路地裏の豪胆
クリーグ王都ミリタントを狙った光子槌の一撃により、クリーグ軍は大混乱に陥ってしまった。
兵士たちにとって、自らが攻撃に晒されるのは覚悟の上である。
しかし、彼らが築く防衛網をあざ笑うかのように、その頭上越しに彼らの家族を攻撃されてしまっては、冷静でいられるはずもない。
「落ち着け! ミリタントは対魔法障壁によって防衛されている!」
ログウェル卿は伝令たちを通じ、また自らも大声を発して兵士共を落ち着かせようとするが、兵士たちの動揺は止まらない。
「ご主人様、ここは前線の後退を!」
ウルフェの進言にログウェル卿は苦虫をかみつぶしたような表情でうなずいた。
前線を下げるということは、ザーヴェル軍の国土侵入を許してしまうということだ。
しかし、前線をいくらか北上させ、遠目でミリタントが直視できる位置まで後退すれば、王都の安全を確認できる分、兵士もいくらかは落ち着くであろう。
「南の森まで前線を下げるぞ! 各員撤退戦に移れ!」
ログウェル卿の指令を合図とするかのように、兵士たちは我先にと撤退を始めてしまう。
それは背後のパペットから逃れるというよりも、家族の安否を確認するためなのだろう。
撤退する間にパペットからの追撃を覚悟した最前線の兵士たちだったが、なぜかパペットたちはその挙動を停止させていた。
まるでクリーグ軍の前線が後退していくのを見送るかのように。
◇
ミリタントの上空に光の束が降り注ぐ。
しかしそれはプリズムを通した光のように、街を襲うことなく、全方位に拡散していった。
「さすがに肝が冷えるわね」
連射花火亭の店先でビーネは上空を見つめながら、クリーグ魔導部隊によるフォトンハンマーへのカウンターマジックである、反射鏡が機能しているのを確認し、ほっと胸をなでおろした。
安堵のため息とともに、空から店先に視線を戻した彼女の前に人影が現れた。
「あら、お帰りなさい」
「恐らく避難はしていないだろうとは思っていたがな。まあ、剛毅なもんだ」
「ふふ、情報の断絶は致命傷になりかねないもの」
「そうだな。お前が店にいるということは、リラもおとなしく宮廷に詰めているということだな」
「当然よ。ところで、こんな状況だからお酒は出せないけれど、どうする?」
「水でいい。ところで土産話があるが、サラはいるか?」
「いるわよ。アリアは張り切って前線に行っちゃったけれどね」
「まあ、そうだろうな」
ビーネは相変わらずの落ち着いた美しさで微笑むと、店の扉を開け、奥の厨房に向けて声をかけた。
「サラ、女衒様がお戻りになられたわ」
◇
ザーヴェルの王はいらついていた。
それは対クリーグ戦を理由にするものではない。
彼がいらついている理由は、もどかしさのため。
王は今、禁呪により作り出した「かたち」の中で、それをコントロールしている。
しかしこの状態では、王は知の覇王によるパペットどものコントロールと「かたち」のコントロールを一人で別々に行わなければならない。
そのため、どうしても攻撃がぶつ切りとなってしまう。
例えば、先ほど「かたち」の一部を削って放ったフォトンハンマー。
その呪文を練る間、パペットたちへの指示は中断せざるを得ない。
だからみすみすクリーグ軍の撤退を許してしまうような状況になってしまう。
もし「かたち」をノーリッジ・オーバーロードのコントロール下に収めることができれば、王の意志はより迅速に反映できるであろう。
それに王は見たかった。
「かたち」が完成した姿を。
「画竜点睛を欠くか……」
ザーヴェル王の精神は狂える知的欲求に塗り固められてゆく。
覇王への欲求と知的好奇心を両立させるための行動。
それは「最後の部品」を探し求め、「かたち」に組み込むこと。
王に戦略などない。
狂気に勝る作戦などない。
「存在探索……。そこか……」
王は探索魔法で目的の存在を確認すると、無数のパペットどもとともに、ゆっくりと北に進軍していく。
それはクリーグ軍を追撃するものではなく、とある場所を目指すもの。
