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LASTDAY  作者: 杉田健壱楼
三章 大陸大戦
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七十一話 帰還と追憶と

 その後の展開は早かった。


 ミコル兵が前線からの撤退を始め、精神状態の優れないスレインも報告義務を果たす為すぐに城へ帰還。


 城では以前の仲間グレイ・フランを受け入れるかどうかの議論が始まっていた。



「なぜこのタイミングで来たのだ?」


 ハンニボルが疑いを含んだ声色で問う。


「疑われるのは当然だ。しかし、今は一刻を争う。牢屋の中でも良いから指揮を取らせてくれ」

「グレイ…」


 以前グレイを臣下として強く信頼していたオリジンも、今はただ見守る事しか出来ない。



「私は彼が嘘をついているようには見えません」


 ここでユイリィがハッキリとした肯定の意を示した。


 彼女のこの一言には、勘だとか希望的観測だとかを全く含む事の無い説得力がある。


 彼女の分析や発言の正確性は誰もが認めているからである。彼女が仕事に関して主観の入った事を言う事など有り得ないのだ。


 しかし。


「すまないが信じ切れない」


 そう口にしたのは意外にも、スレインであった。



「電撃部隊を出迎える準備もしなくてはならない。ただでさえ得体の知れないものを国内に入れなくてはならないのだ。これ以上怪しい者が増えたらたまったものでない…」


「怪しい者って…」


 ファインがいかにも不満そうな声色で零す。


 その声が聞こえていたスレインは、彼女を強く睨む。


「では何だと言うんだ?このタイミングで帰ってくるなど、怪しい以外の何者でもないと思うのだが」

「でも、グレイがそんな裏切り行為する訳ないじゃない!」

「カムイの時のように操られている可能性は?

コルドのようにミコル教に改宗してしまった可能性は?そもそも本人ではない可能性は?

何も考えてないガキは黙っ…」


 言い過ぎた、と気付いたのだろう。言葉が詰まる。


 しかし、時すでに遅し。ファインは怯えた顔で硬直している。


「悪かった…」


 これはファインだけに対する謝罪ではない。ここにはファインの実の父親であるハンニボルもいた。


 ハンニボルは謝罪に対しては何も応えない。


 だが、その場でユイリィだけは明確に感じ取った。怒りを。娘を脅かした事に対する強い恨みを。


「ふむ。ファインの発言も軽率だったかもしれんからな。気を付けなさい」


「…なんでよ」


 ファインは不貞腐れたように吐き捨てる。


「では、すまないがグレイには牢に入ってもらう。伝達魔法は完全に遮断されるし、四六時中録音されているから、おかしな声や音を立てればすぐに分かる」


 その場でスレインに反論する者はおらず、グレイは暫くの間牢に収容される事になった。




 そして現在。グレイは牢屋でただ座り込んで既に1日が経過していた。外の状況は全く分からない。


「グレイさん、いますか?」


 解錠されたドアを開けて入ってきたのは、ファイン。


「ああ、いるよ。そこに椅子があるだろ?座ってくれ」


 牢に隔たれた空間に、2人は向き合う。


「外の状況はどうだ?」

「一昨日のスレインが強すぎて、ミコルは侵攻を止めました。でもあまりにも大がかりな魔法で防御されてるせいで、スレインですら反撃に出る事が出来ないんです」


「そうか…」


 頭を抱えるグレイ。予想通りの展開になった、とでも言いたげである。



 一方その頃、ユイリィ、スレイン、ハンニボルの3人は…


「2人ともまだ一言も話していませんね」

「ああ、そのようだな」

「まぁ当然だろう。そういえば、我々は何をしているんだ?」

「さぁ。このまま続けましょう」


 ファインは何かを決意したように顔を上げてから、再び下を向いて何かを言い淀む。


 皆が疑問に思っていたが誰も聞けなかった事。


「あの…」

「君の疑問に率直に答えるなら、私はフエンテにいたよ」

「えっ!?…いや、あの、グレイさん…この部屋は…」


 焦るファインに対して、グレイはいかにも余裕そうである。


「大丈夫だよ。概念無効化コンセプトデバッファーというのは便利な技術だ。

この部屋から"偽装"という概念を消した後に"盗聴"の概念を消す。すると彼らは盗聴出来ないし、自分達が盗聴しているという自覚も持てない。

そしてその痕跡が残る事は有り得ない」


 彼は得意げに笑って見せた。


「凄い…重ねがけも出来るんですね」


「いや、これは概念の強さや適応範囲による。例えば、ここで"偽装"ではなく"矛盾"の概念を消せば重ねがけは出来ないんだよ」

「へー、試さなくても分かるんですか?」


 すると、グレイはふと何かを思い出したかのように微笑んだ。


「全部試したよ。付き合ってくれる仲間がいてね」

「仲間…フエンテに?」

「まぁ、正確にはフエンテは建国する前に出たんだけどね。フエンテの主要メンバーが組織していたカムイへの反乱軍や新シュライドへのデモ隊にいた時かな。特に仲の良い青年がいてね。彼は志を同じくする親友で、いつも私のくだらない技術実験を手伝ってくれた」


