八十一話 陽はまた昇る
イーブルは、動けなくなった2人と、人質のマーティンを抱え、キングダムの待つ砦に到着した。ヤマトのおかげで、砦に張り付くミコル兵は、ほぼ一掃されており、砦上のキングダムとは簡単に会話することができた。
「貴国のマックスとガンツが怪我をした。引き渡すから、治療をしてやってくれ」
突然、イーブルが現れたことに対し、さしものキングダムも驚きを隠せない。
「あいつがやったに決まってる!罠だぜキングダム、俺が行って叩きのめしてやる!」
はやるヤマトをキングダムは懸命に抑えた。ヤマトら狂神五人衆にとって、アルバートに完膚なきまでに叩きのめされたことが記憶に新しい。そのせいで、後遺症が残ったことを、ヤマトは根に持っていた。
「ガンツだけならともかく、イーブルがどうやってマックスを倒すんだ。それに...彼はもう1人抱えていた。おそらく、ミコルの将だろう。彼はガンツとマックスを助けてくれたと考えるのが筋だ」
「じゃあなんであいつがこんなところにいるんだよ!!!」
その質問に、キングダムは答えられなかった。ほんの少しだけ、間が空いた後、キングダムが口を開く。
「それは彼に聞けばいい...とりあえず、マックスとガンツの治療が最優先だ」
「チッ...わかったよ。お前の言うとおりにするよ」
ブツクサと文句を言いながら、ヤマトが門を開き、イーブルを中に引き入れた。
ヤマトの予想に反し、イーブルの方は全く敵意を示さなかった。それが、なおさらヤマトを苛立たせた。不機嫌なヤマトを尻目に、キングダムとイーブルは話し始めていた。
「まずは、感謝が先でしょうか...しかし、なぜ2人はこのような状況に?」
「詳しいことは私にもわからん。ただ、毒にやられたことは確かだ。この男が使った毒だろう」
イーブルはそう言って、マーティンの方を指差した。
「重篤な症状だが、死相は出ていない。どうも、死に至る毒ではないようだが、解析してみないことには詳しいことは言えん。ただ、おそらくは不意打ち的に毒を喰らってしまったんだろう」
「もう、マックスもガンツも戦えないと?」
「さあな。薬師に見せて、解毒薬を処方してもらうまでは、まともに動くことも叶わないだろう」
「では、すぐに呼ばせよう」
ヤマトはわざとらしく舌打ちした。マックス達が戦闘不能になったことに対してではない。イーブルが味方面をするのが気に入らなかったのである。
「う...」
ガンツが、少しだけ声を出した。
「ガンツ!?大丈夫か?話せるか?」
キングダムが慌ててガンツに駆け寄る。ガンツの口に耳を合わせ、懸命にガンツの声を聞き取ろうとした。
「意識はずっとあった...でも、体は少しも動かないし、声すらも出なかった...」
今にも消えそうな声だったが、ヤマトやイーブルにもそれは聞こえていた。
「と言うことは、マックスも意識はあるのか?」
キングダムの問いには、イーブルが首を振った。
「いや、マックスは私と少しだけ会話ができたんだが、その後で気絶したんだ。マックスはおそらく意識がないだろう。解毒すれば、ガンツはどうにか戦えるかもしれないが、マックスはわからないな」
そのイーブルの言葉通りであった。
薬師のおかげで、ガンツはすぐに元気になったのだが、マックスはいつまで経っても目覚めなかった。
「疲れの影響でしょう。おそらく、相当体に鞭を打って戦っていた...毒は完治しましたが、疲れはどうにもなりません。しばらく、休ませるしか...」
申し訳なさそうな薬師に、キングダムは労いの言葉をかけ、後方に下がらせた。
「ヤマト、敵の様子は?」
「それが嘘みたいに静かなもんで...俺の強さにビビってこなくなっちまったんじゃねえか?」
「それなら良いんだがな」
そんな冗談を言い合いながら、彼らはマックスの回復を待つ。しかし、キングダムには、気になることがあった。
「いくらなんでも、サザンクロスが遅すぎる。何かあったと考えるのが妥当だろう。ヤマト、ガンツ、探しに行ってくれ」
「おっしゃ!汚名返上、と行こうか。まずはヤマトが行った方向へーー」
ガンツが気合を入れた時、辺りが突然、騒がしくなった。
「プリマ!コンシエンシア!」
まるでこちらの様子が筒抜けであるかのように、落ち着いたらいつも攻めてくる。キングダムも、苛立ちを隠せなかった。
「イーブル殿...すみませんが、お力添えをお願いしたく」
「構わない。私もここへ戦いに来たのだ」
イーブル、ヤマト、ガンツの3人で、敵を迎え撃つ。
「イーブル!足だけは引っ張ってくれるなよ!」
「...」
ヤマトの挑発に、イーブルが乗ることはなかった。
ヤマトはそれが癪に触ったが、気を取り直して敵に猛攻を仕掛けた。元々、雑兵程度に負ける彼ではない。蜘蛛の子を散らすように、ミコル兵は逃げた。ヤマトの周りからは、相変わらずミコル兵が消えていた。
「狂神と呼ばれるだけはある...流石の強さだな」
