第十三幕 診療
微かに揺らめく蝋燭の灯りを頼りに、男は眼鏡越しに紙の上に並ぶ文字達を目で追う。
辺りは静寂と闇に沈んでいる。
そのまま暫く時が刻まれていくかと思われたが、炎の揺らぎが少し大きくなったことに気付いた男は頭を巡らせる。
その時、男の首筋に痣があるのが見えた。
その視線の先でノブが廻る音が鳴り、ドアの開く音と共に幾つかの灯火を携えた男達が入ってくる。
「これはこれは、久々のご来訪ですね……教皇猊下、"医師"の進言を聞かない患者は長生きが出来ないと古来より申すようですが……」
本を読んでいた男は皮肉混じりに言葉を投げてそっと本を閉じ、椅子から立ち上がって男達に向き直った。
青白い顔をした長身痩躯の粗末なローブを纏った男は眼鏡越しに非難の眼差しを送り、口元だけで苦笑を浮かべた。
その姿を見て男達に守られるように囲まれた豪奢な服を着込んだ老人が鼻を鳴らし
「下らん問答など、どうでも良い……儂は教えの頂点、外せぬ典礼や儀式……数え切れぬ予定の合間を縫ってここに来ておるのだ」
「それはご立派なことですね……お体に対しての配慮について以外は……という補足をつけざるを得ないという点を除いて」
教えの頂点に対して、向き合う男はあくまでも慇懃で不遜だ。
「……相変わらず喰えぬ男だ……アーデルハイムよ、さっさと済ませてしまおうではないか」
教皇が手を横に広げると、周囲の男達が着込んでいる着衣や宝冠を丁寧に一枚ずつ脱がせていく……
最後に残ったのは一枚の絹の前合わせのシャツとタイツを纏った骨張って見える程に痩せこけた老人の姿だった。
教皇は服を脱がせていた間に設けられた椅子に腰掛けると、シャツの胸元を自らの手で開く。
そこには縫い跡のある大きな傷が胸の中央に走っていた。
「またお痩せになりましたか……」
「この所、悩みの種が尽きん……痩せもするわ」
男、アーデルハイムの言葉に教皇は不機嫌を隠すこともせず言葉を吐き捨てる。
「失礼致します……」
そうことわって、アーデルハイムは教皇の触診を始めた。
教皇の胸にある縫い跡のある傷の意味することとは……?




