八十六話 狂乱
リベルン砦は、ミコル教徒によって猛攻を受けていた。
「まさか、ベッジハード軍が壊滅...!?」
コルットラーの軍師、ホムズは狼狽えながらも、懸命に指揮をとっていた。
「慌てるな。なんのために我らがここにいると思っているのだ」
アーロンを押し除けて、レイファがズイズイと前に出てきた。メテオの軍は、まだかなりの軍が居残っている。
「すでにメテオの軍は展開しております故、ホムズ殿は自らの国を鼓舞することのみをお考えください。私の力があれば、砦は絶対に落ちることはありません」
珍しく、アーロンが饒舌である。守戦は彼の専売特許だった。
「無闘結界!」
砦に張り付いていたミコル兵は完全に弾き飛ばされてしまった。砦の周りには、見えない結界が張り巡らされている。
「無闘結界ねぇ...そんな技を隠してたわけか」
「何、一騎打ちには無用の長物です。私はそもそも、攻めの戦は嫌いですからね」
レイファは、あのエスミックが反乱を起こした時のことを思い出していた。その時に、アーロンと一騎打ちをしたのだが、どうもその時よりも強くなっているようにレイファは感じていた。
(一体どこで訓練してやがったんだ...?)
心の中にそんな疑問を抱えつつ、レイファは前線に向かった。ミコル兵を見下ろすと、結界を破ろうと何度も何度も突撃を繰り返しては弾き飛ばされる、滑稽な姿が見えた。
「可哀想になぁ...んなことしたって無駄だよ。雑魚は雑魚らしく黙って大人しくしてりゃ、死なずに済んだのになぁ」
レイファは、自身の斧を取り出した。常人には持つことのできないほど、重い斧である。
「重力の斧」
レイファは、無を切り裂くかのように斧を振り下ろした。途端に、結界に張り付いていたミコル兵達がぺしゃんこに潰れる。
「潰れたカエルみてえだなぁ...あんなの掃除する仕事があるんだって、やなこったなぁ」
レイファには見慣れた光景だ。いつものように、言葉を吐き捨て、砦の奥に帰ろうとしたのだが、今回はそうは行かなかった。背後に気配を感じ、咄嗟に飛び退いたところ、その部分の城壁が破壊されていた。
「避けた...?俺の一撃を?それにあの技...コルットラーにそんな兵士がいるとは、記録にないぞ。誰だ?」
「あんたこそ誰だ?俺の技を食らっておいて、ピンピンしてるんだ。おまけに、アーロンの無闘結界も破ったときた。只者じゃねえな」
「俺はウォルコム...此度の遠征の総司令官だ」
ウォルコムと名乗ったその男は、小柄な男だった。レイファが相当に大きいせいで、小人のようにさえ見える。
「へぇ...総司令が前線に突っ込んでくるって?どこぞの御伽噺じゃねえのか?それは」
「俺が名乗ったのだ。貴様も名乗らねば失礼と言うものだろう」
「これはこれは失礼...だが、上の許可がないと名乗っちゃいけねえんだ」
「それは神の教えか?」
「ああ、俺からしたら神様みたいなもんだよ。何があっても裏切らんさ」
ウォルコムは笑った。
「そうか!では、うちの神を信仰すると良い!お前には素質があるぞ」
「そうしてえなら俺をぶっ倒していくんだな」
レイファとウォルコムが激突した。風が震え、砦が笑うように震える。
異変は、すぐにアーロンが察した。
「無闘結界を破って侵入した者がいるらしい...1、2...3?」
「3?3人いると?」
「いや...不思議な感覚です。2人の気もするし、3人の気もする...」
アーロンは、結界を破った者があれば、すぐに察知できるほどには熟練していた。侵入者の数がわからないのは、初めてのことである。
「ここを動かないほうがいいでしょう。少なくとも、この結界を破ると言うのは只者ではありません。私と同じか、それ以上の力がなければ破れませんからね」
「では、兵がなだれ込んで来るのでは?」
「結界全体が壊れているわけではないようです。そもそも、この結界を壊そうとすれば、私の力の10倍は必要です。簡単な芸当ではありませんよ。入るだけならそこまで難しいわけではありませんがね」
しかし、精鋭ミコルの兵達のうちでもたった2、3人しか侵入することができていないのは事実である。アーロンの結界には確かに意味があった。
「失敬...名のある将は貴殿らしかいないのか?」
アーロン達の目の前には、2人の男がいつのまにか立っていた。1人は若く、もう1人は老人である。
