第五十幕 復活
トラードの街は静寂に包まれていた。
いくつもの死体が横たわり凄惨な様相を呈しているが、それらが自ら音を立てることは二度とないだろう。
その中に殊更異様な存在は倒れ伏していた。
それは顔に包帯を巻いた男……御者だ。
無論、彼も動き出す気配はない。
生者は誰もいないと思われたそこに1人の女率いる一団がどこからともなく現れ御者に歩み寄っていく。
女は口元は隠しているものの、美女であることは間違いなく、黒い簡素な服を纏っている。
彼女は御者の近くでしゃがみ、御者の首筋に指を当てて脈を感じ取り目を細め笑う。
艶然とした笑みを浮かべて懐から奇妙な筒を取り出し、先についた針から少し薬液を出してからそれを御者の首筋にそっと刺した。
一団が御者を囲み何かしらの術をかけ始める。
ゆっくりと筒の中身を注入し終えて彼女は立ち上がる。
少しの間、彼女は術と薬の効果が出るのを待つ。
呻き声をあげて御者が動いた。
「お疲れ様、災難だったわね……今回は流石に危ないところだったわよ……」
「ジャハンナ……?……俺は…………クッ……生きて……るのか……?」
ジャハンナと呼ばれた女の言葉に御者は力なく掠れた声で呟く。
「そうね、私にとっては運良く……貴方にとっては運悪く間に合ってしまった……と言ったところかしら……」
ジャハンナは悪戯っぽく笑みを浮かべ再び御者の傍にしゃがみ込む。
「……あなたは最高の素体ですもの、そう簡単には手放せないわ……ウィルヘルムは失敗した部下なんて不要とかいいそうだけど……』
ジャハンナは笑みを苦笑に変え
『枢機卿とか偉そうな肩書き背負ってるけど、彼って私から見たらただのお財布に過ぎないし……貴方の存在の方が私にとっては彼なんかよりよっぽど貴重よ」
ジャハンナは歪んだ慈愛を湛えた視線を御者に向けて顔を御者に近づけ
「さあ、治療が終わったら帰りましょう……ウィルヘルムには私から話を通しておくから心配ないわ……今は少しお休みなさい、私のかわいいぼうや……」
ジャハンナは囁きながら血塗れの包帯で覆われている顔を撫でて布越しに接吻を落とした。