「失礼ですけど、青年…なのに親友…なのですか?」


 グレイは既に30代で、その青年は恐らく10代。ファインにはこの年齢差で親友と呼ぶのに強い違和感を覚えたのだ。


「ああ、彼らは年齢とか性別とか種族とか境遇とか、何も気にしない。だから色んな人がいて、皆が盟友として対等に関わってる。これを民にも広めるのが彼らの。いや私たちの悲願だよ」


 素直に羨ましい、と彼女は思った。


「だから、フエンテの者達と戦う事は恐らく私には出来ないし、スパイというのも正解かもしれないな」

「いえ!…そんな…そんな事は…」


 否定しようとしたものの、本音に気付き言葉を詰まらせてしまうファイン。




 しばしの沈黙。



 そんな中、おそるおそる先に言葉を発したのは、ファインである。


「あ、あの…」

「フエンテの人達の話、もう少ししてもらえますか?」


 グレイは少し嬉しそうにいいよ、と返す。


「まずは私が一番仲の良かった、智天使の彼かな。彼は17歳という年齢で既に正義感が強く、情の厚い者だ。

何より私と同じくハインリヒ領の出身で、オリジン様を強く慕っている。ただ、彼のオリジン様への憧れは少し尋常ではないと思うがな…

ともかく、私の実験に暇があればいつも付き添ってくれていたのは彼だ。たとえ年齢としては2倍近くの差があっても、我々は親友だよ」


 少しずつ彼の声色が明るくなっていくのを感じたファインは、その人物への心からの信頼を悟った。


「良い人なんですね。会ってみたい」


「次は、まだ8歳の幹部の話をしようか」

「8歳!?さすがに年齢を不問にし過ぎでは…」


 グレイは無理もない、と言いたげに苦笑いする。


「そうだな。8歳にして普通に会議に出てるし、完全に大人の幹部と同じ扱いだ。でも、実際にフエンテの最先端の機械技術の殆どは彼女が開発しているよ。普通の子に見えるんだがな…稀に知的な発言をするし、常に最高の発明をしてくる」


 かなり衝撃的な事実を知ったファインは、ここに来て少し迷いが生じてくる。


「あの…聞いておいて何ですけど、彼らにとって敵国の幹部にあたる私にここまで話して頂いても良かったんですか?私が漏らす可能性も…」


「君は秘密を守るよ。王のロイエには、ヒトの性格や素質を見抜く秘訣を教えてもらっていた。君は間違いなく素直で優しく、優秀な政治家になる」


「私が?確かに私はまだ強くないけど…」


 今まで内政を担当する役回りになるなど考えてもいなかったファインは、武人としては使えないという消極的な意味に捉えてしまう。


「そういう意味ではないよ。強さは政治家としての能力値に含まれる。鍛えれば戦力としても期待出来る。ただ、君の潜在能力は戦闘能力だけに留まらない。君の人材を生かす力と計画力は現在のフエンテやシュライドの他の幹部にも勝るようになる…と、彼女は言っていたな」


「彼女?8歳の天才ちゃんですか?」


「いや、あの子とは違うよ。彼女もね…ちょっと年齢からは想像出来ないかな。彼女はまず演じるのが上手すぎて、普通の人にしか見えない。実の所、私ですら知らない事が多くてね。いつ、どこでファイン君を知って、評価していたのかすらよく分からない。不思議な人だよ。でも彼女はどこまでも完璧な女性だから、君への評価も信用に値するんだ」


「…そうなんですね」


 その後自分に言い聞かせるようにそうなんだ、と小声で呟くファイン。


「さぁ、実を言うとこの技術は波が激しくてね。

今は調子が悪いからそろそろ効果が切れそうだ。

すまないが今回はお開きにしてしまおうか」


 ハッと気づいたように顔を上げたファインは、勢いよく立ち上がって頭を下げた。


「はい。ありがとうございました!」


 そしてやがて去っていく。




「あの子にこんな話をさせて何がしたいんだろうな、ネフェルは。随分と時間をかけたが、約束は果たしたぞ」


 そう独り言を呟いて、グレイは技術スキルを解除した。

ご覧頂き誠に有難う御座います。今後もご愛読のほど宜しくお願いします。

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