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女衒-女を売り飛ばす者-  作者: halsan
実熟すとき
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父母の決断

 ゆっくりと、しかし確実にザーヴェル王軍が近づいてくる。

 

 王都ミリタントに腰を据える「路地裏の女帝」ビーネからの指示を、蜜蜂族の娘エイミから受け取ったヴィッテイル家の長子フリードリヒは、これまでに亡命を希望してきたザーヴェル貴族とザーヴェル前線司令官、そして皇太子夫妻を改めて介護院に案内した。


 部屋には既にリューンベルク家の若き主ヴィルヘルム、介護院の院長である女夢魔(サキュバス)サキュビーおよび歌姫(セイレーン)セイラと哭鬼族(オーガ)のクレムが彼らの到着を待っていた。

 蟲獣蟷螂族のマンティスもなぜかご機嫌な様子で、妖艶な笑みを浮かべながら部屋の隅にしつらえられたソファにゆったりと身体をうずめている。

 

 さらにはミリタントからクリーグ国軍総司令官ログウェル卿の名代として、サムライハウンドの隊長、人狼族(ウェアウルフ)ウルフェが派遣されてきている。

 

 フリードリヒは全員が着席したのを確認してから、ザーヴェルの貴族たちに向けて、おもむろに口を開いた。


「改めて皆様にお伝えいたします。クリーグはザーヴェルの(まつりごと)に介入する意思はございません」


 フリードリヒの宣言に亡命貴族たちはどよめく。

 そうした中、彼らを代表するかのように、一人の貴族が挙手をし発言を求めた。

 

「それはクリーグには国境を超える意思がないということでよろしいか?」

「その通りです」

 再び亡命貴族たちの間にどよめきが生じる。


 クリーグにザーヴェル侵攻の意思がないということは、彼ら亡命貴族たちがクリーグ軍とともにザーヴェルに侵攻し、国内に残してきた彼らの領地や財産等を取り戻し、あわよくば拡大を図ろうという思惑が無に帰すということ。

 すなわち彼らはこのままクリーグ市民として、それなりの納税を済ませてから、細々と暮らしていくという選択肢しかなくなるということだ。


 乱心した王から逃げるようにクリーグに亡命を求めたときは、心に余裕がなかった。

 ただただ王に恐怖していた。

 だが、今は違う。


 今はクリーグ庇護(ひご)の元に亡命貴族としての身分を保障され、それなりに安全も確保されている。

 こうなると貴族たちの間に欲の芽が出るのは当然のこと。

 

 先程の貴族は質問を続けていく。

「例えばの話だが、我々が現ザーヴェル王家の打倒を宣言しようとする場合、クリーグの援助は受けられないということか?」


 するとフリードリヒに代わり、ウルフェが答えを返した。

「先程フリードリヒ様がおっしゃった通り、ザーヴェルの内乱にクリーグ国軍がどちらかに肩入れすることはありません」

 ウルフェの言葉に亡命貴族たちは明らかに肩を落とし、意気消沈の表情を浮かべた。


 しかし、続くウルウェの言葉に彼らは活気を取り戻した。

「ただし、我らがクリーグは自由を重んじる国である故、我が国の貴族が友情の名のもとに、勝手に他国の戦に首を突っ込もうが知ったことではありません」


 ウルフェにヴィルヘルムが続く。

「皆様は私たちの友人です。できうる限りの協力は致しますよ」


 再び亡命貴族たちはどよめいた。

 ザーヴェル王軍は強力無比であろう。

 だが、クリーグも全勢力を挙げて王軍を迎え撃つであろう。

 クリーグが王軍に敗れればそれまで。

 しかし、もしクリーグが王軍を打ち破ったときは。

 

「勝手な願いで申し訳ないが、我らだけの席を用意してはいただけないであろうか」

 亡命貴族代表の申し出をフリードリヒ達は受け入れ、ザーヴェルの貴族たちだけを残し、他のメンバーは部屋から退出した。

 

 ザーヴェル貴族のみとなった室内で、先程の貴族が皇太子の前に進み、そこに(ひざまづ)いた。

「殿下よ。現王が乱心した今、殿下こそが王にふさわしゅうございます。なにとぞご決断を」


 すると、この貴族に続くように、他の貴族達、さらには前線司令官を始めとする軍幹部達も皇太子の前に跪いていく。


 皇太子はこのような展開となるであろうことを、事前に妻から言い含められていた。

 しかし彼は一歩を踏み出すことができない。

 現王への恐怖が彼を縛る。

 だから彼は言い訳を探した。

 

