七十二話 南部各国の思惑
「俺達もこれを機にシュライドに対して攻勢に出るのか?」
カミーユが問いかけるが、ロイエとスキペオは揃って首を横に振る。
「もう遅いわ。なんだか早くも停戦しそうだし、
少なくとも再開するまではお預けね。まぁ、もう1つ最悪なケースが迫っている気はするけれど」
答えたのはネフェル。
「それにしても、本当にミコル側から攻めるとは…恐ろしいものだね」
ユーリが恐ろしげに話す。そして…
「グレイは大丈夫だろうか?」
「私の推測では、前回の暴動の際もしくは今回のミコルの侵入を機に戻ったと思う」
「でもそんな事したら…」
「えぇ、スパイを疑われるでしょうね」
「グレイさん、つかまっちゃうの?」
「大丈夫よ。実際にはスパイじゃないし、人柄もあってそんな酷い扱いは受けないはず」
「何かされていたら…それなりの報復を受けてもらうだけだね」
ユーリの声が一気に低くなる。彼の心理状態を感じ取ったカミーユは、話題転換を試みる。
「そういえば、ミコルがこのまま強大化して戦う事になったらどうするんだ?」
「それが問題なんスよ。ただ、シュライドとぶつかっていい感じに削れてくれれば…」
「そんな簡単に行くのか?」
「ええ、恐らく。正直、シュライドの総戦力の殆どはあのスレインという男よ。他が弱いのではなく、彼があまりにも強すぎるのね。彼がミコル兵とかなり良い戦いをしている筈なのよ。停戦しそうなのも、彼1人が想像以上に強すぎて前線が停滞したからだと思う。それと…」
ネフェルが珍しく苦虫を噛み潰したような表情になり続ける。
「ミコルの崩し方は一つだけ強力なものある。
でも、大きな逆効果を生む可能性があるのが厄介ね」
「でも、ネフェルはちゃんと考えてるんでしょ?確実に対応出来る道筋を」
「まぁ、ある程度はね」
ユーリが微かに笑いながら問い、再び無表情に戻ったネフェルはさらりと答える。
「でもちょっとシュライドが可哀想じゃないか…?敵国ながら思うように行かない幹部の歯がゆさは同情しちまうよ…」
「カミーユの言う事も何となく分かるわ。ここ数日は宰相ハンニボルの政策が功を奏して国も安定しそうだったけれど…これは仕方ないわね。たぶん私でも対応しきれないわ」
「僕達にとっては有難いんじゃないんかい?またこちら側に人口が流れてくるのだし」
爽やかな声で問うユーリに対し、スキペオは首を横に振って答える。
「そうでもないんスよ。シュライドは今まで以上に警戒を強める。以前からネフェルが言っていた"膠着状態に終止符を打つ出来事"になる可能性がある訳で…」
「ついに我々も本気で戦わなくてはならない時が近付いている、と」
カミーユが険しい顔で結論づける。
「そうだね。だから準備する。平和な勝利の為に」
ロイエの一声は、その空間にいた皆の気を引き締めた。
「やはり、フエンテを先に潰すべきか?」
頭を抱えながら話すスレイン。シュライド陣営は、まさにその方針についての議論を始めていた。
「それはダメだよ!目先の敵のミコルを倒すべきだと思う!」
真っ先に反対したのはファインである。
「あれっ…」
しかし、咄嗟の言葉であると言うように、後から自身の行動への困惑の声が漏れる。
「それは何故だ?」
鋭く反応するのはスレインである。
「えっ…でも…ミコルは強いし…フエンテはまだそこまで攻撃的じゃないでしょ…」
「勢いの割に随分と薄い根拠だな。まさかグレイに何か植え付けられたか?あの時は全く問題の無い会話しかしていなかったが、他の何らかの形で、だ。もしそうならやはりグレイはフエンテのスパイの可能性が高い」
畳み掛けるように話すスレイン。
「少し話を飛躍させ過ぎかと思います。彼女は単に自身の意見を述べたかっただけでしょう」
そこに鋭く反論したのはユイリィ。今のスレイン相手でも物怖じせずに意見出来る人材など限られている。
「普段ファインはこんな時に口を出さない。何かあると考えるのが筋だろう」
「そうだとしても、今ファインさんを問い詰めてもただ怯えさせるだけです。それがスレイン様には後々悪…」
しかし、すぐにユイリィは頭を抱えて膝から崩れ落ちてしまう。
「ユイリィさん!?」
すぐにファインが駆け寄る。完全に気絶した訳では無いが、意識が朦朧としているようだ。
完全にその場が凍りついた。
誰の仕業であるかなどこの場の全員が分かりきっているが、誰もが信じられないという表情でスレインを見つめる。
「あっ…すまない、本当に…少し殺気立ってしまったようだ…」
常に警戒心が強く、人間の中ではかなり戦闘能力の高いユイリィを気絶の一歩手前まで追い込む。それも、ただ無意識に、少し手が滑ったかのように。
彼の圧倒的な強さを感じ取った面々は、開いた口が塞がらず、再び沈黙が辺りを包んだ。
「シュライドへの聖戦を再開しますか?」
一方のミコル。現在両国から最も恐れられている国である。
「いえ、これ以上彼らの為に戦う必要はありません。きっと応えてくれるでしょう」
そして1拍置いて、全ての信者に"以心共有"してから続ける。
「私としては西にも教えを広め、聖地を増やしたいと考えています。コルットラーと言いましたかね」
ミコルは2国と戦争しても問題ない程、異常に強い。
固有技術持ちを含めた信者全員がアールカの技術によって完璧に統制され、強い士気を以て戦いに挑むからである。
「さぁ準備を始めましょう、新たな地への聖戦の為に!」
ご覧頂き誠に有難う御座いました。今後もご愛読の程宜しくお願いします。




