言いがかりをつけに行く
イエーグ守備軍の兵たちは目を疑った。
国境を挟んで対峙していた約三百人のヒュファル兵に向かって、三十名ほどの集団が突っ込んでいくさまを目の当たりにして。
通常、攻撃側は守備側に対し三倍の兵力が必要とされる。
しかし目の前でヒュファル軍に突っ込んでいくのは、わずか十分の一の勢力でしかない。
まず最初にイエーグ軍は、突っ込んでいく連中の正気を疑った。
次に、彼らは突っ込んで行った連中が正気でないことを確信した。
あれは「狂気」だ。
一方で突っ込んでいく小集団の士気は高い。
「野郎ども、心の準備はできとるかー!」
「いつでも来いやー!」
「うおーっす!」
「狩りつくすぞー!」
先頭を走るダンカンの檄に、団員どもが興奮しながらそれぞれの気合を叫び吐き出していく。
「よっしゃあ!」
するとダンカンは左肩に長柄槍斧を担ぐと、走りながら右手の握りこぶしを高々と掲げた。
中指には不気味な赤に染まった石が指輪となってはめられている。
続けてダンカンは魔具起動式を叫んだ。
「目標は前面の兵力! 狂乱軍団発動じゃあ!」
ダンカンの雄たけびに合わせるかのように、一行は真っ赤な光に包まれていった。
まさにそのとき、イエーグ守備軍は眼前で「狂気」を目の当たりにしたのだ。
赤い光に包まれた岩窟族が竜巻を思わせる勢いでハルバードや戦斧などを振り回し、奇声をあげながらヒュファル兵の首やら腕やら胴やら足やらを手当たり次第になぎ倒していく。
その後に続く平原族や獣族の軽装兵たちは、四肢を失い悲鳴をあげながら転がっているヒュファル兵どもに対し、これも嬌声を上げながら長剣や片手槍で止めを刺していく。
ヒュファル兵も魔法弾や精神混乱魔法などで対抗しようとするが、それらの魔法は赤光の軍団には全く効果を示そうとしない。
「なぜだ! ドワーフは精神魔法に耐性がないはず!」
「なぜ攻撃魔法が効かない!」
「まさかあいつら!」
などと悲鳴をあげながらも、神兵たちは次々と赤い光に切断され、なぎ倒され、砕き潰されていく。
見る見るうちにヒュファル軍の駐留地は赤色の光を先頭に大地を真紅に染めていき、命乞いの悲鳴が狂った奇声に塗りつぶされていった。
あっけにとられたままのイエーグ軍が見守る中、一方的な虐殺は狂乱のうちに進み、やがてゆっくりと終了した。
同時に赤光がうっすらと消えて行き、返り血で赤く染まった傭兵たちが、やれやれとばかりにその場にへたり込んでいく。
狂乱軍団
この呪文は一定時間、術者本人と対象者の能力を三倍に引き上げるとともに、その思考を殺戮に塗りつぶすという、とんでもない魔法である。
バーサーク・レギオンが効果を表している間は、対象者の思考は殺戮一色に染まっているので、彼らに対し他の精神魔法が効果を表すことはない。
なのでヒュファル兵の精神魔法は連射花火団どもに効果を示さなかった。
しかしヒュファル兵が放っていた攻撃魔法は、実はちゃんとダンカンたちにダメージを与えていた。
ただ単に、攻撃魔法を受けたドワーフどもが、三倍に強化された身体を盾としダメージに一切ひるまず攻撃を仕掛け続けたので、ヒュファル兵には効果がなかったようにしか見えなかっただけのことなのだ。
事実、座りこんでいるベテラン連中は、あっちが痛いだこっちを火傷したとなど、口々に文句を言っている。
一方でこの魔法は副作用として、効果後に対象者の体力をごっそりと削り取る。
なのでドワーフよりも体力で劣るコモンやウェアーズは、ほとんど相手からの攻撃を受けていないにも関わらず、余りの疲労にその辺でひっくり返ってしまっているありさまだ。
ちなみにこの魔法や、これを封じた魔道具は比較的よく知られているが、実際に使おうとする者はほとんどいない。
理由の一つは、術者本人も魔法効果の対象となってしまうこと。
また、この魔法の発動範囲は、平常時の主従関係がキーとなるので、寄せ集め集団の誰かに使用させても、本人にしか効果は及ばない。
つまり指導者自らが先陣を切らなければ、単なる狂乱を発動するだけにしかならないのだ。
これがこの魔法の使用者が、ほぼ皆無であることの理由。
そう、権力者が好き好んで自らの命を最前線に差し出すわけがないのだ。
ダンカンのような変わり者以外には。
「大漁だよ」
大きな袋を担いだサラとアリアが、一人元気に部下たちの様子を見て回っているダンカンの元を訪れた。
バーサーク・レギオンの効果範囲から外れ、後を追ってきたサラとアリアは、止めを刺されたヒュファル兵から容赦なく金品を剥ぎ取っていた。
「よっしゃよっしゃ。それじゃずらかるかの」
サラたちの報告にダンカンは上機嫌で笑うと、文句たらたらのベテランどもや、半分泡を吹いている若手やルーキーどもを順番に蹴り上げて、撤収の準備に取り掛かった。




