村娼婦-求める者- 前編
掠奪の跡。
暴力の灼熱に舐められた村が、今は凍える雨に打たれ、あちらこちらから目を焼く白煙と鼻を犯す異臭を放っている。
「これはまた派手にやられたもんだな」
男は顔をしかめながらも白煙の中に足を踏み入れた。
続けて耳をそばだてる。
ここは盗賊どもによって既に殺された村。
だが男には微かに伝わってくる。
それは命が放つ最後の灯にも例えられる、静かな断末魔。
さらに男は感覚を研ぎ澄ましていく。
伝わる嘆き声。
「駄目だな」
伝わる諦観。
「こいつも駄目だ」
つまらなそうに男は呟きながら、焼け落ちた村を抜けていく。
「ん?」
不意に彼の興味を引く「あがき」が、彼の五感を刺激した。
その刹那、男は片方の眉だけを動かし、無言であがきの方向へと足を向けた。
◇
物心がついたとき、既に少女は村の所有物であった。
彼女は村はずれの小さな小屋に閉じ込められていた。
しかし彼女はそれを疑問に持つことはなかった。
何故なら彼女にとっては、小屋の中だけが彼女の世界であったから。
外の世界など、彼女には思いもよらないものだったから。
彼女は毎日満足な食事を与えられ、髪と身体を湯と香油で拭われ、小屋を訪れる様々な人々と楽しく戯れ、心地よい疲れに身を委ね、眠りについた。
平穏な毎日。
何不自由ない毎日。
何の疑問も持たない毎日。
そして、その日がやってきた。
「村長さま、今日は何をして遊ぶの?」
少女はいつものように笑顔を浮かべ、村長を名乗る男の前で幼い言葉とは裏腹に、彼に教えられたように三つ指をつき、上目遣いでかしずいて見せる。
「今日はお客さまがお前と二人きりで遊んでくれるからね、粗相をしてはいけないよ」
「わかったわ、村長さま」
少女は小屋を訪れたお客さまに、その身を委ねた。
毎日、湯と香油で磨かれた透き通るような髪と肌が、お客さまの視覚を刺激し、嗅覚を刺激し、触覚を刺激し、情欲を噴き上げさせる。
そんなお客さまの耳元で、少女は村長たちに教えられたままの言葉を吐息とともになぞる。
「お客様、痛くしないでね……」
少女は村の貴重な現金収入源となっていた。
そうして月日が過ぎていく。
「無知は幸せである」
これって誰が言った言葉だったかしら。
少女は彼女の上で獣と化した男の肩越しに、小屋の天井にうごめく蜘蛛の姿を見つめながら、不意にそんなことを思い出した。
それは客の誰かが戯れに教えてくれた言葉。
その言葉が彼女を締め付ける。
無知でいられたら、私は幸せだったのかな。
男に首を絞められ、彼女自身を締め付けるように求められながら、少女は苦痛に抗うように快感に溺れ、意識を白く濁らせていく。
村人は少女に何も教えなかった。
知らなければ疑問を持たない。
疑問を持たなければ不満も出ない。
確かに少女は幸せだった。
最初の客を取るまでは。
村長たちに客どもの口を塞ぐ程度の思慮があれば、彼女はその後も幸せでいたままだったのかもしれない。
しかし彼女は知ってしまった。
彼女の気を引こうと客たちが、遊戯の前に語る自慢話によって、彼女は知ってしまった。
「世界」を。
彼女の中で果てた客たちが、眠りに落ちる前の寝物語によって、彼女は抱いてしまった。
「興味」を。
客が帰ったあと、小屋は村の男たちによって片づけられ、少女は村の女たちによって髪と身体を磨かれ、種消しの薬草を飲まされた。
客が少女にと、せめてもの慰みと置いていったささやかな髪飾りも、客が少女の求めるままに残していった薄っぺらな御伽草子も、全て片づけられた。
少女に残された客の痕跡は、常に一切を洗い流された。
しかし少女には残ってしまう。
「知識」という他に代えられない宝物が。
いつしか少女は、ただただ新たな知識を客に求めるようになった。
客の求めに何でも応じることを対価として。
彼女は身体を削り、知識を蓄えていった。
彼女の人生には何の役にも立たないであろう知識を。
しかし、その日は唐突に訪れた。
村はずれの小屋は盗賊の斥候により、最初に火を放たれた。
盗賊どもは小屋が燃え上がるさまを狼煙とし、村に襲い掛かった。
もし盗賊の誰か一人でも少女に気付いていたならば、彼女は蹂躙され、運が良ければ奴隷窟に売り飛ばされ、そうでなければその場で、死ぬまで盗賊たちの慰みものとなったであろう。
しかし盗賊どもは少女に気づくことなかった。
なぜなら少女は、上客へ提供される極上の商品として、その存在をもったいぶるかのように隠されていたからだ。
並の旅人は村の女どもが相手をしていた。
だから盗賊どもは少女の存在に気付かないまま、景気づけとばかりに彼女が眠る小屋に火を放ったのだ。
小屋の中しか世界を知らない少女は、そのまま煙に巻かれ、炎にその身体を嬲られ、喉と肺を燻す煙と、肌を焼く炎がもたらす痛みに意識を刈り取られていった。