七十話 信仰心
「クソっ、本当に、キリがないッ!」
以前のように魚を食ってしまえばいい。そうすれば俺は本能のままに敵を殺し尽くせる。
しかし…それはダメだ。ただひたすら何の罪悪感も覚えずに殺し続けて、エカテリーナ様にどう顔向けすれば良いのだ?今の私にとっては、彼女が何よりもの優先なのだ。君主としてだけではなく…な。
ただ一方的に刃を振るうだけの戦闘だった。
だから、初めて走る痛みに俺は衝撃を受けた。
攻撃を食らったのだ。
今の攻撃はあの男。次で仕留めるまで。
そう考えて振るった刃は、確かにヤツに当たり手応えはあったが、倒れる事はなく俺に痛みが走った。
ここまで来て、そのカラクリを理解できないような馬鹿であるつもりは無い。
「"反射"。それが私の技術です。
私もかなりダメージを受けたが、それは貴方も同じはず。傷はつきませんが、謎の痛みを感じたでしょう」
「ああ、確かに」
俺はそう言ってから攻撃を繰り返した。
一撃を与える度にかすり傷を負った時のような痛みが全身のあらゆる所に走る。
そこ男はみるみるうちに体がボロボロになり、その場に倒れ込む。しかし、たった1人にこれ程手間取るのは久しぶりである。
「俺とお前では基礎体力や身体能力が大きく違う。同じ分の痛みが返ってくる事など有り得ないよ」
種明かしをするものの、あちらも薄々分かっていたのか、特に驚く表情は見せない。もしくは反応を返せないほど消耗しているのか。
「しかし、痛みを感じたのは久しぶりだ。
それに、今の連撃をまともに食らって死ななかったミコル兵はお前が初めてだよ。失礼を承知で言うが、シュライドの私兵に興味は無いか?」
仰向けになって倒れ消耗し切った中で、無理矢理の笑顔を作った彼が息を切らしながら答える。
「有難い、お誘いですが…私は…神コンシエンシアに…忠誠を誓った身、です。ここで神の贄となる事を望みます」
本当に、何もかも上手くいかないものだ。
「そうか。誇り高き戦士、いや信者よ。
悪いが俺の記憶に刻まれてくれ」
俺は昔から表情の変化が殆ど無いらしい。だからきっと、今も冷たい目で彼を睨んでいる事だろう。しかし…
「ありがとうございます」
穏やかな顔を出来る限り崩させないように心臓を一刺しにした。
しかしやはり苦しませず殺すという事は出来ず、結局は穏やかな顔を歪ませてしまった。
これで彼は報われたと言えるのだろうか。でも仕方ないじゃないか、苦しませずに人を殺す方法なんて知らない。いや、恐らく俺には出来ない。
今の俺の仕事は、ミコルとフエンテを倒す事だ。
どうすれば良いのだろうか。
平和的解決はもはや不可能。では、彼を初めとするミコル教徒を殺さずに済むには、フエンテの者達を極力傷付けずに再統一を図る為には…
「なぜ待っていた?」
俺と彼の周りを囲んでいた信者たちに問いかける。
「彼の死に際を我々の血で染める訳には行きませんから」
彼らのうち1人が言うだけで、分かる。これは皆の総意だと。彼らは本当に、全てが一心同体だと。
「それでも続けるのか?」
「はい、もちろんです」
驚く程の即答。
「そうか…分かった」
そして一斉に迫ってくるミコル教徒たち。
全く苦戦する事は無い。しかし、彼らと戦う事にどこか抵抗を覚える自分がいた。
何か間違っただろうか。必要以上にデモを規制する事も無かったし、先代のような政策は何もしてこなかった。それでも…
そんな事を考えながらも、俺は彼らの中に見知った顔を見つけてしまい、剣をその男の首で寸止めした。
「まさか…コルド?」
「スレイン様…」
コルドは、俺が送り込んだスパイだ。カムイの時から、突撃部隊の信用出来る部下の1人だった。
潜伏してから数日経って報告が途絶えていた為、
生存を喜ぶ気持ちもあった。
しかし、ここにいるということは。
「改宗しました。今は彼らと共にあります」
「なぜだ…?」
「初めは勿論、スレイン様との忠誠を何よりも大事にしていました。しかし、彼らの近くにいるうち、私の心も大きく変わり…ほんの少し前に知ったことですが、潜伏であった事は初めからバレていたらしく余計に皆が私を捕まえなかったことへの感謝の気持ちが募りました。しかし、同時にスレイン様を裏切っている事への罪悪感もあり、長らく悩んでいました」
以前よりも穏やかな口調で語りかけてくるコルド。
あいつはここまで喋らなかった。こんな、充実していると言いたげな目なんて絶対にしなかった。
「あなたへの忠誠を忘れたつもりはない。
しかし、神コンシエンシアとアールカ様、そして仲間達を裏切る気にはなれません。どちらも選べない。ですから、このまま首を跳ねてください」
は…?こいつは何を言っているんだ?
「貴様は馬鹿なのか!?少しでも恐れ、いや迷いを見せてくれれば、俺は恐らく、この刃を引いてしまう」
「いえ、命乞いをするつもりはありません。
勝手は承知ですが、裏切り者の私に罰を」
こういう顔をする奴を、俺はカムイの命令で処刑する事があった。そいつらは総じて覚悟が決まっていて、俺を恨むような事を言わずに死んでいった。
でも、今は選択権がある。殺すか、殺さないか。
周りの者達はまた動きを止め、目を閉じている。
何かのやり取りをしているのだろうか。
違う。俺が今向き合わないといけないのはコルド1人だ。無意識のうちに周りに頼ろうとしているのか。
「…本当に良いんだな?」
「ええ。最期までお役に立てず、申し訳なかった」
「いや、お前がいたおかげで随分と仕事がよく回ったものだよ…」
コルドの、首が、飛んだ。俺が、飛ばした。
「あああーーーーーーーーーーーーーーー、、」
普段よりも更に中の者達が落ち着かず忙しくしているシグレノンの正門に、半龍神の男が訪ねてきた。
「通してくれ。大抵の者が顔を見れば分かる」
グレイ・フラン。
この男は、そのあまりにも誠実で他人思いな性格を記憶改変でも直し切れず、一般市民に落とされたものの、記憶が無い中でロイエ達と共に反乱を企図していた。
しかし記憶を取り戻した事で、元々仕えていたオリジンに敵対する事を避けフエンテの構成メンバーを離脱。
ただし、シュライドの一員に戻る決心もすぐにはつかず、長らく身を隠して生活していた。
そんな彼がここにいる理由は、ミコルの侵攻の噂を聞いたからである。フエンテとは極力敵対したくない。しかし、ミコルとなれば話は別。
極力争いたくないが、シュライドが潰れるよりかは倒した方がまし、という考えである。
彼のこの判断が大きな対立を生むとは、本人も思っていなかっただろう。
ご覧頂き誠に有難う御座いました‼️
一人称導入してみました。是非感想等を教えてください‼️
今後も御愛読の方宜しくお願いします。