七十五話 謎の男
一方その頃、ベッジハード軍は行軍を開始して数時間が経過していた。
「マックス、なんで瞬間移動を使わないんだよ、徒歩と魔獣なんて非効率すぎないか?」
こう問うのはヤマトである。
「コルットラーが瞬間移動阻害の結界を展開している。だから我々は徒歩と魔獣を駆使して行軍するしかないんだ」
「何故だ、我々の属国...いや同盟国であるはずだが...」
「キングダム、それは俺も疑問に思ってる所でな。何故通れない...ナイトメアもシュライドに行ってから音信不通...これは何かあるぞ」
マックスが思考を巡らせる。巡らせても巡らせても、出てこない答えに次第にマックスは苛立ちを覚え始めた。
「まぁ、考えても仕方ないなら行動するしかないだろ。俺考えるの嫌いだし、で、後どれくらいで着くんだ?」
「半日もかからないうちには着くだろう。兵達もまだ疲弊の様子は見せていないしな」
そんな話をしている時、突然、目の前に黒いローブを被った不審な人物が姿を現した。それと同時にマックスは軍全体に行軍停止を命じた。
「貴様、何者だ、名を名乗れ。名乗らねば即刻処刑する」
「名を尋ねる時は自分から名乗るのが筋と言うものではないかね」
「これは失敬、私はベッジハード大帝國大元帥兼特級将軍のマックス・イ...失礼。マックスである。現在コルットラー救援の任に就き、行軍中である。さあ貴様の番だ」
「自己紹介御苦労様、かと言って私が名乗る義理はないので名乗らんがね」
数秒の静寂の後、マックスが放った言葉は...
「殺れ」
「「「御意」」」
ガンツとヤマトが同時に言い放ち、謎の男に踊り掛かる。
「野蛮な奴らだな」
男は、ガンツとヤマトの攻撃をやすやすとかわした。只者ではないようだ。
「出でよ!闇の眷属達よ!」
男の言葉に合わせ、どこからともなく魔物が湧いて出た。
「我々も舐められたものだな、ヤマト。魔物如きで狂神五人衆が止められると...」
「恐慌」
マックスの行使した凄まじい恐慌により、魔物達は消滅した。
「御託はいい、早く仕留めろ」
マックスの言葉はガンツですら尻込みをする圧を放っていた。
「おぉ、怖」
「こいつは俺が仕留める!!」
「おい、待て。ヤマト...」
ヤマトが単独先行し、再び謎の男に踊り掛かる。
「ヤマトというのかな?攻撃が単調だ。もっと工夫をした方がいい」
男は余裕の笑みを浮かべながら、また魔物を呼び出した。
「単調なのはてめえも同じじゃねえか!」
ヤマトはさっきより更に怒って男に襲いかかる。魔物はマックスの恐慌で全て倒れるはずであった。しかし、男を囲うように現れた魔物は1匹も倒れていない。
「おい!マックスなにしてやがんだ!」
「なぜだ...?恐慌が効かない...?」
マックスはすでに恐慌を放っていた。それで倒れないということは、さっきの魔物よりも強いということだ。
「はて、単調なはずなのだがな」
煽るだけ煽って一切戦おうとしない男に対し、ヤマトだけでなくガンツとマックスも怒りを隠せない。
「魔物如き、恐慌が効かぬからと言ってなんだと言うのだ!」
3人にかかれば、いくら恐慌が効かないほどの魔物であると言っても瞬殺である。しかし、その奥にいたはずの男の姿はない。
「おい!出てきやがれ!」
「私は忙しい...残念だが君たちの相手はしてやれないのだ。魔物たちと遊んでおいてくれ」
また魔物が現れた。当然、恐慌は効かない。むしろ、2度目に呼び出された魔物たちよりも強くなっている。
「急がねばならんと言うのに...とんでもない邪魔が入るもんだ...」
「それはこっちのセリフだ。コルットラーを攻め取る邪魔をしないでもらおうか」
魔物はどんどん増え続ける。無視して進軍したいのはやまやまだが、流石にこれだけの数の魔物を放置すれば、コルットラーに到着した頃には軍がボロボロになってしまうだろう。相手取るしか方法はない。
「恐慌さえ使うことができれば...」
マックスは奥歯をギリギリと噛み締めながら魔物と戦い続ける。魔物と戦っても負けはしないが、数は増え続けている。
「卑怯なやつだ!出てこい!」
ヤマトの言葉に返事はない。すでに男はどこか遠くへ行ってしまったのだろうか。
「クソっ!逃げられたか!」
「やつのことは気になるが、今はこの魔物どもを蹴散らすのが先だ」
もうすでにかなりの数を倒してきているはずだが、魔物の数は増える一方である。
「早く救援に向かわねば...」
マックスは、焦りが募っていつもの実力が出せていない。結果、魔物を全滅させるのにはかなりの時間がかかってしまった。
「恐慌が効かぬ魔物は上位種、それも稀に生まれてくる変異種のみのはず。何故効かなかった...」
「マックス、考えるより先に行軍を再開させよう。これ以上遅れては、コルットラーが持たない」
「嗚呼、そうしよう。キングダム」
ここでエリカが今作戦で初めて口を開いた。
「私にあの謎の男を追わせて、あの男は“それはこっちのセリフだ。コルットラーを攻め取る邪魔をしないでもらおうか”と言った。つまり今回の騒動に深く関わっているのは必至。奴がドラゴンの可能性だってある。放置するにはあまりに危険すぎる。だからお願い」
「エリカ、何を言っている!!お前一人にそんな危ない事させる訳にはいかない!!」
この瞬間、阿吽の呼吸でキングダムとマックスがお互いの考えを理解した。
キングダムが目配せをし、マックスがエリカに命じた。
「分かった、承諾しよう。奴の事は頼んだぞ」
「おい、マックス!!」
「今回の言い分を聞くにエリカの言ってる事は正しい。今最善の選択と言える。お前は国の為の意向よりも私情を優先するのか?」
「クソ...エリカ、絶対無事に...」
「分かってる。安心して」
エリカは謎の男を追った。この単独作戦が後に、どのような影響を及ぼすかは、まだ誰も知らない。そしてマックス率いるベッジハード軍は行軍を再開した。
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