女王蜂-営む者- 後編
「平原族よ、ここは我らの縄張りである。即刻立ち去られよ!」
羽音の主の一人が、ヴィーネウスに向かってそう叫んだ。
ところがヴィーネウスもやり返す。
「この辺りは誰の領地でもないはずだ。大体、こんな貧相な土地の所有権を主張するなんて、お前らくらいのものだろう」
すると羽音の主がいらだち気に言い返してきた。
「我らとて好き好んでこのような荒地に住まいを構えているのではない!」
しかしヴィーネウスはそれを聞き流しながら言葉を続けた。
「いいから貴様らの女王の元に連れて行け。良い話を持ってきたとな」
◇
ヴィーネウスは荒地を掘りぬいた洞窟の中に通された。
洞窟と言っても、壁面は透明に輝く何かに塗り固められており、崩れる心配はなさそうだ。
また、計算された角度で反射する、入口から続く鏡面により、洞窟内にはそれなりの光度が確保されている。
洞窟はいくつか分岐しており、その先からは時折赤ん坊の泣き声のようなものも聞こえてくる。
さらに洞窟を進んだ先に、真上に明かり取りが掘られた広間がある。
広間の奥に一段高くしつらえられた席で、女王はヴィーネウスの到着を待っていた。
女王は他の者どもよりもひと回りほど大きい、つまり平原族の女性とほとんど同じ体格を持っている女性であった。
「わらわが蟲獣蜜蜂族の女王、カサンドラじゃ。平原族がわらわに何用じゃ?」
彼女の突き刺すような目線がヴィーネウスを射抜く。
「率直に言おう。お前たち部族ごと、王都近隣に引っ越すつもりはないか?」
ヴィーネウスの突拍子もない提案に、腰かけた女王は眉をひそめ、両脇に立つ側近どもはうろたえている。
「引っ越しじゃと?」
「ああそうだ。ここ数年の、この辺りの状況は知っている。どうだ、悪い話ではないと思うがな?」
カサンドラは興味深そうにヴィーネウスを見つめ直すと、その真意を測るように様子を伺っている。
そんな表情に彼も気づいたのか、側近たちにも聞こえるように、彼は説明を続けた。
「心配するな。それなりの代価は支払ってもらう」
「代価とな?」
再び眉をひそめる女王にヴィーネウスは言い放った。
「女王、あんたの身柄だよ」
そのとたんに、ヴィーネウスは蜜蜂族の兵士たちに取り囲まれることになる。
ところが女王がそれを制止した。
「お前たち、止まらぬか!」
それは目の前の男をかばってのことではなく、兵士たちをかばってのこと。
そう、女王だけには伝わっているのだ。
目の前に平然と佇ずむ平原族のやばさが。
なんとか兵士たちを落ち着かせると、続けて女王は彼に尋ねた。
「で、わらわに何をさせるつもりじゃ?」
◇
数日後、ローゼンベルク公が所有する王都近隣の大地に、蜜蜂族が一族丸ごと引っ越してきた。
「ほう、準備がいいものじゃの」
「ああ、必ず話に乗ると踏んでいたからな」
「ふふん、内装は自由にさせてもらうぞ」
「好きにすればいい」
女王とヴィーネウスの前には、真新しい洞窟が岩窟族の手により穿たれていた。
女王の指示で、蜜蜂族たちが女王の間の整備や壁面へのロウ材塗布などに取り掛かり始めると、そこに何人かの護衛を引き連れた一台の馬車がやってきた。
「お待たせいたしました、ヴィーネウスさま」
一人の少女が馬車から下り、ヴィーネウスとカサンドラの前に立つと、優雅にお辞儀をして見せる。
「リルラージュ・ローゼンベルクと申します。この度はお招きに応じていただき、感謝いたします」
それに対し女王も優雅に返礼を返す。
「こちらこそ我が部族の窮状に配慮いただいたこと感謝する。
概要はこの女衒から聞いておるが、委細をもう少し詳しく聞かせてはもらえぬか?」
「もちろんですわ。すぐにお茶の支度を致しますので。あ、ヴィーネウスさまはもう結構です。ごきげんよう」
やれやれ。
ヴィーネウスは御者席のローゼンベルク家執事から報酬の金貨百枚を受け取ると、そのまま街に戻ることにした。
天気もいいし、散歩にはちょうどいい。
何より、女二人の悪巧みには、これ以上付き合いきれないしな。
◇
リルラージュがカサンドラたち蜜蜂族を使って起業しようとしている事業は徴税代行業。
徴税は徴税担当貴族の部下だけでは手が回らないため、実務者を有期雇用するのが常である。
ところがこれが以外と面倒くさい。
丸腰の徴税担当一人では山賊のカモとなってしまうため、それなりの護衛をつけるとともに、徴税実務者自身にも、それなりの身を守る術がなければ危なっかしくて仕方がない。
また、有期雇用者であるが故、徴収した目先の金に目がくらみ、トンズラをこいてしまう者も稀にいる。
こうした損失が発生しないように実務者の身元を調査するのも、また手間なのである。
さて、ここで出番なのが蜜蜂族だ。
蜜蜂族は強烈な帰巣本能を持っており、収穫を終えると真っ直ぐに女王の元へと戻ってくる。
そこに裏切りはあり得ない。
また、彼女らはそれなりに優秀な兵士でもあるため、三人一組程度でチームを組ませれば、下手な山賊に後れを取ることはない。
なにより最終手段として、彼女らは空を飛んで帰ってこれるのだ。
実はカサンドラの部族が住んでいた大地では火山活動が活発となり、居住地には適さなくなってきていた。
また、これまで自給自足と物々交換を貫いてきた蜜蜂族であったが、周辺の諸種族がクリーグに取り込まれていくことにより、それまでの生活が行き詰まってきていた。
なので、今回リルラージュというクリーグ貴族とのパイプができるのは、彼らにとっても渡りに船だったのだ
こうしてリルラージュはカサンドラとともに徴税代行業「ハニービー」を起業し、まずはリルラージュの義父相手に商売を始めたのである。
「ふふ、まだまだこれからよ。女衒さま」
リラの野望は、まだ始まったばかり。
その瞬間、連射花火亭で飲んでいたヴィーネウスの背筋に冷たいものが走ったらしいが、多分気のせいであろう。




