第三十六幕 炎
見上げると、蒼穹に弧を描いて此方へと飛来する夥しい数の矢が目に入った。
私は駆け出して目の前にある鉄の柩の下に体を滑り込ませる。
快晴の中降り注ぐ矢の立てる雨音というには大きすぎる音と、人と馬の上げる悲鳴が私の恐怖を煽る。
連続する音の濁流と共に吹き付ける殺意に私は両耳を押さえて蹲る。
目を閉じたい衝動を抑えて窮屈な体勢ながらどうにか辺りを見回すと、見える範囲に居る同僚は皆矢をその身に何本も受けて倒れ伏して石畳を自らの血で紅く染めている。
(……なんで!?……なんでこんなことに!!?…………誰か……誰か助けて……死にたくない!!)
私は蹲ったまま震えながら助けを請い願う。
『……れか…………おら……だれ…………』
どこからか微かに声が聞こえてくる。
『……誰かこの声が聞こえる方はおられませんか!?』
未だ止まぬ殺意の雨音の中、妙にはっきりとその男の声は私の脳内に響いた。
「だ……誰!?」
私は聞き返す。
『……!、そんなことはどうでもいいでしょう、状況の説明を!!』
私はその声が頭に直接響いていることに気づく。
そして、その声が鉄の柩から聞こえてきていることを私は確信する。
「し、襲撃を受けてる、今は矢の雨の中!、仲間も合流した帝国兵も多分皆死んでる!今私は馬車の荷台の下に潜り込んで難を逃れてるっ」
私は柩に向けて半ば叫ぶ。
『なるほど……教皇の物騒な部下がやりそうなことだ……歓迎できる状況ではないですが、私にはおあつらえ向きの状況といったところですか……』
頭の中に直接響く謎の男の声は誰にともなく呟く。
『時間がありません、力を貸していただきますよ、矢が尽きたら次に相手は剣で来るでしょう……そうなれば恐らく貴方の命はない』
その間にも矢は降り注ぎ、私の直ぐ側に突き立つ。
「……!!な、何をすれば!?」
すぐそこまで来ている死神の気配に追い詰められた私はそう問う以外の選択肢を持つことが出来なかった。
『一時的に"契約"して"貴方の中に在る力"を少々貸していただきます、よろしいですね?』
男の言葉に私は少し躊躇う。
得体が知れなすぎる。
「……わかった、でも、私の中の力って何!?」
しかし、やはり私は選択肢を見いだすことができず、そう答える。
『声を発せずとも私とは会話が出来ます、とりあえず集中してください、そうすれば式は私が組みます!」
何を言っているのか理解できないし理解できる気もしないので、私は声に従い目を閉じて集中を試みる。
『……どうされました、集中できていませんよ?』
「今っ!、私は一発でも当たったら死ぬかも知れない矢の雨の中にいるのよっ!!音もうるさいし、こんな状況で簡単に集中なんてできるわけないでしょ!!」
あくまで平静な男の嫌味を含んだ声音に苛立って私は怒鳴る。
そんな中、矢の雨が止む。
私は一瞬戸惑うが好機と見てもう一度集中しようと目を瞑る。
『もうそれは必要ありません、怒りによって精神の集中は成されました……素晴らしい才と力です』
男の言葉が訪れた束の間の静寂の中で声無く響く。
目を開けると、曇りない青を背に夥しい量の紅蓮の炎で描かれた文字らしきものと複雑な紋様が音も無く燃え盛りながら宙に浮かんでいる光景が映し出された。
荷馬車の下という狭い空間の中で苦しい体勢ながらも辺りを見回すと、それらは私……いや、鉄の柩を中心に幾重もの円を描いているように見えた。
燃え盛っている炎に囲まれているにも関わらず熱気が伝わってくるどころか寧ろ背筋に寒気が走り肌が粟立つのを感じて私は身震いする。
"怖気を震う"というのはこういうことを言うのだろう……
「……綺麗……」
しかし、私の口から思わず零れたのはその言葉だった。
何故か私の目にはこの光景が悍ましく……そしてそれ以上に美しく映っていた。
炎の文字と紋様の群れに魅入られている私の耳に金属音と共に地面を何かが這いずるような音が届く。
正気に引き戻された私が音の出所に視線を巡らすと、そこには倒れ伏している同僚が何本もの矢が刺さったままの状態でゆっくりと立ち上がるのが目に映った。
久々に緊迫したシーンを書きました。
また改造したくなりそう……