「ケッ...おっさんどもじゃあ面白くねえなぁ。殺しがいのあるやつを望んでたのによ」
若い男がボヤく。
「しっかし、妙だな。あと1人いたと思ったんだが?お前らの5倍は強そうなやつが」
アーロンには、それがレイファのことを指していることがわかった。
「間者でもいるのかな?」
「そいつぁ言えねえ。秘密だ」
アーロンはホムズに耳打ちした。
「城内の兵を率いて打って出てください。結界の外に出るのは誰でも出来ます故...彼らはおそらく何も考えずに突撃してきています。城外には雑兵しかいないでしょう」
「し、しかしこの場は...」
「心配なされるな。私は自分のことなら何があっても守り通します」
アーロンの真面目な瞳は、ホムズに従う以外の選択肢を与えてくれなかった。
「秘密の相談は終わりましたかな?」
老人が声をかけてくる。それと同時に、ホムズは姿を消した。その次の瞬間、兵を率いて門の外に打って出る。突然敵兵が門から飛び出してきたと言う事実に、ミコル兵は混乱し、収拾がつかなくなってしまった。当然、指揮官は全員結界を突破して砦内に侵入している。統率を取れるものはいなかった。
「兵を率いる人間が必要だ。爺さん、戻ってやってくれ」
「やれやれ...最近の若いもんは人使いが荒いのぉ。老人は労わるもんじゃと習わんかったのか?」
そう老人は言いながらも、若者の言うことに従って砦の外に出ようとした。しかし、何度やっても、壁内から出ることはできない。
「おかしいのぉ...入る時は簡単じゃったんじゃが...何かしたのかな?青二才」
「私は青二才と呼ばれるほど若くはないが?」
「質問に答えんか!」
「...私の結界にヅケヅケと入り込んできて、無事で帰れると思うなよ...」
アーロンが珍しく怒っている。結界に入ってきたと言う時点で、アーロンより強いことは事実なのだが、彼は目の前の敵を全く恐れていなかった。
「じゃあ、お前が相手してくれるんだろうな?」
若者が拳をポキポキと鳴らして挑発する。
「確かにそれが良い...やつを倒せば結界は全て解ける。若造、良いところに気づくのじゃな」
「爺さんが耄碌してるだけだろう」
アーロンは額に冷や汗をかいた。どちらかを相手するだけでも、勝てるかどうかわからないのだ。2人同時とあっては、まず勝ち目はない。敵に弱みを見せないために強がってはみたものの、アーロンは少しだけ後悔していた。
(判断を違えたか...?)
アーロンはしげしげと相手を見やったが、どうしてか一向に攻めてくる気配がない。
「貴様ら、攻めて来んのか!」
「いや、名前を言っていなかったなぁと思ってな。こう言うのは名乗ってからいくもんだろう?」
若者が挑発的に言った。名前ぐらいは聞いてやる、と言っているようにも聞こえる。
「私はアーー」
そう、言いかけた時だった。爆音が響き渡り、ガタガタと砦が歌っている。今にも爆発しそうな勢いだ。
「レイファか...?一体何があったんだ」
アーロンは咄嗟に自分の周りにバリアを張り、なんとか耐え凌いでいたが、ミコル軍の2人はそうもいかなかった。突然降りかかる重力に逆らえない。2人は膝をつき、完全に動けなくなってしまった。
「なんだこりゃ...潰れちまう...」
「さっきの重力とは比較にならんのう...とんでもない力じゃ...」
うずくまる2人の元に、血だらけの大男がやってきた。
「レイファ!程度と言うものを考えろ!」
アーロンが叫んだが、レイファは聞く耳を持たない。
「うるせえな!俺は今イライラしてんだよ!逃げられちまった。厄介なことになるぜ?こりゃ」
レイファのその発言を聞いて、老人と若者は顔を合わせてニヤリと笑った。
「なるほど...総司令は上手くやったと言うことじゃな」
「そうとあっちゃこんなところにいる訳はねえんだ。さっさとずらかるぞ」
2人は瞬間移動でその場を脱した。アーロンの結界で塞がれていたはずだが、レイファの重力のせいで解けてしまっていた。
「てめえら!!!」
レイファは怒った。アーロンの結界に、更に重荷がのしかかる。アーロンの結界がひび割れた。
「良い加減にしないか!レイファ!」
アーロンの声は、レイファの元に届かない。レイファはそのまま、敵を追って飛び出していってしまった。
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