蜜蜂娘-経験する者-
私は蜜蜂族のエイミ。
私たちはもともと東の荒地にある洞窟を巣にして暮らしていたんだ。
子供のころはお姉さんたちが私たちの面倒を見てくれて、私たちが大きくなってからは、お姉さんたちと一緒になって、女王であるお母さまの滋養や、妹たちの食べ物を集めて回る生活を送っていたんだよ。
ところが、近くの火山が悪さをしているのか、これまでのように食べ物を集めることができなくなったんだ。
そんなときに、お母さまのところにやってきたのが、ヴィーネウスさん。
難しいことはわからないけれど、お母さまはヴィーネウスさんに勧められて、引っ越しを決めたんだ。
引っ越し先には、私たち蜜蜂族から見ても可愛らしい、平原族のリルラージュさんが待っていたんだ。
お母さまは、しばらくリルラージュさんのところに通い、その間に私たちはリルラージュさんの使いの人たちから、引っ越し先での食べ物の手に入れ方とかを教わりながら過ごしていた。
そしたらある日、お母さまが私たちを集めたんだ。
「これから我々はリルラージュと組んで、都市の生活と仕事を始めます」
そうお母さまはおっしゃったのだけれど、正直私たちにはちんぷんかんぷん。
最初にリルラージュさんから手渡された「台帳」というのも「お金」も「お金を取り立てる相手」というのもよくわからなかった。
でも、リルラージュさんたちがわかりやすく教えてくれたおかげで、私たちも「徴税」の仕事ができるようになったんだよ。
そうしているうちに、私たちの巣に姑獲鳥のメーヴさんがやってきた。
メーヴさんの子守は一流なんだ。
むずかる妹たちも、メーヴさんの優しい羽毛にくるまれてあやされると、ころりと寝ついちゃう。
それに彼女は掃除や料理もとっても上手。
特に、メーヴさんがこしらえる南方風の蜂蜜粥は、みんなの大好物になったんだよ。
妹たちを世話する仕事がなくなった分、私たちはリルラージュさんから、徴税以外の仕事も任されるようになった。
それはお使いとか、給仕とか、店番とかの色々なお仕事なんだ。
東に住んでいたころは、お母さまと姉妹以外の人に出会うことはほとんどなかったけれど、今は違う。
色々な種族の人とお話ができるようになったんだ。
それに「お金」という便利なものを、リルラージュさんが私たちにお小遣いとしてくれるんだ。
これで蜜の飴を妹たちのお土産に買ったり、年の近い姉妹たちと街で甘いお菓子を楽しんだりすることができる。
ああ楽しいわ。
お仕事は食べ物を集めていたころに比べると複雑だし大変だけれど、その分やりがいがあるし、街は楽しいことがいっぱい。
引っ越してきてよかったなあと本当に思う。
そしたらある日、お母さまが私に、姉妹を代表して、サラ姐さんと一緒に旅をしてくるように命じたの。
サラ姐さんというのは、連射花火亭の経営者。
みんなが姐さんと呼ぶので、私たちも姐さんと呼んでいるんだ。
サラ姐さんは、時々お母さまやメーヴさんのところに珍しい食べ物を持ってきてくれる。
それを使ってメーヴさんが作ってくれる料理が、これまたおいしいんだ。
だから私はお母さまに命じられたとき、ちょっとうれしくなっちゃったんだ。
「うれしくなる気持ち」って、本当に楽しいよね。
旅はサラ姐さんの他に、アリアちゃんという蜘蛛族の娘も一緒なんだよ。
最初はびっくりしたわ。
だって蜘蛛族って、私たちを網で捕えて食べちゃうって聞いていたからさ。
でもそんなことはなかった。
ときどき糸で虫を捕まえて、おやつ代わりに食べちゃったりしているけれど、それは私たちも同じだから気にならない。
そういえば、アリアちゃんが言うには、彼女はヴィーネウスさんの愛人らしい。
本人が胸を張ってそう言いふらしているのだから間違いないとは思う。
愛人ってのが何なのかは、よくわからないし、アリアちゃんの自慢話に、時々サラ姐さんが噴き出している理由もわからないけれど。
旅は楽しかった。
サラ姐さんは色々と物知りで、何もないところで水を探したり、火を起こしたり、安全な寝床を探したりと、色々なことを教えてくれる。
アリアちゃんの危険察知能力もすごいんだ。
彼女が「あっち」というと、そこには必ず怖い人たちがいるのだもの。
