女傑からのお誘い
きれいに片付けられたテーブルの上をちらりと見て、ヴィーネウスはアリアが留守であることを改めて思い出した。
最近は彼女が毎日、朝食兼昼食を用意してくれていたので、それが当たり前となっていた彼は、すっかりと自炊をする気力を失ってしまっている。
「たまには昼酒とするか」
と、まるで妻の目を盗んでこそこそと飯屋で休日の一杯をしゃれこもうという、非常におっさんじみた思考に囚われた彼は、そんな自分自身に気付かないまま、連射花火亭へと向かった。
しかし彼の思惑が成されることはなかった。
「あら、ヴィーネウスさま、よいところに来て下さったわ」
「お主の隠れ家に使いを出すところじゃったよ」
店に到着したとたんに、女主人ビーネと、蜜蜂族の女王カサンドラの歓迎を受けてしまったヴィーネウスは、今日の昼酒をあきらめた。
二人の下ごころ見え見えな笑顔に舌打ちをしながら。
店に用意された奥の個室には、ビーネとカサンドラの他に、民族同化大臣の令嬢であるリルラージュ、先王弟の妾である白鳥族のオデット、さらには介護院の院長である夢魔のサキュビーまでが、日中にも関わらず集合している。
さらに蜜蜂族の女王カサンドラの隣には、彼女の娘が一人ちょこんと腰かけている。
「エイミ、先程の話を皆にも説明するのじゃ」
カサンドラにそう促された「エイミ」と呼ばれた蜜蜂族の娘は、一通の手紙をテーブルに差し出しながら、皆の前で説明を始めた。
リルラージュとカサンドラが共同経営する人材派遣組織「ハニービー」は、ビーネとサラが経営する「連射花火亭」および、サキュビーが院長を務める介護院「終末の楽園」と共同で、食材や希少薬の空輸事業を計画していた。
ちなみにスポンサーは先王弟であり、オデットが彼の連絡役として、こうした会議には必ず参加している。
ある程度計画が練りこまれた同事業の試験として、サラはアリアとエイミを連れて、これまで彼女が開拓した各地の市場や希少品を産出する村落などを回っていた。
エイミはサラが開拓した取引先とミリタント間での、空輸による商売を試験的に行うために同行していたのだ。
ちなみにアリアを連れていったのはビーネの肝いりで、バツ2となったアリアが、これ以上アホ男共に騙されないよう、彼女の見聞を広めるためというのがその建前となっている。
しかし本音の部分では、アリアがヴィーネウスの寵愛を一身に受けていると勘違いされる環境にいるため、様々な方面から上がっている妬みや嫉みの声を沈静化すべく、アリアをしばらくヴィーネウスの元から引き離そうという意図もあるらしい。
ちなみにアリアに対し最もいらついているのが、本事業の中核を担うリルラージュなので、この措置もやむを得ないといえる。
そんなサラたち三人は、旅の途中で特に不都合に出会うこともなく、まずは西に向かい、クリーグとイエーグの国境を抜け、そこから南下し、イエーグの各村を回りながら、ヒュファルとの国境に向かって行った。
ところが、イエーグとヒュファル国境付近の宿場街に到着した所で、彼女たちは足止めを食ってしまう。
その理由は「ヒュファル側からの不法侵入事件」だという。
どうやら信仰の国ヒュファルから、神兵を名乗る者どもが国境を不法に越え、イエーグ辺境の宿場街で何かの捜索をしているらしい。
当然弓国イエーグもそんな勝手をヒュファルに許すわけにはいかず、国境付近に軍を送った。
その結果、国境線を挟む各地でイエーグとヒュファルの小競り合いが発生し、どうにもならなくなってしまったらしい。
なので、空を飛べるエイミが単独で戻ってきたそうだ。
「サラ姐さんから『多分イエーグからクリーグへと非公式に傭兵派遣依頼が入るだろうから、小遣い稼ぎがてら、みんなで迎えに来てよ』って、託けられたよ」
エイミの屈託のない報告を聞いた女性達とヴィーネウスは、揃ってやれやれという表情となった。
なぜならば聡明な彼女たちは、サラとアリアが「どうにもならなくなった」などというのはあり得ないと理解しているからだ。
きっとサラの琴線に触れる何か、恐らくは儲け話が絡んでいるのだろう。
するとその場へと、さらにもう一人の女性が駆け込んできた。
「ビーネ、連射花火団に対し、我が主よりイエーグ・ヒュファル国境地帯への兵力派遣依頼を行いたい!」
やってきたのはクリーグ国軍総司令官の副官を務める人狼族の女性、ウルフェだった。




