八十二話 英雄物語
「死なない体のようだな」
イーブルは疲弊していた。切っても切っても手応えがなく、ダミアンはどんどん再生していく。異形の者はいくらでも見慣れていたイーブルだが、こんなことは初めてである。
「「貴様こそ...なぜそこまで余裕なのだ?私に勝てぬことはわかっているだろうに...」」
ダミアンは、もはや人の原型を残してはいない。人語を話す怪物に他ならない。しかし、彼の発言は正しかった。イーブルに、ダミアンを殺すほどの力はなかった。
「それは貴様も同じだ。私の周りをちょろちょろしているこの肉片に頼りきりなんだろう?」
ダミアンは返答できなかった。それもまた、事実なのだ。肉片となったダミアンの女の部分は、小さなレイピアを持ってイーブルの体に風穴を開けようとしているのだが、イーブルにその技は通用しなかった。
「もう、遊戯はそれで終わりでいいだろう?付き合うのも面倒でな」
イーブルはダミアンに背を向けた。ダミアンも、それを追わなかった。
ふと、イーブルが足を止めて振り返った。見ると、ダミアンの体は綺麗に元通りになっている。
「なるほどな...」
イーブルは不敵に笑った。
「なんだ?その笑みは」
「いや、なんでもない。それより貴様、名はなんと言う」
「...ダミアン・ブラウンだ」
「なんと哀れなことか...神の救いのあらんことを...」
「神」という言葉をミコル教徒の前で言ってはいけなかった。
「貴様!我がミコル教の神を愚弄したか!」
「気づいているのではないか。ミコル教など信仰しても、お前の体は元に戻らぬ。神は助けてくれないのだよ」
信仰をバカにされたダミアンはさらに怒り狂い、イーブルに切りかかった。しかし、子供の力ではどうにもならない。イーブルに剣を合わせられると、ダミアンの剣の方が折れてしまった。
「お前に私は殺せない。しかし、私もまたお前を殺せない。これ以上の戦いは不毛だと言っているのがわからんのか?」
「黙れ!神を愚弄した貴様を許すわけにはいかんのだ!」
狂信者に、言葉は通じない。イーブルは、自分の失言を悔いた。
「チッ...こんなやつに構ってはいられないというのに...早く砦に戻らなければ」
そうは思っても、イーブルは、ここでダミアンの相手をし続けるしかなかった。絶対に勝てない相手と戦い続けるのは、イーブルの心情に反する。しかし、どこまで逃げても追いかけてくる狂信者ダミアンは、絶対にイーブルを逃がしてはくれなかった。
一方、ヤマトは敵兵をなぎ倒し続けていた。あの変な女に絡まれることもなく、気持ちよく無双ができるのは、ヤマトにとっても爽快だったが、何か張り合いがなかった。
「俺とまともに勝負できる奴はどこかにいないのか!!!」
叫んでも、返事をする者はいない。いつのまにか、かなり遠くまで来てしまったようである。崖を越えたわけでもないのに、砦が見えなくなっている。彼は、敵が周りから完全にいなくなってから気づいた。敵の陽動に引っかかっていたのだ。
「迷ったか...?まあいい、死体を辿っていけば砦に着くだろう」
この判断は正しかったのだが、ヤマトはミコル兵をあまりにも殺しすぎていた。死体があちこちに散らばっており、どこから来たのかよくわからない。
「早く戻らねえと...なんか嫌な予感がするんだよなぁ」
ヤマトの嫌な予感は、的中していた。
「2度目は通用せんぞ!」
「あら...残念ね。せっかく美味しくいただいてあげようと思ったのに...」
砦内では、マーティンが目を覚ましていた。イーブルの金縛りが解けてしまったのだ。
「毒使いだ、とイーブルは言っていたな。毒にさえ警戒すれば、恐るるに足る相手ではなさそうだが...」
しかし、キングダムもガンツも動けなかった。不意に起き上がってきたマーティンに気を取られ、マックスとサザンクロスを人質に取られていたのだ。
「2人の命が惜しいんでしょう?さあ、砦を明け渡しなさい」
「そんなことができるわけがないだろう!」
マーティンは、長いまつ毛のついた瞳を下げた。憂いを帯びた美女のような格好だが、筋骨隆々の大男である。
「そう...残念ね...」
マーティンが、マックスの口元に、自身の唇を合わせようとする。ニミッツを殺した時と同じ、処刑方法である。
「てめえ...!」
ガンツが怒って飛び出した。右拳を上げ、思いっきり殴り飛ばした...はずだったのだが、何者かに止められてしまった。
「遅いわよ...アイザック。起きたらこんなところに1人で、私とっても不安だったんだから!」
「うるさい。あんたは気持ち悪くてたまんないわ。けど、あなたのおかげで私の体に傷をつけた輩を潰せるなら、それも悪くないわ」
アイザックは、ガンツの拳を両手で受け止め、投げ返した。彼女の体には、ヤマトにつけられた痛々しい傷痕がまだ残っている。血は止まっていなかったが、それがさらに彼女のおどろおどろしさを確かなものにしていた。
キングダムは額に冷や汗をかいた。ヤマトは戻ってくる気配がなく、イーブルも現在敵と交戦中とあっては、救援は望み薄だ。可能性があるとすれば、黒衣の男を追っていたエリカが駆けつけてくれることだが、それも間に合うことはないだろう。
「あなた達に勝ち目はないわよ...?さあ、ここを明け渡しなさい」
「...」
キングダムの体さえ自由に動けば、この状況を打開できたかも知れない。しかし、後遺症の影響で、どうにも上手く体が動かない。
ガンツ1人で、ミコル軍の将軍2人を相手取るのは、流石に厳しいものがあった。
すると、あたりがやけに騒がしくなった。
「何よ!この地鳴りは」
狼狽えるマーティン達だったが、キングダムは安堵の表情を浮かべていた。
土ぼこりの向こう側には、巨大な軍が見え隠れしている。間違いなく、シュライドの援軍であった。
「ナイトメアめ...英雄は遅れてやってくる、を真面目にやる必要はないだろうに」
キングダムは憎まれ口を叩いたが、口元は笑っていた。マーティン達がシュライドの軍に気を取られている隙に、ガンツが2人を取り戻す。完全に、形勢は逆転した。
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