ただ、アリアちゃんは逃げるんじゃなくて、サラ姐さんと二人で怖い人たちを襲って、身ぐるみを剥いでいるのだけれどね。
あまりに楽しそうだから、途中から私も参加したけれどさ。
その代わり、私も美味しい蜜が採れる花の探し方や、花粉団子の作り方とかを二人に教えてあげたんだ。
特に私が集めてきた蜜をサラ姐さんが淹れてくれたお茶にひと匙くらい落としてあげると、香りと甘みが加わって、とっても美味しくなるんだよ。
ところが、ある事件のお陰で旅は中止になっちゃった。
イエーグという国と、ヒュファルという国との国境の街で、私たちは足止めされてしまったの。
旅人の中に「ヒュファルの神兵」とやらが潜んでいるらしいというのが原因なんだって。
町は物騒になるし、さすがにサラ姐さんとアリアちゃんも街中で追剥をやるつもりはないみたいだし、だからといって、このままクリーグに帰るのもつまらないとサラ姐さんは言っていたわ。
ということで、私はサラ姐さんに手紙を託されたんだ。
旅を邪魔されたのがむかつくから、腹いせにおっさんたちを引き連れて、ここまで来いってさ。
なんでそうなるのかは、よくわからないや。
でも、面白そうなので私は先に飛んで帰ったんだ。
私たちの能力なら、夜中でも家にまっすぐ帰ることができるからね。
そして今は、ダンカンさんたち「連射花火団」の人たちと一緒に馬車に乗っている。
ダンカンさんは「娘一人を野郎の群れに放り込むのは、さすがにまずいかの?」と、小さな馬車を私用に一台用意してくれたのだけれど、何がまずいのかは、よくわからない。
確かにこれだけたくさんの男が集まっているというのは、あまり見ないけれどさ。
旅の最中で私は傭兵団の人たちから、色々な話を聞いたんだ。
ベテランさんはダンカンさんと同じ、岩窟族の人たち。
このおじさんたちは、ダンカンさんとビーネさんの慣れ染めとかを面白おかしく教えてくれた。
それからヴィーネウスさんとダンカンさんのマジ喧嘩の話とかも聞いちゃった。
あの二人って怒ると本当におっかないのね。
今度みんなに教えてあげようっと。
若い人たちは平原族や獣族が多いのだけれど、ベテランさんたちが言うには、あの人たちは二つのグループに分かれているらしいんだ。
片方のグループは、既に子供がいる人たち。
ただ、結婚もしていなければ、親権も持っていないんだって。
このグループの前で結婚や子供の話をすると、一斉に泣き出すからやめてやれとベテランさんたちに釘を刺されたんだ。
特に白鳥族のオデットさんがらみの話は禁止だってさ。なんでだろ?
もう片方のグループは、みなから「新人」とか「坊や」とか呼ばれている人たち。
この人たちが一番私に質問をしてくる。
「彼氏はいるの?」とか「好みのタイプは?」とか。
彼氏って何だかわからないし、好みのお菓子は蜜の飴でご飯は蜂蜜粥だよと答えると、なぜか変な顔をしてこちらを見つめてくる。
ダンカンさんやベテランさんに理由を尋ねても笑い飛ばされるだけだし、よくわからないや。
こんな風に楽しい旅なのだけれど、一つだけ不満があるんだ。
それは、なぜか父親も一緒に旅をしていること。
荒地に住んでいたときは全く気にならなかったのだけれど、街に住むようになってから、父親のだらしなさが気になるようになっちゃったんだ。
ダンカンさんはヒゲダルマだけれど豪快だし、ヴィーネウスさんはとっつきにくくてちょっと怖いけれど、アリアちゃんが自慢するには、ああ見えて夜はすごいらしいし。
夜がすごいってことは昼はすごくないってことかな?
それに比べて私たちの父親は、長針剣を背中にくくりつけて、みっともない羽織を引きずり、へらへらしながらお酒を舐めているだけ。
これはとっても恥ずかしい。
傭兵団の若い人たちも「なにこのオヤジ?」と言う目で父親を見ているしさ。
でも、不思議なことにダンカンさんやヴィーネウスさん、それにベテランさんたちは、夜営の焚火を取り囲むと、なぜか父親と一緒になって、へらへらしながらお酒を舐めているんだ。
一体何が楽しいんだろ。
まあいいわ
もうすぐサラ姐さんとアリアちゃんが待つ街に到着だし。
私はもう少し旅を楽しもうっと。