イーブルは、ヤマトの戦いを横目に、敵の攻撃をヒラヒラと交わしていた。イーブルのすぐそばにいたガンツは、彼に怒号を飛ばす。
「貴様!その戦い方はふざけているのか!」
「私は疲れたくない。これで敵が倒れていくなら、そんなに楽な戦いはないではないか」
ガンツは、イーブルの言っている意味がわからなかった。しかし、避けているだけなのに、イーブルの周りのミコル兵は次々と倒れていく。
「なんの能力だ?それは」
「生気吸収...それだけ言えばわかるだろう」
「ふん、雑魚狩りに向いた能力だな!」
ガンツはそう言い残すと、イーブルの元を離れて、敵を求めて敵に突撃していった。
「負け犬の遠吠え...そうは思わんか?少年」
イーブルは、背後から近づく人の気配を察知していた。後ろから剣を突き刺そうとしていた少年、ダミアンは力なく剣を下ろす。
「バレていましたか...」
「生気を吸収できない生物が近くに居れば、わかるんだよ。相性が悪かったな」
ダミアンは剣を捨てて、両手を上げた。
「僕の負けです。さあ、首を刎ねなさい」
イーブルはそれを聞き、意地悪く笑った。
「私は天邪鬼な性分でね。しろと言われたことはしたくなくなるんだ。では、私に相応しい敵を探すとするか...まあ、存在しないだろうが、な」
「本当に良いんですか?私の首を刎ねないと、今ここに捕虜として生かしてあるサザンクロスの命はありませんよ」
パチンとダミアンが指を鳴らすと、どこからともなく、気絶したサザンクロスが出現した。ダミアンは、イーブルの動揺を誘っていたのだが、イーブルの反応はダミアンの目論みからは外れていた。
「誰だ?そいつは?」
「な...!?サザンクロスを知らない...!?」
「ああ、知らないな。私は知らない人を助けるために全力を出そうとは思わない。どうぞ、煮るなり焼くなりしてくれ」
「!?」
人の心のない男だとダミアンは思った。その後、何かをダミアンが言おうとする前に、ガンツが飛んでやってきた。そのまま、ダミアンの脳天をかち割る。そして、サザンクロスの身柄をガンツ自身で保護した。
「イーブル!やはり貴様は私達の敵なのだな!」
怒っているはずのガンツの声は、イーブルにはむしろ嬉々としているように聞こえた。
呆れた顔をしながら、イーブルは答える。
「サザンクロスを本当に私が知らないとでも思っていたのか?聞こえているなら、やつが首を刎ねろと言っていたのも聞こえたはずだ。見え透いた罠にわざわざかかってやる必要もないと思っていたのだが...見ろ」
ダミアンの、かち割られた脳天から飛び散った脳の破片から、人型の「何か」が生まれている。頭からは無数の頭が生えてきており、異形の怪物、そのものである。
「「貴様はガンツ...狂神五人衆の1人...黒い方は、誰だ?」」
「イーブル・クロック。貴様も国家の要人ならば、名前ぐらいは聞いたことがあるだろう」
「「あのイーブル・クロックがお出ましか!コルットラーの領土をよほど守ってやりたいらしい!」」
細かく砕けた頭から、相変わらず重なって音が聞こえるのだが、今回は少々細かく飛び散りすぎており、1人1人が何を言っているのかはわからない。
異形の怪物、ダミアンは一歩ずつ、イーブル達に近づいてくる。
イーブルは、咄嗟に爆撃魔法を使って、胴体ごとダミアンの体を吹き飛ばした。
ただの肉片と貸したダミアンでも、肉片同士の結合と、肉片そのものが自我を持つせいで、結局先ほどよりも数が増え、より事態は悪化してしまった。
「ガンツ、サザンクロスを砦内に運び込め。助かりたいならな」
ガンツは、少しだけ返答に迷った。自分の命は元よりどうでも良いものである。しかしサザンクロスは、大事な戦友だ。当然、見捨てるわけにはいかない。
「味方を殺す気か?」
「貴様1人でこの場は不安だ」
「任せろ、遠吠え君。私は少々強いのだよ」
遠吠え君、の意味がガンツにはわからなかったが、そんなことはどうでもよかった。サザンクロスとマックスが戦闘不能になっていることをキングダムに告げ、早速ガンツ自身もイーブルへの救援へ行こうとしたのだが、キングダムに止められてしまった。
「ここを手薄にしては、マックスとサザンクロスの身柄が危ない。私1人で2人は守れん。ガンツ、ここにいてくれ。イーブルなら大丈夫だろう」
「やつが裏切らねえように監視しとかねえとならねえんだ!」
ガンツも、ヤマトほどではないにせよ、割と排外的な思考を持っている。キングダムはため息をついた。
「もし彼がスパイなら、瀕死状態のマックスや、貴方を見つけた時点で、殺しているはずだ。彼は今、名実ともに味方だ。彼の実力に嘘偽りはない」
そう言われては、ガンツも言い返す言葉がなかった。ガンツは、砦内での戦闘不能者を守るため、1人で残ることを決意したが、頭の中はイーブルのことで頭がいっぱいであった。
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