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私たちの先祖は、かつて森に暮らしていたエルフだった。先祖といってもどれくらい前なのかは分からないが、村の爺婆が言っていたのでそこまで昔ではないのかもしれない。
森で暮らすことが肌に合わずに、森を抜けた者。それが私たちの先祖だ。
そうして逃げることが癖になってしまい、様々なところで暮らしては離れ、暮らしては離れを繰り返し、辿り着いたのが大陸の端のこの場所。
別に、この場所が嫌いというわけではない。砂漠というのは意外に動物が生息しているし、海の恩恵だってある。ただ、その逃げてきた歴史が嫌いだ。そんな歴史を覆そうとしたのが私の両親で、この歴史を守るべきだといったのが、今の村長たちの派閥。
「フッ!」
弓を射る。砂漠は見通しが良い地形が多いため、遠くから弓を射る。最近、少し慣れてきたからか当たることも増えた。捕らえた獲物を抱えて、村へ戻る。
「――! あんたたち何やってんの!」
街に戻ると、兄を取り囲み何かをしている村人が見えた。兄は中央でうずくまり、腹を抱えている。
「――お前らぁ!!」
「おいおい、怒るなよジルヴィア。俺たちは足が悪いお前の兄貴を助けてただけだぜぇ?」
「白々しいことを――!」
「ジル……」
兄さんが、いつものように私をなだめる。まただ、両親が死んでからというもの兄さんは、すっかり弱気になってしまった。こうしていつもいつも耐えて、耐えて環境が変わることなんてない。
「……なぁジルヴィア。お前を俺の二番目の妻にしてやろうか?」
「……何を言っている」
ニヤニヤと、こちらの体を品定めするように見ながら言ってくる。気持ちが悪いその視線に、寒気が走る。
「幸いお前は体つきだけはいいんだ。俺の妻になったら、じっくり可愛がってやるぜ?」
「お前――!」
「俺がお前らを救ってやるよ。お前を妾にすればお前の兄だって、もう少しいい暮らしができる。そう思わないか?」
その元凶であるお前が、それを言うのか。こんなクズみたいなやつに、なめられていることも許せなかった。
「私はお前の妻になるほど、安い女ではない!」
「あーそうかよ。折角、慈悲を与えてやろうと思ったのに……残念だ」
きっと、断られることも織り込み済みだったのだろう。取り巻きが、私を逃がさないように囲う。こんな状況になっても私の心は折れない、両親から継いだプライドを高くたもつ。
「お前ら、この女を押さえつけろ」
「げへへ、村長命令だ。悪く思うなよジルヴィア」
「前々から言い体をしてると思ってたんだ、ラッキーだぜ」
「――貴様らぁ!」
下卑た笑いをあげながら、近づいてくる村人。既に諦めている兄を横目に、私は折れない。腰に差してある短刀を抜き、構える。状況は人数だけでもかなりの不利、加えてこいつらは腐っても対人戦闘の繰り返し積んでいる。
(なにか、何かないか!)
このままいけば、慰み者になるのは明白だ。何か光明がないかを探る。
その時、グラりと地面が揺れる。
「あ?」
全員がその揺れを感じたようで、私も戸惑う。今のはいったい。そう思った瞬間、先ほどより大きな揺れが来る。
「うわあああああ、な、なんだ!」
全員が、その場に立っていることができずに膝をついた。




