それぞれの戦後
ここは、かつてそれなりに高級な居酒屋と呼ばれた連射花火亭。
なぜ「かつて」と言われるのかというと、今では王都一番の高級居酒屋とだという評判だからだ。
しかし今日もいつものごとく、店内ではおっさんたちが酔っ払いながらクダを巻いている。
「しかし、あのときのカサンドラの取り乱しっぷりといったら堪らんかったのう」
ダンカンが思い出したように口にすると、ベテランのドワーフどもも、腕を組んで一斉にうんうんと頷いている。
「普段はリルラージュの横でふんぞり返っている蜂の女王が、錯乱状態で大泣きだったからな」
ヴィーネウスもからかうように言葉を続けた。
しかし、目の前でだらしなく酔っ払っている蜜蜂族の男は、自分自身が酒の肴にされていることにも構わずに、いつもと変わらずへらへらと酒を舐めている。
◇
あのとき、オクタは遥か上空からクリーグの宝剣「力の剣」を携えて魔術師傀儡に突っ込んだ。
娘のエイミから念話で伝わってくるカウントダウンに合わせながら。
突っ込む直前でレイの呪文により電撃防護を打ち消されたメイジゴーレムは、突っ込んできたオクタにより、その体内に深々と宝剣を突き刺されたのだ。
オクタはその勢いのままにメイジゴーレムに衝突し、肉の壁にはじかれるようにして地面に落ちた。
そのまま彼はピクリとも動かなくなってしまう。
これがカサンドラをパニックに貶めた原因。
普段は彼を宿六呼ばわりしている女王が、メイジゴーレムにも構わずに彼にかけより、その身体を抱きあげながら泣き叫んだのだ。
「あんた、死なないで! 死なないで!」と。
その横ではダンカンが、何事かとメイジゴーレムから上半身を露出させた狂王の首をハルバードで一瞬のうちに跳ねあげた。
主の意思を失ったメイジゴーレムは暴走するそぶりを見せたが、突如ぶるんと震えだした。
続けて肉の玉は、まるで腐り落ちるかのように、かつて人間だった肉塊をぼたぼたと落としていく。
しばらくの後、メイジゴーレムはうごめく腐肉の海となり、剣と宝珠を浮かばせた。
ばちばちと電撃を時折発しながら、移動する訳でもなく、何かの意思を見せるわけでもない腐肉の様子を、戦士どもは、ある者はその場でへたり込み、ある者は吐き気を催しながらも、呆然と見つめている。
辺りにはカサンドラの号泣が響くのみ。
さすがのサキュビーもこれからどうすべきか判断がつかない。
すると、後方から「やれやれ」という聞きなれた声が、サキュビーの耳へとかすかに伝わった。
続けて柔らかな光が辺り一帯を包みこんでいく。
光はウルフェたち、マンティスたち、ダンカンたち、他の傭兵団の者たちを公平に包み込み、包まれた人々は傷を癒され、疲れをほぐされていく。
カサンドラに抱かれたオクタも光の効果で目を覚ましたが、どうやら女房の胸に抱かれている自身の醜態にばつが悪いらしく、再び目を閉じた。
そんなそぶりに気付いたカサンドラも、これ幸いとばかりに堂々と亭主を抱き締めている。
一方で、光が伝える心地よい感覚に普段から慣れ親しんでいるダンカンは、どっこいしょとばかりに腰を上げると、狂王の首を拾いあげ、光の中心に声を掛けた。
「さて、これからどうすればいい? ヴィーネウスよ」
◇
ヴィーネウスからの指示で、サキュビーは地獄の炎を呼び出し、腐肉の海を焼いていく。
黒い炎は煙も臭いも発すること無く腐肉を焼き、灰燼と化していった。
腐肉が全て焼き払われた後、そこには剣と宝珠が残された。
ヴィーネウスはそれらを拾うと、フリードリヒ達とともに現われたザーヴェル皇太子に、宝珠を見せる。
「おい皇太子、こいつはどうしたらいいと思う?」
しかし皇太子には答えられない。
それはザーヴェルの国宝。
一方でそれは今回の元凶でもある。
ふん。
硬直する皇太子に興味はないと目線を移したヴィーネウスは、介護院の方に向かった。
「おい娘、お前はこれをどうしたらいいと思う?」
突然見知らぬおっさんに問いかけられたメリュジーヌも、皇太子と同様にパニックに陥ってしまうが、皇太子と違い、彼女の周辺にはおっさん耐性を備えた少女達が控えている。
「滅するべきです。ついでにこれも」
ヒュファルで民衆から、常に教皇の頭上にあった「聖なる冠」を託されていたレイが、冠をヴィーネウスに差し出した。
「へえ、レイも持っていたんだ」