「しかし、娘を危険に晒すわけには」


 そう呟く皇太子の横で、彼の妻は情けないとばかりにため息をついてしまう。

 隣に座る彼女には伝わってきているのだ、皇太子の震えが。


 妻は皇太子を愛している。

 しかしクリーグの地を訪れてから、彼女の意識は大きく変わっていった。

 

 この地では、女であることに特別の意味はない。

 少なくとも介護院と介護院を出入りする女性たちには、誰かの庇護を受けているという甘えや後ろめたさなどが感じられない。

 彼女達は自らの意思で立っている。


 皇太子妃は、これまでの「娘を隠し守る生活」が、いかに後ろ向きなもなのであったのかを痛感していた。

 ならばこうしよう。

 

「殿下、私たちは娘の楯となりましょう」

 思いがけない言葉を紡いだ妻に皇太子は驚き、思わず隣の彼女を見つめた。

「皆様、正当なる王を立てましょう」

 皇太子妃の言葉に皆は聞き入っている。


「殿下、私からの提案です。もし殿下に立つ意思がございませんのでしたら、ここで廃嫡(はいちゃく)の宣言をなさいまし」


「何と!」

 これには部屋中で驚きの声が上がった。


 なぜなら、皇太子妃の言う廃嫡とは、王位継承権の放棄宣言であるからだ。

 皇太子妃は自らの夫に「立たないのならば隠居せよ」と申し入れているのだ。


 それはすなわち皇太子妃も貴族社会の表舞台から身を引くということ。

「殿下の廃嫡宣言により、娘のメリュジーヌに王位継承権が引き継がれます。皆様にメリュジーヌを引き立てる御覚悟がございますならば、娘を旗印に立ち上がりましょう」


 皇太子妃の提案に室内は静まり返った。

 貴族達にとって皇太子妃の提案は願ってもないものである。

 彼らにとって神輿は軽い方がいいのだから。


 ちょうど良いことに、彼らはクリーグ貴族とも親交を持つことができている。

 ならばメリュジーヌが成人するまでは皇太子妃を後見人とし、成人後に速やかにクリーグ貴族から婿を取り、女王を宣言すればよいのだ。

 クリーグから婿を迎えるのは、ここに顔をそろえる亡命貴族達の間で当面の不公平が生まれないための調整という理由もある。

 

 亡命貴族達は皇太子の決断を待った。

 室内は静まったまま。

 貴族たちの視点は皇太子に集まっている。


 皇太子とて、人の子である。

 現王は恐ろしい、しかし廃嫡は惜しい、だけれども命も惜しい。

 混乱する中で不意に彼は娘の姿を思い出す。

 可愛らしい娘よ、愛しい娘よ、私はどうすればよいのだ。

 

 静まり返る室内。

 だからであろうか、外からの音が室内に漏れ伝わってくる。

 

「おや?」


 不意に皇太子妃が聞き耳を立てるようなそぶりを見せ、続けて皆に立席を詫びてから窓の方に向かった。

 当然のように皇太子の手を握り、彼も伴って。

 

 窓を開ける皇太子妃。

 目の前に広がる光景を見つめながら、彼女は夫にだけ聞こえるような声で呟いた。


「私たちが守るべきものをもう一度考えてくださいまし」


 開いた窓の先では、少女たちが大きな木の下にじゅうたんを敷き、その上で各々がランチを楽しんでいる。

 兎耳の娘。

 角が可愛らしい娘。

 黒髪おかっぱの小柄な娘。

 彼女たちを仕切る娘。

 そして。

 

 皇太子は席に戻ると、着席することなく皆に宣言を行った。


「皆の思惑通りとはいかないかもしれぬが、我は我の意思で立とうと思う。どうか皆、我に力を貸してくれ」

 再び皇太子を見つめる貴族達。


 皇太子は咳払いを一つ挟むと、覚悟を決めた。

「現王を討ち、ザーヴェルに平和を取り戻す」


 この直後、介護院は大きな歓声に包まれた。

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