姑獲鳥-育む者- 前編
戦士の国クリーグにおいて、唯一の身分証明証は「納税証」である。
まあ、憲法の第一条からして「全人種は等しく納税せよ」という、身も蓋もない、あけすけな国なのであるから、当然といえば当然のことなのだが。
なのでこの国では納税さえしていれば身分は保障され、王家や王家に連なる者が営む公共事業の恩恵にもあずかることができる。
納税証は子供が産まれた際に親が出生届とともに決められた税金を徴税官に届ければ、すぐに発行される。
そしてそれがクリーグにおける彼や彼女の身分を生涯保障してくれるのである。
彼らが納税をしている限りは。
ちなみに農林水産業従事者や鉱工業従事者は適正に評価された物納が認められており、彼らが不公平に扱われることはない。
また、他国民がクリーグ国民となる方法も非常にわかりやすい。
それは「生まれたときからこれまでの税金を一括でクリーグに納税せよ」というものである。
これも実際には誕生記録などを求めるのが面倒なので、運用として「二十年分の税金」を支払えば、実年齢にかかわらず納税証が発行されることになっている。
二十年分の税金はざっと金貨六十枚。
銀貨にして六千枚となる。
これはちょっとした中流役人の年収にあたる。
このように制度はわかりやすいのだが、金額的にハードルが高いものになっているのも事実なのだ。
ちなみに連射花火傭兵団長のダンカンがイエーグエルフであるビーネを、とある大臣の元からかっさらってきたときは、翌日にしれっと当時の徴税担当に、彼女分の税金に該当する金貨六十枚を一括で支払い、さっさとビーネの「納税証」を即日交付させて、彼女をクリーグ国民にしてしまった。
また、納税さえしていれば、様々な還付を受けられるのもクリーグの特徴となっている。
例えば、軍に所属すれば、所属期間中の税金が減免される上に、支度金に加え、それなりの日当が支給される。
クリーグ国軍総司令官のログウェル卿が直属部隊として人狼族のウルフェとその仲間を直属の部下としたときには、この制度を上手に活用した。
ログウェル卿は一旦人狼族全員分の納税を行い、彼らをすぐさま軍籍に置くことによって支度金と彼らに支払われる日当で納税分を取り戻していったのである。
この手続きはリルラージュが「ハニービー」の共同経営者である蟲獣蜜蜂族カサンドラとその配下をクリーグ国民としたときにも使われた。
なぜなら、徴税官としての勤務も税の減免対象になるからである。
徴税官に対しては支度金の支給はないが、一方で徴税収入があるので、リルラージュはそこからカサンドラたちの税金支払いに投資した費用を回収しているのだ。
このようにクリーグの国民権は簡単に手に入れられるのである。
先立つモノと後ろ盾さえあれば。
しかし、それらがない人々にとっては、クリーグ国民権はやはり「高根の花」なのだ。
一方で、クリーグの納税証を持っていなければクリーグで生活できないのかといえばそうでもない。
要は、クリーグ法の庇護にあずかることができるのか否かだけの話なのである。
例えば、夢魔のサキュビーが持つ納税証は、老魔術師が彼女と婚姻の契りを結びたいという一心で作成した。
なぜなら婚姻届の受理には新郎新婦それぞれの納税証が必要だからだ。
魔物であるサキュビー本人は、当時はどうでもよかったらしいが、納税証はその後、彼女が介護院「終末の楽園」の経営者として王都に認知される際に役立っている。
反対にサキュビーが後日、終末の楽園に迎えた歌姫のセイラは、平和に歌っていれさえすれば、別にクリーグ法の庇護などはどうでもいいので、納税証も作成していない。
これはヴィーネウスの隠れ家の天井に押しかけ居候をしている蜘蛛族のアリアも同様である。
彼女にとってはクリーグの庇護なぞ、ヴィーネウスからの庇護に比べたら屁のようなものであるし。
また、いわゆる「奴隷」も納税証を作成する必要はない。
ただし、納税証を持たなければ国民と扱われることはないので、例えば奴隷が殺されても、クリーグの法では、せいぜい「器物損壊罪」が適用されるだけ。
その適用すらも被害者側が相当な物証を用意する必要があり、通常は官憲も奴隷の生き死にについては歯牙にもかけない。
そもそも、自らの奴隷をほいほい殺されてしまうような連中が奴隷を持つのは分不相応だとも考えられている。
奴隷が金貨六十枚を確保して納税証を手に入れる例もないことはないが、大体それは持ち主の都合による。
例えばローゼンベルク卿に売っぱらわれたリルラージュはまさにその典型である。
卿が彼女を自身の養女とするためには、彼女の納税証が必要だったのだ。
そんな訳で、他国の者が手ぶらでクリーグに出向いても、その恩恵にあずかることはできず、下手をすれば奴隷として売られてしまう。
ということで、クリーグと他国の国境では「金貨六十枚」を稼ぐために、亡命希望者たちが山賊と化して、毎日せっせと略奪を行っているのである。
山賊が他国で手配書が出された連中ならば、賞金稼ぎどもの的にもなるのだが、こうした一般人に毛の生えたような山賊どもだと、賞金稼ぎたちにとっても己の武器の研ぎ代がかさむだけで、ぶっ殺しても何の収穫もない。
かといってむざむざと掠奪されっぱなしというのも貿易商たちは面白くない。
と言う訳で、各国の貿易商たちは、それなりの戦力を護衛として雇い、キャラバンに同行させるのである。
そう、十分なのだ。
一般人に毛の生えたような素人山賊どもが相手ならば。
そういった意味では、彼らは運が悪かった。
ザーヴェル特産を山と積んだキャラバンは、見事に大当たりの山賊を引いてしまい、全滅の憂き目にあってしまった。
どさくさにまぎれて逃げ出した一羽の鳥を除いて。




