった……ね……私にも事後処理とか仕事があるから、とりあえず報告の続きをするわね……」
ジャハンナの言葉にウィルヘルムは何か言いたげだが言葉を飲み込み黙して報告の続きを促す。
「まず、トラードの遺体を確認してクレア=ブランフォード以外の作戦派遣記録のある帝国兵、聖騎士団員の死亡を確認したわ……痕跡の消去は処理班に任せてあるわ」
ジャハンナの言葉にウィルヘルムは無言で小さく頷く。
「対象の帝国兵及び聖騎士団員殲滅後、レインフォルトは"箱"からの脱出を試みたらしくて、屍操術を展開すると共に切り札らしき傀儡を召喚して抵抗したわ」
「アーデルハイムめ……あの狸が……!!」
毒づくウィルヘルムを無視してジャハンナは言葉を続ける。
「それに併せて謎の一団による襲撃があって、レインフォルト回収に動いていた実行部隊は"あの子"だけ残して壊滅……その襲撃で負傷したレインフォルトは紆余曲折はあったようだけど結局謎の一団に奪取されたわ」
「襲撃者はよほどの練度の兵達だな……まぁ、十中八九ヴァロワレアンの飼い犬共だろうが……情報源はカルロスあたりか……相変わらず食えない奴だ……」
ウィルヘルムはそう言葉を漏らして表情をさらに険しくする。
「その後"あの子"がレインフォルトを奪取した一団を追い詰めたけど、薬物の反動が来て倒れたわ……その後謎の一団は逃走……それを確認して監視者の私達で"あの子"と重傷を負って意識不明のアルバート=ブランフォードを発見、回収して帰還、現在に至る……と言ったところね、その2名は現在も回復のため処置しているわ」
「……アルバート=ブランフォードがまだレインフォルト=アーデルハイムの憑代である可能性は?」
ウィルヘルムの言葉にジャハンナは苦笑し
「……あり得ないわね、アルバートには明らかに外部からの延命処置がなされていた……つまり、誰かがあの状況で高度な手術をアルバートに施したということになるわ……見事な処置だったことは縫い目を見ただけでわかったから、レインフォルトが"誰かの身体"を使って治療したんでしょうね……」
ウィルヘルムは目を細め
「状況から考えて、クレア=ブランフォードがレインフォルト=アーデルハイムの現在の憑代……と見て間違いないか?」
「そうね、そうじゃないといろいろと説明がつかないかしらね」
ジャハンナは即答して微笑む。
「……奴の……No.1153の復帰にどれくらいかかる?」
「……最低で四日……くらいかしらね……そのことに関して何も言わないのね?」
ウィルヘルムの問いにジャハンナは意外そうな反応を示す。
「今、奴を失うわけにもいくまい……お前も情が移ってきているようだしな……まぁ、感情移入もほどほどにな……奴は駒に過ぎん」
「あら、妬いているのかしら……?」
ジャハンナは普通の男なら勘違いするような悩ましげな表情を浮かべてウィルヘルムの目を見つめる。
ウィルヘルムは一つ鼻を鳴らし
「No.1153の治療を急げ……そして四日後までにクレアブランフォードの消息を掴んでおけ、同時にヴァロワレアンへの探りも忘れるなよ……できればNo.1153も確保作戦に参加させる……」
ウィルヘルムはそう告げると持っているランタンに火を入れて踵を返し、闇の中へと歩き出す。
ジャハンナは意味ありげな表情でその背を見送った。