「王家であり王家でないものよ。我と民をつなぐ接点装置よ……」
◇
ヴィーネウスは連射花火亭の個室で、森林族のビーネと蜥蜴族のサラ二人と向かい合っていた。
「私はそれをクリーグ王家の宝物殿から探し出し、前線に届ければいいのね」
サラからの確認にヴィーネウスは頷いた。
「この混乱の中では、正規の手続きで宝物殿を開けるのは無理だろうからな。まあ、リルラージュの案内があれば宝物殿まではいけるだろうよ。ブツの特徴さえ事前に知っていれば、元盗賊のお前にとっては楽な仕事だろ?」
「まあね」
昔のことを思い出し、サラはにやりと笑って見せる。
「届けるのはエイミに任せましょうか?」
ビーネの提案にヴィーネウスは少し考えるような仕草をし、横に首を振った。
「いや、報告通りのバケモノがいるならば、適任者は他にいるだろう」
続くヴィーネウスからの提案にビーネは頷いた。
「ならばカサンドラには、切り札を切ってもらうことにしましょう」
ヴィーネウスからの指示は続く。
「エイミにはフォトンハンマー対策を先行して伝えに行ってもらうとするか」
「反射鏡以外にもあるのかい?」
サラの疑問に対し、ヴィーネウスはにやりと笑った。
「あんなのはただの防御だ。知恵を絞ればいくらでも対策はあるものさ。なあビーネ」
などと挑発するようなヴィーネウスからの謎かけに、ビーネはむっとしながらもその言葉を冷静に受け止めた。
「フォトンハンマーは日光を収束させる禁呪よね?」
「そうだ」
「それなら……」
「そうだ」
ビーネが続ける言葉に、ヴィーネウスは頷いてゆく。
「もしかしてあの子なら……」
「正解だ」
ビーネの推論に満足したヴィーネウスは言葉を続けた。
「それじゃ俺も前線に顔を出してくる」
店を出ていく男の後姿を見送りながら、サラはビーネをからかってみた。
「ヴィーネウスとの問答が楽しそうだったな。あんな表情はダンカンにもなかなか見せないだろうに」
「まあね。昔を思い出したの、昔をね」
問答の間、ビーネはヴィーネウスと過ごした頃を思い出していた。
濃密な「知の三ヶ月」の頃を。
◇
「さて、そろそろわしらの出番かの」
介護院の近くに設営した連射花火傭兵団の簡易兵舎前で、全身を金属鎧に包み、右肩に長柄槍斧を担いだ髭もじゃのおっさんが、軽く伸びをしている。
「ダンカンさん、我々はクリーグ国軍ではなく、あくまでもザーヴェル皇太子派の友人ですからね。そこのところを、よろしくお願いしますよ」
「面倒なことはお主らに任せる」
兵舎に顔を出したヴィルヘルムは、亡き父と同じ世代であろうダンカンとそんな言葉を交わした後、皇太子派の天幕に向かっていった。
「ほう、あのガキがヴィーネウスの言っていたハイブラウニー憑きか、なかなか立派なものではないか」
ダンカンはヴィルヘルムと、彼に影のようにつき従う可愛らしい少女を見送りながらそう呟いた。
ザーヴェル皇太子は、クリーグの地で、ザーヴェル正規軍を立ち上げた。
大義は狂王の征伐とザーヴェルの平定である。
軍の主なメンバーは亡命貴族で構成されているが、実際の兵力は前線司令官と共にクリーグ側に渡ってきたザーヴェル北方軍が主となる。
さらにクリーグ貴族ヴィッテイル家とリューンベルク家からの、個人的な友好により、フリードリヒを指揮官、ヴィルヘルムを副官とする義勇軍が協力を申し出てくれている。
「クリーグ国内での戦闘はクリーグ国軍と、民間人で構成した我ら義勇軍が請け負いますから、皇太子殿下は狂王討伐と、その後のザーヴェル平定のために兵を温存してください」
そう申し出たフリードリヒに、皇太子はそれでよいのかと驚くような表情を見せた。
「民間人まで巻き込んでしまってよろしいのか?」
そんな申し訳なさそうな表情に気づいたのか、フリードリヒは皇太子を半ば安心させ、半ば脅すような口調で、おどけるようにこう付け加えた。
「クリーグの民間人は、それはそれはおっかないですよ」と。




