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人と魔のツァラネイン  作者: 立川みどり
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魔物とふたごの姉妹

    1 魔物とふたごの姉妹


 三人のツァラネインの話をしよう。ふたごのごとく瓜二つの容姿と同じ名をもつふたりの赤子と、彼らの父ともいうべき森の魔物の物語を。

 だが、そのまえに、赤子たちの母となりしふたりの乙女の話をしよう。


 アオラとサオラはリリカ村の農家の生まれで、栗色の波打つ髪も、青い瞳も、面差しも同じ。ひとりの赤子として生まれるはずだったのに、母の胎内でふたりに分かたれて生まれたふたごの姉妹であった。

 そのように生まれるふたごはよくあるが、アオラとサオラは、つねの一卵性双生児ではなかった。

 もとはひとりだったふたごといえども、ふつうは、別の人間である以上、育っていくうちにふたりに分かれ、別人になってゆく。だが、アオラとサオラには、ふたりの人間として生まれ育っていくうちにさえ、完全にふたりに分かたれぬ部分があったのである。

 アオラの背が伸びるときにはサオラの背も伸び、サオラが病めばアオラも病んだ。ふたりの絆は、湖底でつながったふたつの湖の一方が水かさを増したとき、もう一方も水かさを増すのに似ていた。

 また、アオラが喜ぶときにはサオラも喜び、サオラが悲しむときにはアオラも悲しんだ。姿ばかりか性格や考え方までが、両親にさえ区別のつかぬほど相似た姉妹だった。

 さて、姉妹の住むリリカ村の北には、野原をはさんでダナウェルの森が広がっていた。

 ダナウェルの森には言い伝えがある。

 森の奥深くに魔物が棲み、見目麗しき若者の姿にて乙女を惑わせ、かどわかす。ときには見目よき少年を誘い、連れ去ることもあるという。

 そのため、森の近くの村々では子供たちに言い聞かせた。

「けっして森の奥に踏み入ってはならないよ。森で見知らぬ者に招かれても、けっしてついていくんじゃないよ」

 また、子供たちがいたずらをしたときや親の言いつけを聞かないとき、親たちはこう言って子供たちを脅かした。

「かあさんの言うことを聞かない悪い子は、森の魔物がさらいに来るよ」

 おとなたちに脅されて、子どもたちは森と魔物を恐れた。アオラとサオラも例外ではなかったが、好奇心の強い子供たちだったゆえ、何度となく両親にたずねた。

「ほんとうに魔物なんているの?」

「見た人いるの?」

 そう聞かれれば、両親にもはっきり答えられぬ。いつ、どこの村の子供がさらわれたというような実話は知らない。すべては伝説であり、両親自身、子供のときに聞いた話にすぎぬ。たとえそのようなことが実際にあったとしても、はるか昔のことに違いなかった。

 だが、たんなる伝説とは思っていても、森に子供たちを近づけるのはなんとなく不安だった。それに、迷いやすい森の奥に入りこむのを禁じるのも、人さらいかもしれないよそ者についていかないよう戒めるのも、けっして無益なことではないし、「悪い子は森の魔物がさらいに来るよ」という脅しは、娘たちをしつけるために効果的だ。

 そこで両親は聞かれるたびに断言した。

「ほんとうだとも。だから、森にも見知らぬ者にも気をつけるのだよ」

 姉妹は森の魔物に好奇心をそそられたが、恐怖と警戒心のほうが先に立ったので、両親の言いつけを守り、他の子供たちと同じように、野原に行くことはあっても森の奥深くに立ち入ることはなかった。十一になってまもないある日までは。


 その日、アオラとサオラは、森の中に入る気は毛頭なかった。

 おとなたちの言いつけもあったし、うららかな日差しを浴びる野原に比べて、うっそうとした森は薄気味悪く見えた。そんなところにわざわざ入りたくはない。

 だが、姉妹が野原ではしゃぎながら野苺を摘んでいたとき、森の入口の木陰から子鹿が一匹顔を見せた。

 ものめずらしそうに人間の少女たちを眺めていた子鹿は、彼女たちが近寄るとさっと逃げる。だが、すぐに立ち止まり、少し離れたところから、また少女たちのようすを眺める。そうして少女たちが近寄ると、また逃げる。

 子鹿につられて、姉妹はいつしか森の中にさまよいこんでしまったのだ。

「たいへん。早く帰りましょう。叱られちゃうわ」

「そうね。帰りましょう」

 姉妹がそう言ったとき、前方にふいに人影が現われた。子鹿はその人を恐れるようすもなく、かたわらにぴたりと寄りそい、甘えるように鼻をすりよせて、頭をなでられるままになっている。

 その人は見知らぬ若者で、たとえようもなく美しく、あきらかに人間ではなかった。

 おもざしは人の子の美をはるかに超越して美しく、ゆるやかに波打ちながら流れ落ちる髪は萌えいずる春の若葉の色。肌は白樺の幹を思わせ、膝までの丈のゆるやかな草の色の衣をまとっていた。

 少女たちはすっかり恐ろしくなった。小さなころから何度となく聞かされた言い伝えが思い出される。

 と、その人は面を上げ、ブルーベリーの実のような色の瞳で少女たちを見た。無表情というには暖かくやさしい感じがするが、微笑というほどではない。そんなおだやかな表情で若者は口を開いた。

