八十話 鉄血宰相
「いってえ...何しやがるんだ!」
ヤマトはかなり遠くまで、殴り飛ばされていた。防御姿勢を取れていなかったせいだが、女に殴られたことが彼のプライドを傷つけた。
カルメンは、もはや答えることすらもしなかった。ただ、怒り狂いながらヤマトに迫ってくるだけである。いつのまにか、目の黒い部分が真っ赤に染まっており、先ほどまではなかったはずのキバが口から生えていた。
「!?」
ヤマトはカルメンの素早さに対応できなかった。武器さえ取れれば、互角に渡り合うことができるものの、彼女はその隙を与えてくれない。距離を取ろうとしても、凄まじいスピードで追いかけてくる。顔は、まるで般若の如く恐ろしい。
幸い、女だからか、カルメンにはパワーがなかった。しっかりと受け止められれば、致命傷になることはない。しかし、ヤマトにとって、防御というのは最も苦手な行為である。隙を見つけて、攻撃に転じようとする度に、逆に隙を晒してしまう。ヤマトの体は、あちこちに傷がついてしまっていた。
「貴様...!!!」
カルメンもそうだが、ヤマトも怒髪天をつく勢いで怒っている。攻撃を受けながら、自分が後退していることにすら気づいていなかった。
「ヤマト!冷静になれ!」
ハッとして、ヤマトは振り返った。砦の上から、キングダムが通らない声を張り上げて統率を取っている。いつの間にか、砦まで戻ってきてしまっていたのだ。
「オラァ!!!」
「ふん!」
ヤマトは、キングダムの声を聞いて初めて、カルメンの一撃をまともに受け止めることができた。その隙に、自らの得物を取り出し、カルメンに向けて切りかかる。避けきれず、彼女は深手を負ってしまった。
「グゥ...ガッ!!!」
「なっ!?」
カルメンは、深手を負ったとは思えない身のこなしで、立ちはだかるヤマトを突き飛ばし、崖の上へと姿を消した。
ややあってから、落ち着いたヤマトは、キングダムに礼を言うために、砦の上へと登った。
「すまない。キングダム」
「構わん。お前は冷静ささえあれば、マックスにも劣らないと言うのにな」
少し、ヤマトはムッとしたが、それこそが冷静さを欠いているのではないかと思い、ポリポリと頭をかいた。
「砦はよく持ち堪えているな」
ヤマトが言うと、キングダムは途端に険しい顔になった。
「10万の大軍をここへ持ってきたのは失敗だった。戦場が狭すぎて、ほとんど機能していない。ある意味、お前が突撃していってくれたおかげだ。ミコル兵が散ったからな」
褒められてはにかむヤマトに、ふと、思いついたかのようにキングダムが言った。
「サザンクロスはどうした?お前を追って行ったはずだろう?」
「ああ...そう言えば、会ったぞ。俺があの狂人と戦い始めてから逸れてしまったが、まあ帰ってくるだろう」
「そうか...とりあえず、お前はここにいてくれ。ここに私だけでは、いくらと耐えられるかわからん」
流石に、今度はヤマトも勝手に飛び出したりはしない。付近のミコル兵を蹴散らし、サザンクロスの帰りを待つ。しかし、彼は待てど暮らせど帰ってくることはなかった。
一方、マックスとマーティンの戦いは、完全に膠着状態に陥っていた。実力的にはマックスが圧勝して然るべきなのだが、彼は、マーティンの毒息を喰らってしまったのである。
「ハァ...ハァ...私の毒を喰らってもここまで強いなんて...想定外だわ」
「貴様...そのわざとらしい女口調をやめろ...気持ち悪い...調子が...狂う...」
「差別は...よくないわよ...フフフ、そんな硬いところも、ス♡キ」
「黙れ!!!破拳!!!」
マックスの奥義にも、普段のキレは見られなかった。近くでガンツが倒れているのもあり、彼を守りながら戦うのはなかなかに難しい。それに、毒が全身を蝕んでいる。もうもはや、立っているのがやっとの状態だ。早くトドメを刺さないと、と言う焦りが、さらに彼を弱体化させてしまっていた。
「焦りは良くないわよ...恋も、戦いも...」
「黙れ!!!気持ち悪い狂信者が!!!」
マーティンが言い終わる前に、鈍い音がした。マックスの拳が、マーティンの腹にぶち当たっていた。
「グハッ...」
マーティンはその場に倒れ伏した。そのすぐ後、マックスも膝をついた。
「早くガンツを連れて砦まで戻らなければ...」
周りにはミコル兵が大勢いる。しかし、マーティンの毒を喰らっても倒れ伏さなかったマックスに恐れをなしたのか、近づいては来ない。
「ウッ...がハァっ!」
マックスは血反吐を吐いた。もう、体は一歩も動かない。
ガンツはその横で、涙を流していた。目は見えていなかったが、音だけは聞こえていたのだ。
(助けてもらっておいて、恩も返せないのかよ...マックスももう限界だ...俺にしか、俺だけしか助けられないのに...チクショウ...!)
周りを取り囲んで見ていただけだったミコル兵は、ジリジリと彼らに近づいていた。マックスが血反吐を吐いて動かなくなったのを見て、トドメを刺しにきたのだ。
ガンツは、真っ暗な視界の中で、足音だけが近づいてくるのをただ聞いていた。その足音は、紛れもなく自らの死の足音に他ならない。
足音が不意に止まった後、ガンツの耳に爆音が聞こえた。焦げ臭い匂いと、粉塵が辺りに舞っていたのが、肌でわかる。ガンツには何が起こったのかわからなかったが、マックスは薄れゆく視界の中で、確かにその現場を目撃していた。
「なぜ...お前がここに...」
「そんなこと、今はどうでもいいだろう」
「なぜ...お前が俺たちを助ける...?」
「同盟のよしみだ。それと、感謝している。アーロンとレイファだけでは、到底勝てない相手だったようだからな」
その会話を聞き、ガンツは声の主が誰だか分かった。憲政メテオ連邦宰相、イーブル・クロックその人である。
(なんで...ヤツがこんなところに...?)
そんなことをガンツが思っていると、突然自分の体が持ち上げられた。
「砦まで運ぼう」
「待て...このオカマ野郎をどうする気だ?イーブル」
マーティンは失神しているだけで、死んではいなかった。
「毒使いは珍しい。何かしらに利用価値があるだろう。金縛りをかけて、お前達と一緒に砦まで運ぶ。交渉材料になれば上々、そうならなくても、毒使いの研究ができれば、国益になると思うが?」
自分の体さえまともに動けば、マックスはこの場でマーティン殺していただろう。イーブルらしいこの判断は、マックスとイーブルが決して相容れないことを意味していた。
「...そうか。キングダムによろしく伝えてくれ...」
そう言い残すと、マックスは倒れた。もう、心身の限界であったのだ。
「とんでもない強国が我々の敵のようだ...なぁ?アルバート」
意識のないマックスを抱えながら、イーブルは旧主を思い出していた。この言葉を、ガンツ以外に聞いた者は誰1人としていなかった。
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