八十三話 前人未到の域
「なぁ、スレイン。ここで登場する俺めちゃくちゃカッコいいと思うんだが、どうだろうか?」
「アァ!?ナイトメア、そんなのどう考えたって俺の方がカッコイイだろォォォォォ」
かなりの高級魚を食したからか、スレインの昂りは常軌を逸している。
「オズワルドォ!ファイン!行くぜぇぇぇぇ」
「はい!」
「ふ、ふぁい!」
スレインはその瞬間、風と消える。
戦場を舞い、数秒の間に辺りの数百もの敵を一掃してしまう。
「私、来る意味あった…?本国に戻った方がいいんじゃ…」
「いいだろそんなん!俺らはこっちで楽しもうぜ!」
ファインは経済面でも軍事面でも厳しい状況に立たされている本国に残った父や叔父が心配なのだろう。が、オズワルドはそんな事は露知らずである。
ナイトメアはというと、ジャックとヴァイザーに指令を出し、作戦を展開しようとしている。
「ヴァイザー、ジャックの部隊は両翼に展開し、偃月の陣を組み、敵を削ってこい。本軍はそのまま鋒矢の陣で突撃体制を組む。良いか!!」
「「御意!!!」」
「作戦とかどうでも良いだろォ!?視界に映る敵は俺が数秒で片付ける!」
そう言ってまた辺りの敵を蹴散らしていく。彼は技術で作った剣を異常な速さで振り回しているだけだ。しかし、特殊技術持ちのミコル教徒でさえすぐに屍となってしまう。
「無策に突っ込むな、スレイン。相手だって強者がいるからここまで侵攻できているんだ。そうでもないと簡単にベッジハード軍がこんな下賤な輩に遅れをとるわけ無いからな。だから、ベッジハード軍が籠城してる砦までは陣を組んでくれ頼む。万が一という事もあるからな」
珍しくナイトメアがまともな事を言った。
「うるせえ関係ねぇ!そうだろ2人ともォ!?なぁ!?」
「もちろんっすよ!」
「い、いや…言う事は聞いた方が良いんじゃ…」
「よっしゃ行くぞォ!」
もはや自分に同意しない意見など聞こえていないらしい。そしてファインを除く、シュライド軍はスレインと共に突撃して行った。
「はぁ...とりあえずヴァイザーとジャックは作戦通りに動け」
「「...御意」」
二人の部隊は両翼に散っていった。
「...ファイン君はどうする、スレインについて行くか?」
「もう帰りたいです。パ…父が心配ですから」
「君は軍人なのか、それとも文官なのか?」
「えっ…うーん…」
少しだけ困った表情を見せるファインだったが、すぐに諦めたような様子で答える。
「どちらでもないです。私は単なる優秀な父の七光りですから」
ナイトメアはなんとも歯痒い感覚に襲われた。気まずいのだ。
「一応、今は軍人としてこの戦場に来てるから一緒に頑張ろうな、パパに関してはこの戦いが終わってから...」
「まぁ殆どスレインがやっちゃうでしょうけど…頑張ります。早く片付けて『父』の所に戻らないといけないので」
「なら、一時的にお前は瞬間移動でスレインと合流しろ。それが『パパ』に会う最速の手段だ。良いな?」
小声でくぅ、という声が漏れるのが、ナイトメアには聞こえた。
「…はい。分かりました」
一方その頃、ベッジハード軍はというと。
「チッ、なんて間の悪いやつらなのかしら...」
「これこそが、起死回生というのだよ」
キングダムは勝利を確信したように言い放つ。
「けどこの状況が変わったわけじゃないわ。隙をついてお仲間を取り戻せたかも知れないけど、今この場で有利なのは私達。援軍かなにか知らないけど、あんたらを人質にとってしまえば私達の勝ちよ」
「ふむ…今のあの男に人質など通用すると良いのだがな…」
下から物凄い爆発音が聞こえた。それに対し、アイザックがぼやく。
「何、まだ援軍に来た奴らは前線の同志達とやり合ってるはず...」
すると砦の中に凄まじい程の旋風が吹き荒れ、キングダム達がいる部屋の扉が吹き飛んだ。それと同時に人らしき黒い影がマーティンの目の前にいきなり現れた…ように見えた。
「何、これ…っ」
「俺ェェェ!」
スレインはマーティンの全身に十本もの神吹聖剣を貫通させていた。
「痛いぃ!!けど気持ちいぃ!!!」
「ヒィッ、気色悪ィ。じゃあ逝かせてやるぜェ!」
「けど甘いわねぇ...事実入替」
アイザックが慌てた様子でマーティンに叫ぶ。
「待って、それは使わない約束...」
「あの時の恩は返してモ・ラ・ウ・ワ・ヨ」
すると串刺しになっていたマーティンと扉付近に立ち尽くしていたアイザックの位置と「串刺しにされた」という事実が入れ替わった。
その瞬間、アイザックが血反吐を吐き、今にも枯れそうな声でマーティンに告げる。
「あんた...呪うわよ...」
「きっと楽園のコンシエンシア様の所へ行けるわよ。貴方は立派に尽くしたんだから、呪ったりして台無しにしないで」
するとアイザックの顔に笑みが浮かび、そのまま絶命していった。
スレインは一瞬、何が起きたのかわからなくなって動きを止めてしまっていた。その隙に、マーティンは逃走を図る。
「今よ…!」
マーティンはニヤリと笑いながら瞬間移動を行使する。0.1秒にも満たないタイムラグ。
そして、マーティンは消え去った。
しかし、スレインは何も気にする様子を見せずに狩りに戻っていく。
その様子を見ていたファインは、驚きのあまり暫く声が出なかった。
「スレイン、ほんと意味分かんないわ…あの一瞬で…
入れ替わる余裕を与えないように粉々に消し飛ばすなんて」
キングダムは慌てふためき、スレインに礼をする。
「スレイン殿、感謝の念が尽きないが今は礼をしてる暇はない。状況を説明してくれるか?」
「あァ?そういうのはナイトメアに頼むんだな、めんどくせェ。とりあえずもう辺りに敵はいねぇぞ」
当然、キングダムは聞きたい事が山のようにあるので、スレインに質問攻めをする。
「やはりナイトメアが来ている...他の将達も来ているのか?」
「なんで味方の事も分からねェんだァ!?」
アァ…と低い声でうねりながら何かを思い出そうとするスレイン。
「後ろで俺とは別に動くとかなんとか言ってた気がするなァ。確かナイトメア以外の将は別働隊で動くとか何とかァ」
「成る程、では南方と連絡が繋がらなかったのは何故?」
「俺に質問してくるんじゃぁねェ!そんなの知ら...あぁ、ユイリィが確か...まぁいいや。ナイトメアに聞きやがれ」
「そうさせて貰おう。ナイトメアも近くまで来たようだしな」
仮にも国直属の電撃部隊やコルットラー軍を苦戦させたミコル兵は、スレインの単騎突撃により、一瞬で壊滅したのだ。
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