「この者を捕らえようとしているのか」

 この者というのが子鹿のことを指すとは、少女たちにはすぐには飲みこめなかった。それで、姉のアオラがおずおずと別のことをたずねた。

「あなたは魔物?」

 若者は首をかしげた。

「そう呼ばれたこともある。別の呼ばれ方をしたこともあるが」

 今度は少女たちが首をかしげる番だった。

「……じゃあ、魔物じゃないの? ほんとうは何なの?」

「別の呼ばれ方って、ほかにはなんと呼ばれたの?」

 口々にたずねられて、若者は根気よく、順に答えた。

「わたしはおまえたちが見ているとおりの者。それ以外の何者でもない。だが人間はさまざまな名でわたしの一族を呼ぶ。魔物、妖精、妖魔、森の精、神……」

「へーんなの」

 いつしか恐怖心の薄れた少女たちは、大胆になって言い返した。

「神さまと魔物じゃ、全然違うじゃないの」

「わたしに言われても困る。人間が勝手に、われらにさまざまな名をつけるのだ」

 少女たちは顔を見合わせた。

「あなた、魔物だとしても、悪い魔物じゃなさそうね」

「わたしたちを捕まえたり、お家に帰してくれなかったり、取って食べたりしないわよね」

 魔物でも妖精でも神でもある若者は、驚いているのか困っているのかよくわからない表情で少女たちを見つめた。

「わたしは人の子を取って食べたりしない。おまえたちのほうこそ、この者を捕らえ、食べようとしていたのではないのか?」

 若者が子鹿にちらりと目を向けて言ったので、少女たちはようやく「この者」というのが子鹿を指していると気がついた。

「あら、いいえ、違うわ」

「その子がかわいらしかったから、ついて来ただけよ」

「それはよかった」

 若者ははじめてほほえんだ。

「安心した」

「安心?」

「人間は恐ろしい生きものゆえ近づくなと、子供のころから何度も言い聞かされて育ったのだ」

 少女たちは驚いた。

「あなた、わたしたちが恐かったの?」

「少し。でも、もう恐くない」

 魔物の答えに少女たちは笑いだした。彼女たちの恐怖も、もはやすっかり消し飛んでいた。

 ひとたび恐怖が失せると、アオラとサオラはそのまま魔物と別れるのが惜しくなった。魔物は美しく魅力的で、そのうえ少女たちの子供らしい好奇心をそそり立てたのだ。

 魔物のほうも、人間の少女たちに興味を引かれていた。彼の一族は長命であったが、そのかわりめったに子が生まれることはなく、彼は子供を見たことがなかったのである。

 互いに興味をそそられたので、魔物と姉妹は親しくなり、いっしょに森を歩き、談笑した。

 子鹿は三人についてきた。子鹿だけでなく、兎やリスなど、森に棲むさまざまな動物たちが姿を現わし、小鳥たちが魔物の手や肩に止まった。

 ふだん人を避ける森の小動物や小鳥たちも魔物を恐れてはいない。そればかりか、彼とともにいるかぎりアオラとサオラも恐くないようだった。

 そんな体験は初めてだったので、ふたりはすっかりうれしくなった。

 森を歩きながら、少女たちは魔物に自分たちのことを話した。リリカ村の農家で両親とともに住んでいること、自分たちが本来はひとりの人間として生まれるはずであり、そのためか姿形も心も似通っていること……。

 魔物もまた、少女たちに自分のことを話した。彼の一族は、森のあちこちに散らばって住んでいること、一族の中で、自分がもっとも年若いこと……。

 だが、自らの名前だけは、少女たちが訊ねても教えようとはしなかった。

「わたしの名前は長いし、人間の耳には聞き分けられぬ音、人間の口には発音できぬ音が混じっている。それに、特別のとき、特別の人の前でしか名前を口に出してはならぬというのが、一族の掟なのだ」

 少女たちは好奇心をそそられたが、せっかくの新しい友だちをなくしたくなかったので素直にうなずいた。

「じゃあ、聞かない。でも、あなたをなんて呼べばいいの?」

「好きなように」

「あなたの一族の人とか、おとうさんやおかあさんは何て呼んでるの? それも教えちゃだめなの?」

「いや、それはかまわぬが……」

 魔物は不本意そうに告げた。

「《幼き者》。そう呼ばれている」

 少女たちはくすくす笑いだした。

「年上の人に《幼き者》なんて呼ぶの、変よね。《魔物さん》って呼んでもいい?」

 そこで相手が「妖精」とも「神」とも呼ばれたことがある生きものだと思い出して、少女たちはあわてて言い添えた。

「いやならやめるけど」

「それでかまわぬ」

 魔物は鷹揚にうなずいた。「魔物」という言葉が悪しき意味をもつのは、人が悪意を持ってそう呼ぶときのみ。少女たちが「魔物さん」と口にしたとき、そこに一片の悪意も侮蔑もなく、親しみと友情がこめられていたので、彼はこの呼び方が気に入った。

 名前以外のことなら、少女たちが訊ねれば、魔物はなんでも答えてくれた。

 魔物とともに過ごすのは楽しく、少女たちは時を忘れた。そうして、あたりが暗くなってはじめて、長居をしすぎたことに気がついた。

「たいへん。とうさんやかあさんが心配してるわ」

「早く帰らなくちゃ」

 魔物に送られて森の際に向かうと、やがて、ふたりを捜しにきた父親と村人たちの呼び声が聞こえた。

 人間のおとなたちを恐れるように、魔物は森の奥へ去り、娘たちを見つけた父親は安堵のあまりふたりをどなりつけた。

 姉妹は首をすくめ、ちらりと視線を交わした。言葉には出さずとも意志は通じた。森で会った魔物のことはけっしてだれにも話すまい、と。


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