八十五話 謎
どうしたものか、とイーブルは悩んだ。当然、地鳴りのおかげで、ナイトメアらベッジハードの援軍が来たことはわかっている。しかし、目の前の敵は、戦いをやめてはくれてくれなかった。
「これ以上戦うのは時間の無駄だ」
「黙りなさい!あなたを倒すまで、私はここを立ち去りませんよ」
「...これ以上相手にしていられん」
イーブルは、ダミアンに背を向けて逃げ出した。
「ハッ、戦士の誇りもないのですね。敵に背中を向けて逃げ出すとは」
ダミアンは、嘲りながらイーブルを追う。イーブルは、ベッジハードの援軍と、ミコル兵とが混戦している丘目掛けて走り続けた。
「誰だ!?貴様は!」
ミコル兵と戦っていたジャックが声を荒げた。
「イーブル・クロック。時間がないんだ。通してくれないか」
「あんたがなんでこんなところに?」
「説明している暇は...」
イーブルとジャックが言い合っている間に、ダミアンが追いついてしまった。
「逃げるとは卑怯な男ですね」
「戦略的撤退、というやつだ」
「なんだ、あんた逃げてきたってわけか」
ジャックが意地悪そうに言った。口角が不自然に上がっている。
「そういうわけだ。あとは頼んでいいな?」
「おう任せろ。敗将の手は借りずとも良い」
「そいつは死なんぞ?」
「そんな生命体がいるわけないだろう」
ジャックには話を聞く気がなかった。それをイーブルも察したのか、すぐにその場を走り去る。
「待ちなさい!我が神を愚弄したことを許したわけでは...」
追おうとするダミアンを、ジャックは一刀にして斬り伏せた。
「俺の目の前を堂々と通り過ぎることができると思うなよ...狂信者共が」
二つに割れた胴体の顔が笑っていたことに、ジャックは気が付かなかった。
イーブルは、名もなき砦に急いだ。しかし、砦にはタチャンカと見慣れない女が1人いるだけであった。
「キングダムはどうした?」
「イーブルか。一応、礼は言っておこうか。ガンツとマックスを助けたらしいからな」
「当然のことだ。ここの砦の守りはいいのか?」
「ああ、今ナイトメアたちが敵の掃討に向かっている。時間の問題だ」
イーブルはふと、女の方を見やった。目があったことに気づいたのか、女の方から喋りかけてきた。
「あんたがイーブルか。初めて見たけど、あんまり強そうじゃないね」
「私は武官ではないからな」
イーブルは短く答えた。
「へえ。じゃ、女の私にも負けるかもしれないのか?」
「貴女が武官であるなら。名をなんと?」
「イルゼ・フィーナ」
2人は少しだけ睨み合ったが、すぐにタチャンカによって止められた。
「よせ。一応は恩人だ。戦力を削ぐのも好ましくはない」
イーブルは目線を和らげた。
「フッ。柄にもなかったな。女性に対して失礼な言動をした。陳謝する」
「へえ...」
イルゼはしたり顔で引き下がった。
「今は、掃討作戦。と言ったところか」
「その通り。コルットラーの領土から異物を除外する作業だ。なんの問題もありはしない」
タチャンカは大義そうにイーブルに言いおいた。イーブルはそのタチャンカをしげしげと見やる。いぶかしんだタチャンカは、思いついたように声を荒げた。
「ここでの戦いは混戦だったようだが、周りの様子に変化はなかったか!?」
「さあな...周りなど、見る暇もないほどの混戦だった。ガンツやマックスはここでの戦いの記憶がないだろうし、全てを見渡せたのはキングダムだけか...と言っても、怪我人2人を守っていたのだから、意識は散漫になっていてもおかしくはない」
イーブルはなんということはなさそうにとそう答えた。途端、タチャンカの顔が青ざめる。
「今すぐにナイトメアを引き換えさせろ!イルゼ!」
「はあ?なんで」
「今すぐにだ!!!残党狩り、侵攻作戦を中止して全速力でリベルン砦に戻るぞ!!!」
イルゼは訳がわかっていないようだった。仰々しくイーブルがそれに答える。
「リベルン砦への奇襲攻撃。今頃はリベルン砦が陥落し、コルットラー兵及び駐屯していた我が軍隊も全滅...」
「それはここが落ちてないんだからありえないんじゃ...」
「それは砦が普段通りであったら。混戦状態では、そうだな...空でも飛ばれたら、わからないな」
イルゼは真っ青になってナイトメアに思念交信を送った。
「ナイトメア!今すぐ兵士を率いて帰ってきな!」
「何故、貴様に命令されなきゃなんねーんだよ」
「タチャンカの指令だ!さっさと戻ってこい!」
「おい、イルゼ!どういうことだ!」
ナイトメアがそう言った時には、もう思念交信は切れていた。
「はぁ...せっかく雑魚狩りを楽しんでいたというのに...だが、タチャンカがそう言うと言うことは、残党狩りよりも重大なことが起こったのか...」
ナイトメアはそう考え、すぐさま兵を率いて砦へと引き返そうとした。
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