などと軽口を叩きながら、アリアもイエーグの前王暗殺時後、混乱の極みとなっていたイエーグ城から、サラとともに他の金目の品と一緒にちゃっかりと拝借してきた「統制の矢」をかばんから取り出した。
すると四つの神器は、互いが共鳴するかのように一瞬光ると、今度は互いを滅するかのようにそれぞれを照らしあい、光を消していく。
「そいつらは互いの能力を打ち消し合うんだ」
ヴィーネウスの説明に、メイジゴーレムの体内で何が起きたのか皆が理解した。
多分メイジゴーレムは「知識の宝珠」による神力により動いていたのだ。
ところがオクタにより、もう一つの神器である力の剣がメイジゴーレムの体内に埋め込まれてしまった。
そのために知識の宝珠の力が打ち消されてしまい、メイジゴーレムの制御が崩れた。
狂王が慌てて顔を出したのも、メイジゴーレムが腐肉の海となって崩壊したのも、多分それが理由なのだろう。
「滅するって簡単に言うけれど、神器ってのは強力な結界に守られているものでしょうに」
そうあきれたようにサキュビーはつぶやいた。
だが、すぐに自らの間違いに気づく。
「そうか、今は互いの力を打ち消し合っている状態なのね」
すると何かに気付いた様子で、ルビィとイースが声を合わせた。
「メリィ、あれをやるの!」
◇
クリーグとザーヴェルの人々が見守る中、四つの神器が介護院の前に並べられた。
その前に立つのはザーヴェルの皇女メリュジーヌ。
「本当にいいのでしょうか?」
メリュジーヌは助けを乞うように視線をヴィーネウスに送るも、彼は素知らぬ顔で目線をそらしている。
一方で四人の娘たちが彼女をせかす。
「一気にやってしまいましょう!」
などと珍しくレイが興奮している。
「練習どおりにやればいいの!」
魔法では先輩のルビィが威張り散らす。
「早くしないとメリィの首が落ちてしまうのです!」
イースは腕を鎌に変え、脅しを入れてくる。
「やっちゃえメリィ!」
アリアはいつものように能天気。
四人に背を押され、メリュジーヌは神器に向かい合った。
彼女は同族の女性ラムに教わった魔法を行使すべく、彼らの種族が根源とする元素に向けてゆっくりと呪文を紡いでいく。
「我ら種族の盟友たる風の精霊よ、全てを無に帰し、新たな世界への糧となされよ!」
風化
呪文の完成とともに、四つの神器は徐々に細かな塵へと分解されると、風に運ばれてどこかへと散っていった。
◇
ザーヴェルは皇太子を新たな王とし、国の体制を一新させることになった。
しかし前途は多難である。
狂王による知の覇王により、ザーヴェルは文官魔術師を全て失ってしまったため、国の機能がマヒしてしまっているのだ。
また、王都ツァオベラーの市民たちも、狂王の意思と同調して無理やりパペットを作り出してしまった影響が、それぞれ精神に後遺症として残ってしまい、街の活気はすっかり失われてしまっている。
ヒュファルでは連邦国家が樹立され、各部族の長による合議制が導入された。
しかしそれぞれの異なる教義が何事においても諍いの種となり、国力の回復は遅々として進まないままである。
イエーグでは前王の弟が王となった。
この国はヒュファルとの戦いにより軍は疲弊し、また平原族中心の国家体制に不満を爆発させた他種族の内乱が各地で発生している。
こちらも未だ国力の回復には至らない。
さて、クリーグであるが、こちらの王家は今回の争いにおいては、すっかり蚊帳の外に置かれてしまった。
そもそもクリーグだけは神器が宝物殿の奥で埃をかぶっていたのだから、それも仕方のないことではあるが。
他の三国が疲弊した今、クリーグが覇権を掴むチャンスにも見えるが、ことはそう単純ではない。
なぜならば、他の三国から避難してきた難民が国境を越え各地にあふれかえり、彼らの扱いに王家をはじめとするクリーグ貴族たちはてんてこ舞いになっているからだ。
当初は新たな戦後法を制定し、難民を受け入れようとしたクリーグ王家であったが、あまりに大量で多岐にわたる種族の要望をいちいち聞いているうちに、ついには王が切れてしまった。
「だまって税金払わんかい!」
そう、王は考えるのをやめてしまったのである。
突然高額の納税を突き付けられた難民たちは、当然と言えば当然であるが、そのほとんどがクリーグ各地の辺境で野盗と化した。
税金を稼ぎ出してクリーグ国民権を手に入れるために。
こうして、四カ国入り乱れての覇権争いは、勝者がいないまま終了したのである。




