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女衒-女を売り飛ばす者-  作者: halsan
種撒くとき
1/86

村娼婦-求める者- 前編

 掠奪(りゃくだつ)の跡。


 暴力の灼熱に舐められた村が、今は凍える雨に打たれ、あちらこちらから目を焼く白煙と鼻を犯す異臭を放っている。


「これはまた派手にやられたもんだな」


 男は顔をしかめながらも白煙の中に足を踏み入れた。

 続けて耳をそばだてる。


 ここは盗賊どもによって既に殺された村。

 だが男には微かに伝わってくる。

 それは命が放つ最後の灯にも例えられる、静かな断末魔。


 さらに男は感覚を研ぎ澄ましていく。


 伝わる嘆き声。

「駄目だな」


 伝わる諦観(ていかん)

「こいつも駄目だ」


 つまらなそうに男は呟きながら、焼け落ちた村を抜けていく。


「ん?」


 不意に彼の興味を引く「あがき」が、彼の五感を刺激した。

 その刹那(せつな)、男は片方の眉だけを動かし、無言であがきの方向へと足を向けた。


 ◇ 


 物心がついたとき、既に少女は村の所有物であった。


 彼女は村はずれの小さな小屋に閉じ込められていた。

 しかし彼女はそれを疑問に持つことはなかった。

 何故なら彼女にとっては、小屋の中だけが彼女の世界であったから。

 外の世界など、彼女には思いもよらないものだったから。


 彼女は毎日満足な食事を与えられ、髪と身体を湯と香油で拭われ、小屋を訪れる様々な人々と楽しく戯れ、心地よい疲れに身を委ね、眠りについた。


 平穏な毎日。

 何不自由ない毎日。

 何の疑問も持たない毎日。


 そして、その日がやってきた。


「村長さま、今日は何をして遊ぶの?」


 少女はいつものように笑顔を浮かべ、村長を名乗る男の前で幼い言葉とは裏腹に、彼に教えられたように三つ指をつき、上目遣いでかしずいて見せる。


「今日はお客さまがお前と二人きりで遊んでくれるからね、粗相(そそう)をしてはいけないよ」

「わかったわ、村長さま」


 少女は小屋を訪れたお客さまに、その身を委ねた。


 毎日、湯と香油で磨かれた透き通るような髪と肌が、お客さまの視覚を刺激し、嗅覚を刺激し、触覚を刺激し、情欲を噴き上げさせる。

 そんなお客さまの耳元で、少女は村長たちに教えられたままの言葉を吐息とともになぞる。


「お客様、痛くしないでね……」


 少女は村の貴重な現金収入源となっていた。


 そうして月日が過ぎていく。


「無知は幸せである」

 これって誰が言った言葉だったかしら。


 少女は彼女の上で獣と化した男の肩越しに、小屋の天井にうごめく蜘蛛(くも)の姿を見つめながら、不意にそんなことを思い出した。


 それは客の誰かが(たわむ)れに教えてくれた言葉。

 その言葉が彼女を締め付ける。


 無知でいられたら、私は幸せだったのかな。


 男に首を絞められ、彼女自身を締め付けるように求められながら、少女は苦痛に(あらが)うように快感に溺れ、意識を白く濁らせていく。


 村人は少女に何も教えなかった。


 知らなければ疑問を持たない。

 疑問を持たなければ不満も出ない。


 確かに少女は幸せだった。

 最初の客を取るまでは。


 村長たちに客どもの口を(ふさ)ぐ程度の思慮があれば、彼女はその後も幸せでいたままだったのかもしれない。


 しかし彼女は知ってしまった。


 彼女の気を引こうと客たちが、遊戯の前に語る自慢話によって、彼女は知ってしまった。

「世界」を。


 彼女の中で果てた客たちが、眠りに落ちる前の寝物語によって、彼女は抱いてしまった。

「興味」を。


 客が帰ったあと、小屋は村の男たちによって片づけられ、少女は村の女たちによって髪と身体を磨かれ、種消しの薬草を飲まされた。


 客が少女にと、せめてもの慰みと置いていったささやかな髪飾りも、客が少女の求めるままに残していった薄っぺらな御伽草子おとぎぞうしも、全て片づけられた。

 少女に残された客の痕跡は、常に一切を洗い流された。


 しかし少女には残ってしまう。


「知識」という他に代えられない宝物が。


 いつしか少女は、ただただ新たな知識を客に求めるようになった。

 客の求めに何でも応じることを対価として。

 彼女は身体を削り、知識を蓄えていった。

 彼女の人生には何の役にも立たないであろう知識を。


 しかし、その日は唐突に訪れた。


 村はずれの小屋は盗賊の斥候により、最初に火を放たれた。

 盗賊どもは小屋が燃え上がるさまを狼煙(のろし)とし、村に襲い掛かった。


 もし盗賊の誰か一人でも少女に気付いていたならば、彼女は蹂躙じゅうりんされ、運が良ければ奴隷窟どれいくつに売り飛ばされ、そうでなければその場で、死ぬまで盗賊たちの慰みものとなったであろう。


 しかし盗賊どもは少女に気づくことなかった。

 なぜなら少女は、上客へ提供される極上の商品として、その存在をもったいぶるかのように隠されていたからだ。

 並の旅人は村の女どもが相手をしていた。

 だから盗賊どもは少女の存在に気付かないまま、景気づけとばかりに彼女が眠る小屋に火を放ったのだ。


 小屋の中しか世界を知らない少女は、そのまま煙に巻かれ、炎にその身体を(なぶ)られ、喉と肺を(いぶ)す煙と、肌を焼く炎がもたらす痛みに意識を刈り取られていった。

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